丁目を間違えたことは一分もせぬ中に気が付いたから、まあ良かったということにしよう。
一旦家に帰る。ガレージの横に停車する。
カブを停めてガレージのシャッターを開け・・・、となったところで、いつもの如く急に思いついた。
「このままスーパーマーケットに行こう」。
しばらく納豆を食べてない。最近血流が良くないような気がする。
このままでは心臓付近の血管が詰まって、血が流れなくなって心臓が停止するかもしれない。
その心筋梗塞で、或いは流れの悪い血液が脳の血管を塞いでただでさえ仕事の遅い脳に梗塞ができて、身体全部か脳全部があの世行きとなるかもしれない。
・・・って。ただ急に食べたくなっただけだが。
シャッターを開けずに買ってきた物だけ玄関に放り込んでUターン。
店の前にカブを停め、店内で半分くらい購入予定の物をカゴに入れた辺りで、「あれ?金、あったかな?」と思った。
確か、さっきコーヒーを飲んで豆を買って最後の千円札、使ったんじゃないか?
ショルダーバッグに何度も手を突っ込み、散々引っ掻き回したがこういう時は予想通りになるもので、やっぱり千円札も勿論一万円札も、ない。
既に買い物かごにはいろんな品物が入っている。返して回るのはめんどくさい。
念のために、「今一度」さがす。慌てて探したんじゃ見つかるものも見つからない。でも、やっぱり見つからない。
しょうがない最後の手段だ、トリガー条項解除だ、備蓄ガソリン放出だ。
と言うわけで、いざという時のために用意していた一万円札を出す。
問題ない。問題はないが、「いざという時のため」、つまり「有事の際」の緊急支出なわけだから、サッと出せるような場所には収納してない。
発動させるためにはそれなりの準備、手間がかかる。
買い物かごを床に置き、しばらくかかって一万円札を引っ張り出し、ポケットに入れる。さて、安心して買い物再開。
終えて、レジに持って行く。精算機でまず小銭を入れる。それからさっき引っ張り出した一万円札をポケットから・・・「?」。ない!
四つに折りたたんでいた新札だから、空振りをしたのかも、と思って、再度、三度、四度ポケットを探る。やっぱりない。
ズボンのポケットだったんだろうか。左?右?やっぱり左ポケット?
いくら探してもない。
ここに至って「落とした。掏られた。どっち」。真犯人フラグ並み。
掏られるような人込みではない。この時期、他人との距離は2メートル。
コロナ禍は掏りの生き難い世を作った。
となると「落とした」。ポケットに入れたつもりでそのまま床に落とした。
としか考えられない。じゃ、落としたのはお金を引っ張り出したあの場所だ。
とにかく精算をしなきゃならない。
精算機の前でポケット、バッグを散々引っ掻き回して随分時間がかかったが、「爺さんだからしょうがない」と思ってくれたのか、他の客も店員も何事もなかったかのように粛々と精算をし、帰っていく。これには助かった。
ここで声をかけられたり、「早くしなきゃ。他の人に迷惑だ」なんて一瞬でも思ったらパニックになる。ここは唯我独尊に徹する。
改めて緊急支出用の一万円札を別のところから引っ張り出して精算機に向かう。一件落着。
改めて落としたと思われる場所に立ち戻る。おそらく十数分前のことだから、気付いた人がこれ幸いとばかりに持って行っていても不思議ではない。財布ごとならともかく、ただ新札を丁寧に四つに折っただけのもの。名前が書いてあるわけじゃないし番号を控えてるわけでもない。見つけた人には思わぬ小遣い。
でも、価値が下がったとは言え痩せても枯れても(?)一万円。ネコババするにはちょっとためらう?真っ正直にレジに持って行って「お金、落ちてたよ」と言う?「お金落ちてませんでした?四つ折りにした一万円」、って聞きに行ってみる?信用してはくれないよな、きっと。
などともやもや思いながらそれこそ目を皿のように見開きながら床を見ていたらそいつが目に入った。商品台の下に隠れるようにひっそりと落ちていた。
勿論すぐ拾ってポケットに入れる。
新札を四つに折ってポケットに入れたつもりが床に落としてしまうような間抜けな奴は、他にはいない筈、と確信を以て。
でなけりゃ遺失物横領罪になってしまう。