CubとSRと

ただの日記

「やらせ」その2

2020年04月28日 | 心の持ち様
2011.08/04 (Thu)

 今度は九電の件、安全保安院の件から。

 「反対派ばかりになるといけないから、と関係者に出席要請をした」
 対して
 「たった一週間しか応募期間がなかったのに、9割方埋まっていた。『あ、これは関係者だな』とすぐ分かった。」
 「反対派の質問が想定問答としてあった例示と全く同じであった」

 何を今更、です。
 僅か一週間どころか、一日しかなくったって反対派は必ず聞きつけて参加するでしょう?そういう場合、黙っていたら、反対派ばかりになる。
 こういう時、賛成派は納得しているわけだから、わざわざ、反対派と議論になるような場に行きます?無理をしてまで行こうとはしないでしょう?何も好き好んで喧嘩には行かない。

 こんなの、原発だけでしょうか。
 「一人くらい投票しなくたって」「どうせ、政治なんて変わりゃしない」
 という気持ちの者を増やし、反対派は全員参加。
 で、「ええっ?」と言ってる間に圧勝してしまう。これまた、ごく普通の駆け引き。そして、その結果が、とんでもない方向に政治を向かわせることを、マスメディアは、報じない。

 デモや集会をする。警察発表と主催者側の発表とは大きく数字が違う。ひどい時には一桁違います。
 主催者が一万人と言ったら、実際には千人余りと思った方がいい。
 ただ、最近よく行われる「保守派のデモ」は、この差が、小さい。それは却って異常なんです。いかにも日本人のデモで、実数が発表と大差ないのは。

 数字が一桁違うデモ(集会)。
 理由は簡単。主催者発表というのは、当日カウントするのではなく、前日までに参加人数を各グループに聞いた集計でしかないからです。だから、幽霊参加がある。それも、とても多い。

 「参加の意思はある。意思があれば、その場に居なくとも参加したと同じだ」
 「やる気はあるんだ。事情があってできないんだけど」
 「そうか!じゃ、参加したと一緒だ!」

 日教組教育の在り方から、出てくる組合意識。
 「デモに参加する意思はある。ただ、事情があって家を離れられない」
 ポテトチップス食べながら、寝転がってテレビを見ていても、
 「事情があって参加できない」
 でしょう?
 「テレビを見なければならない」。或いは「寝転がってポテトチップスを食べなければならない。でないと、死ぬかもしれない!」

 それでも、「意志あり」、とメディアは報道する。

 「そんなの意味ないじゃないか」とメディアは十分承知しながら、つまり、やらせと百も承知で、これまで記事を書き、テレビで流して来た。
 それを今になってえらく深刻そうな顔して、「やらせだ」と報ずる。

 「犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人間が犬に噛み付いたらニュースになる」
 当たり前のことを伝えても、「それがどうした?」だけれど、変わったことを伝えれば「へえ~っ!?」となる。
 衆目を集めるのはメディアの一面。
 だから、「見たくなきゃ見なければいい」と言い切り、
 「伝えたくないから伝えないんだ」
 と居直る。
 或いは「見たくない人のことを考えて報道しない」
 「当たり前のことなんだから」
 と国旗掲揚シーンを流さないテレビ局も出て来る。

 
というわけで、私は報道の良心を疑います。

 でも、これを、ね、
 「そんなもん、今の報道が良心なんか、持ってませんよ。だから新聞もテレビもつぶれてしまえばいい。我々にはネットがある」
 なんていったら、それこそ、テレビ的思考ですよ。

 むざと彼らの網にかかってはならない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「やらせ」その1

2020年04月28日 | 重箱の隅
2011.08/04 (Thu)

 何だか、やらせ、やらせって喧しいことです。

 なんて書くと九電の説明会のことだろうな、と思うんでしょうね、普通は。
 でも、あれもそうかもしれませんよ、中国国営テレビの美人アナウンサーの
 「残された家族のことに、ちゃんと対応を~」
 みたいな文言。

 今朝(2日)のニュースでは、何だか番組を外されたみたいだとか言ってましたが、あれこそやらせかも、と思いながら見てました。
 泣いてしまったのは、家族に話が及んだから、と思います(あれは演技ではないとして置きます)が、「鉄道省は~」でしたね。「国は~」ではなかった。
 
 ここに作為を感じました。
 「世界最高速!独自開発(?)の列車!」「世界中に輸出(予定)!」。
 「鉄道省の快挙」、に国は乗っていたわけでしょう?
 いくら鉄道省が独立王国を築いていたからと言っても、その資金は国から出されるもの。
 
 となると、共産党が支配する国の各部門の中で、一番脚光を浴びて、今やあの国のスター部門となった鉄道省を、中央執行部が苦々しく思っていなかった筈がない。
 「汗は自分がかきましょう。手柄は人にあげましょう」
 の正反対。
 「失敗すれば他人に転嫁、成功すれば、自分の手柄」
 どこかの総理大臣のモットーだったかな?

 中央執行部が金を出しているのに、脚光は鉄道省のみにあたる。
 何より鉄道省は上海閥。次期主席と目されている「太子党」のリーダー習近平は上海閥。
 胡、温の現中央政府は反対勢力だから、上海閥を強いままにしておくと、目前に迫った引退後の我が身に危険が及ぶ。
 そうなる前に、鉄道省の力を弱め、現政府の傘下に置かねば。

 解体はできないし、する気もない。今、鉄道省は金のなる木です。
 金のなる木は温存し、国益の基とする。
 ならば、換骨奪胎、です。中心人物を更迭し、組織を執行部が掌握すれば良い。
 汚職の金額が半端ではないから、劉志軍鉄道相の更迭は当然と思われますが、何も汚職、収賄は鉄道省だけではないでしょう。

 共産主義云々以前に、大袈裟に言えば、大陸は常に現実主義でした。政治は権力闘争であると同時に汚職の温床でもあるということです。
 権力の強弱で集金能力が決定し、金さえあれば権力を掌中にすることができる。勿論現代は「共産党の後ろ盾」の有無が、全てを決します。
 
 収賄大国というより、収賄で政治が成り立ってきた歴史(だけ)が、連綿と続いている国です。小難しいマルクス社会主義思想など、国民の9割は埒外のこと。共産党員だって、1、2割が分かっているかどうか。

 久し振り(?)に大脱線をしました。
 「やらせ」の話でした。

 あの美人ニュースキャスターが「鉄道省は~」と原稿を読んだ時点で、既に
 「あ、これは中央執行部が鉄道省の要員を更迭して力を削ぎ、上海閥から引き離して現政権の支配下に置こうとしてるな!」
 と考えるべきでしょう。
 国民の目を鉄道省に向け、要員を更迭することで得心させる。
 あれを「やらせ」と言わずして何と言う!です。

 「ネットの力、ツイッターの力が、思いの外大きく、あれだけのネットの管理、監視能力を持つ国であっても抑えが効かなくなった」
 というのが、今回の我が国の報道でした。

 本当にそうでしょうか?
 あの国には人権がないのですよ?
 投票権もありませんよ?
 勿論、被選挙権なんか、ない。
 「全人代」と呼ばれる「全国人民代表大会」。で、国家方針が決められる。

 「代表」って言うくらいだから、みんなの中から選ぶんですよね?
 いやいや。共産党員でなければ選ばれない。
 つまり「全国人民代表大会」は「全国共産党代表大会」です。

 やっぱり「共産党員にあらざれば、人にあらず」、なんです。
 ネットで発言できるじゃないか、と思われるかもしれませんが、コンピュータを各自、持っているんでしょうか?本当にみんなケータイ、持ってるんでしょうか?
 あの教育体制で、どこで人権なんか学ぶんでしょう。

 日本はブログの開設率が世界一なんだそうですね。確かに、私みたいな何も分からないものだって、こうやって書いている。
 けど、あれだけ普及しているといわれる隣国はどうなんでしょうか?

 そうやってみると、まだまだ日本に比べると民度は低いんです。
 その低い民度で「当局に操られる筈がない」と言えますか?

 日本だって昨日の日記みたいに
 「自民党、何やっとんねん!」
 という者が16,4%(菅内閣支持率)もいるんですよ?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

情報弱者?バカにするな!

2020年04月28日 | 重箱の隅
2011.08/02 (Tue)

 「ふ~ん。自民党の議員が竹島に行くって?朝鮮が自国領だって主張している島だよな?そこへ?なんでわざわざケンカしに行くかねえ。そんな暇があったら政治が先だろうが。自民党が反対するから何も決まらないんだろ?」

 「えっ?韓国へ行ってから、鬱陵島へ行く?何だ、そりゃ。竹島に行くんじゃないのか?自民党、やっぱりダメだな。腰が引けてるぞ。」

 「ほら見ろ。空港で入国拒否されて、強制帰国だって。何だかなあ。ありゃ?女の議員も入ってるじゃないか。髭をはやした奴とでっかい奴。変な組み合わせだなあ。わけが分からんねえ、自民党のすることは。」

 「で?ありゃりゃ。顔写真の入った横断幕、焼いてるよ。あんなものまで用意してたのか?手回しが良いな。ん?4人か?じゃ、4人で行ってたのか?あ、あのメガネ、見たことある顔だぞ!福耳枝野が遺憾の意を表明?そんな大変なことかい?第一、何で民主党が自民党の肩、持つんだ?」


 これは私の脳内情報弱者の会話です。

 「こんなひどい奴、おらんやろ~!」
 と言いたい。・・・・でしょう?
 でも、街頭インタビュー・・・・。
 「何故、今なんですかねえ。こんな時に~」。今だから、行くんでしょう?
 テレビも似たようなこと、ノタマッテいます。

 菅内閣支持率16、4%ですよ?こんなひどい政府の状態で、この支持率なんて、理解できないでしょう?
 こんな人が、その理解できない支持率を支えている、と考えるしかないでしょう?

 竹島に上陸はしたい。しかし、実効支配されており、現(日本)政府はそれを許可しない。
 また、韓国はヘリポートや監視用の建物、管理人みたいな者のための家まで作って更に船着場まで作ってしまっている。
 そんなところに強行上陸したら、あちらの海岸警備にあたっている(実は元軍人)連中は任務として、日本人を拘束するしかない。

 だから、敢えて、竹島が日本領であることを、再度主張するためにあちら側の解釈を確認したい。
 鬱陵島には資料館があるということだから、それなら、そこで、確認しよう。
 調査のために、かの国に行くのだから、韓国に行き、それから鬱陵島に行く。当然の手順です。
 竹島には行かない。韓国に行って鬱陵島に行く。韓国内を行く。それだけ。
 
 それを、あちらは入国拒否、したわけです。韓国民は「勝った、勝った」と大はしゃぎしている。
 自民党は負けた?
 資料館を視察に行く。合法でしょう?それを拒否したわけです。違法行為です。となると、国際世論は法を無視した韓国を非難します。
 「韓国は無法国家である」ということになる。だから、これからは、そのことを繰り返し、主張できることになる。

 「勝った勝った」は、韓国民の浅慮。火病の親戚と言えます。
 「我が」日本政府は、どうするでしょうか。
 もうテレビで官房長官が言ってますね。
 「合法的な入国を拒否したということはおかしい」、と。
 だから、それを「遺憾であります」と書いた手紙を渡すのでしょう。
 それで?
 それで、終わり。
 
 でも、本当は、野党のそういった行動に対し、現政権はそれすらもしない可能性があった。
 だから、敢えて韓国に行き、韓国領の鬱陵島に「竹島のことで」行くんだ、と花火を打ち上げた。これなら、絶対に文句は言えない。

 なのに韓国からは入国を拒否された。それどころか、遂にまともな説明をされることはなかった。
 これ、大勝利、じゃないですか?
 何もしないことが分かっているのに、非合法的な権力行使を、あろうことか他国民に対して行った。

 もう一つ。
 平沢勝栄議員は、ギリギリになって、「政務が立て込んでいるから」と不参加。
 これ、二つ、解釈があります。
 「何だ!結局腰抜けか。信用できないな、あんな奴」
 
 おそらくmy日本も、保守思想の持ち主も同じ捉え方でしょう。
 けれど、これで、国を守る役に立てる(かもしれない)議員を、一人切り捨てることになるんですよ?もったいないじゃないですか。

 平沢議員はちゃんと参加したじゃないですか。
 ほら、あの横断幕。彼の顔、完璧に焼かれてしまった。あの時点で、彼は「行った」のと同じことになりませんか?焼かれたことで、そこに存在したことを認められたことになる。
 そして、テレビのインタビューに答える。事情は一番よく知っている。
 広報と実動の分担がしてあったと考えたら・・・?

 敢えて「鬱陵島に行く」と広言していたわけです。韓国に手を出させるように。
 メンバーの顔触れを見て下さい。それぞれの代表みたいな人ばかり。
 一番顔の売れているのは、平沢議員。当然、広報担当。
 稲田議員は理論的支柱。百人切り裁判は特筆に価するでしょう。
 国防の点から、佐藤議員。ご存知、ヒゲの隊長。
 そして、新藤議員はJ-NSCの発案者であり、事務局長。

 衆院選で、大敗して大反省をし続ける、(今は)ただのお人好しになってしまった自民党の、弱腰振りを良いことに、やりたい放題の菅総理。
 それに困った振りをしているだけで、己が議員生命の事しか考えてない、民主党議員。

 これを打ち破るのは簡単だ、とばかりに行った陽動作戦。今回の鬱陵島行は、その一つでしょう。
 政治的行動に関しては、間違いなく自民党の詰め将棋的技術の方が、「思いつき」、「細切れ」の民主党的手法より、格段に上、ということになりますか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「禁武政策」

2020年04月28日 | 重箱の隅
2011.08/01 (Mon)

 先日、NHKで、沖縄を舞台にした「テンペスト」という番組が始まったのを、ちらっと見て、むかっとして他局に換えました。
 谷原章介扮する島津藩士が丸腰で居るのに、主人公の少女が
 「お侍なのに刀を差してない」
 と問うと
 「禁武政策で武器を取り上げたことが許せない」
 みたいなことをこの島津藩士が言うわけです。
 それで、むっとなって局を換えた。

 「島津藩による『禁武政策』のために、武器を取上げられた沖縄武士は、人目につかないところで素手の武術である唐手を習練し、身の回りのもので戦うことができるようにした。」
 そういう風に、物の本には書かれてありました。

 もしかしたら、今でも本気で、そう思っている人がいるのではないか。
 それとも、NHK、知ってて知らぬ振りを決め込んだか?

 それ、とんでもない話です!大間違い。
 ・・・・・なんて言えるようになったのは、三十過ぎてから、でしょうか。

 考えてみて下さい。
 島津の禁武政策、というのなら、島津藩が攻め込んだ時には、武器を持っていたということですよ?
 「島津には、銃器があり、沖縄にはなかった。だから、一方的に打ち破られてしまった。」ということになっています。ほら、武器は持っていた。けど、銃は、なかった。
 「銃器さえあれば負けていない!」
 では、そこで、再度問いましょう。
 「何故、沖縄には銃器がなかったのですか?」
 攻め込まねばならないから、あらかじめ島津藩が取り上げた?まさか。

 琉球国王尚氏が持たせなかったから、でしょう?
 島津氏に銃器でやられたというのなら、まず、何故沖縄に銃器がなかったのか、ということを考えなければならない。銃は武器ではない?

 もうひとつ。
 沖縄には、日本独特の両手刀法による剣術はありません。刀がなかったからと言うのではない。
 沖縄には支那伝来の「民間の武器」なら、山ほどあった。けれど、それこそ禁武政策のせいで、刀術、剣術は発達せず、双節棍(ヌンチャクン)、太子手・釵(さい)(十手)といった主要兵器でないものばかりが残っていた。
 禁武政策は、島津氏が攻め込む前から行われているのです。
 つまり、以前からの禁武政策の故に、容易に島津氏に支配されたのであり、それは禁武政策を行ってきた琉球国王尚氏の不明、と言わざるを得ない。
 もっと言えば、島津氏の琉球攻めは、他国へ攻め込んだ、と言うより最後の戦国期の領土争い、あくまでも国内の戦いでしかない。
 沖縄弁はどれだけ分かりにくくとも間違いなく日本語であり、支那の言葉ではない。全く違う言葉のように言う人がいるけれど、ちゃんと調べればすぐ分かることです。

 松村宗棍という人は役人として鹿児島に渡り、剣術を習っていると記録にあります。帰国してから、一流を立てており、空手では有名な人です。
 じげんりゅうを習っています。宗家の示現流か、多くの師範家の一つかは、分かりません。しかし、いずれにしても、宗家筋のものであることは間違いありません。

 巻き藁突きという空手の鍛錬法を聞かれたことがあるでしょう。あれは、古来の空手の鍛錬法ではありません。拳を鍛え、ごつい拳だこのある空手家が普通になったのは、この巻き藁突きが一般的になってからで、明治以降のことです。
 本来は拳だこができないように、稽古の後は手をきれいに洗うよう言われていたそうです。いかにもやっています、というのは恥、とされていました。(何もこれは沖縄だけの心がけではない。「禁武政策」云々、というのはここではキーワードたりえません)
 当然のことです。「いかにも」では、武士として、敢えてデメリットを抱える、と言うことになります。武士は、K-1やプロレスのように格闘を見せるのが仕事ではない。いざという時に力を発揮するのが仕事です。
 ならば、普段は「えっ?あんたが、武術を?ホント?」と言われるくらいの方が良いでしょう?やるからには絶対に勝たねばならないのですから。

 戻ります。
 「巻き藁」と言いますが、その実態は立木に縄を巻きつけたものです。立木を打つと、金属音に近い打撃音が、相当遠くまで届きます。
 「人に隠れて稽古に励むこと」と教えられた薩摩の武士の一部は、立木に縄を巻いて、音が出ないようにして打ったと言われています。
 で、了解していただけましたか?巻き藁突き。実は稽古の合間に拳で立木を突いたことに始まる稽古法なのだ、と。

 島津氏に攻め込まれるまでの琉球は、日本と同じように各地に豪族(地侍)が割拠していました。それをまとめ上げた尚氏が琉球王となり、明、後には清に朝貢するという形で貿易を支配する。明、清の威光で以って琉球を治める。
 朝貢ということは家来となり、冊封(さくふう)された(土地を安堵された)ため、貢物をするということです。
 それで、琉球という名前をもらう。「海原の宝石」と言うような意味だそうです。 

 臣国となったのだから、宗主国(明、後に清)の朝廷から冊封使が来る。迎えに出なければならない。その時のために、と造られた門が「守礼之門」。
 だから、国名と同様、決して誇らしく思うべきものではない。
 勿論、国名をもらったというのは、形式上でしょう。案出したのは沖縄の方、と思います。
 「守礼の門」と通称されるのも、「守礼之邦」という扁額が掲げられていたことに由来するわけですが、冊封使の来る時だけ掲げられたもので、帰ると外していたそうです。朝貢は便宜上、ということが、これで分かります。
 ところが、後には掛けっぱなしになっていた。意識の変化か、島津氏の方針からか。(今回はここまでにします)

 国名をもらい、冊封使を迎えるための門をつくり、出迎える。その代わりに貿易は朝貢という形だから却って琉球の方に利があるようにしてある。
 同じく、冊封され、「朝鮮」という名をもらった国がある。冊封使を迎えるために「迎恩門」という門をつくった。こちらは同じ「臣国」でありながら、属国の色が強い。(記録には属国と明記)沖縄は自ら進んで朝貢を申し出たため、扱いは良い。
 冊封使の位は沖縄に来る者の方が、朝鮮に行く者より低いのですが、戦って敗れた朝鮮と違って、沖縄は優遇されていたと言われています。

 言うまでもなく「名を捨て、実を取る」。
 足利義満が「日本国王臣源義満」と署名して、あたかも臣国になったかのような態度をとって貿易で巨利を得たことに倣ったものでしょう。
 「日本国王  臣源義満」なら、日本国の王であり、明の臣であるとなります。
 しかし、
 「日本国王臣  源義満」なら、当たり前に天皇の臣である、となる。
 こんな僅かなことでも、道理、歴史の筋道から論理を読み解こうとするなら、歴史は随分違った顔を見せるもののようです。 



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「素振りから②」

2020年04月28日 | 心の持ち様
今回は「素振りから②」です。
2011.07/31 (Sun)

 昨晩、久し振りに素振りをしました。
 雨が降っているから、と言っては休み、台風が来たと言っては怠け、風呂上りで汗をかいたら二度手間だ、とか隣家が起きているからやめとこうとか。
 気がつけば二週間以上は休んでいる。

 これでは意味がない。というわけで、ちょこっと300回。
 年経た古狸、ではないけれど、体力と年齢の関係も分かって来ているから、長く休んだ後、無茶はしない。少しだけやってやめる。明後日は少し増やす。
 それを繰り返して、千回まで持って行く。
 気がつけば日数ばかりかかって、なかなか千回に戻りません。
 そんな素振りでも、前に書いたように、正しい振り方を忘れてしまうくらい筋力がついたこともあります。

 で、今回。
 この重い木刀(1,7キロ)を振り上げる時、楽に振り上げることや振り下ろした時、手首に負担がかからないようにすることをやっている自分をなんということもなく感じていました。それで、思いました。

 初めから腕力があったら、どうだったろうか。その場合、筋力は更に増加するだろうけれど、この、「楽に振り上げ、無理なく、しかも効率の良い振り下ろし方をする」ことができたろうか。

 「重い刀は軽く、軽い刀は重く遣え」という口伝は、そのまま、まだ身体のできていない者が正しい道へ進む指標です。
 体力、腕力に(その時点では)恵まれていない者の方が、このような「術」習得には向いている。いや、そのためにこそ「術」がつくられたのだったんじゃないか。
 300回くらいなら、疲れるほどのこともないので、後で、そんなことを考えていました。

 そう考えると「体力(腕力)がないから習い事をはじめられない」というのは、特に武術の世界では、自分勝手な思い込み、でしかないのかもしれません。
 体力がついてから、では、却って遠回りの稽古になってしまうこともある。
 「剣客商売」で、無外流秋山道場では、新弟子に体力をつけるためと称して、重い振り棒を千回振れるようになるまで稽古をつけないようなことを書いていましたが、小説上の話でしょうね、きっと。
 でなければ、無外流なりの太刀筋を覚えにくくなってしまう。

 「重い刀は軽く、軽い刀は重く」
 重い刀は威力のある分、鈍重になる。ならば、威力を半減させてでも、軽快に遣う工夫をした方が良い。
 軽い刀は軽快に遣える分だけ、威力はない。ならば、軽快さを半減させてでも、威力の発揮できる(軽いなりの「重さ」を十分以上に遣う)、切っ先に重さのかかる遣い方をすればよい。
 そういう振り上げ方、振り下ろし方を覚える。それが稽古です。
 ということは、これ、何も剣術に限ったことではない。あらゆる「術技」にあてはめることができるでしょう。「それぞれの長所を活かし切れ」ということです。

 ないものねだりをしてもしょうがない。そんなことよりあるものを「見事に遣い切る」。前回チラッと書いた「改善」がそうです。日本では昔から「工夫する」、といっています。
 この「工夫」と、その上にある「修練」のことを併せて、隣国では「功夫(カンフー、コンフー)」と言うそうです。
 勿論、拳法を中心とする武術限定の言葉ですが、理屈は一緒です。
 (私の)「習練、修練の程度」という意味で、「功夫」は日本では「腕前」となりますか。

 「見事に遣い切る」と言うのは、歯磨きのチューブやドモホルンリンクルのお試しセットを絞り切って、チューブを鋏で切って・・・というようなものではありません。
 「(ただ)遣い切る」のではない。「無駄なく遣い切る」ことです。

 一度でできることではない。繰り返し繰り返し、気が遠くなるほど繰り返すことによって、見事に遣い切ることができるようになる。
 武術の技を習い、数万回、数十万回と反復練習する。
 反復練習しながらも、見事な技になるよう、その都度自分でチェックし続ける。
 そうやって、「見事に遣い切る」ことに、少しずつ近づいて行く。

 工夫というものは、実はそういう類のものが本当の工夫であって、その場の思いつき、みたいなものではない。「改善」も同じ、ということになります。
 少しずつ、それぞれの状況にあった形に直していく。完璧に近づこうとする。

 「良い物を寄せ集めて、一つのものに、というのは無理なんだ、」というようなことを書いたことがあります。

 先日の大事故。
 日本も、隣国も、それぞれ「では、何をするか」を考える。
 原発を廃止する?新幹線を廃止する?

 「ある物を見事に遣い切る」
 日本の文化は、そこで開花してきたのではなかったでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする