去年の初女先生の講演会の時に、私はスタッフの皆さんに
感謝の気持ちを込めて、お昼のお弁当におむすびを作りたいと
思いました。
でも、生れて初めて主催する講演会の朝に、70個のおむすびを
作るなんて到底出来ることではありません。
もしも、初女先生のお漬物か梅干しがあったらどんなにいいだろう!
と思いましたが、まさかそんな事までお願い出来ないしと思って
諦めていたら、講演会の前に初女先生から荷物が届きました。
何だろうと思い開けてみると、なんと沢山のきゅうりのお漬物が
入っていたのです。
私は、あまりの嬉しさに涙が出てしまいました。
先生にお電話をすると、「しょっぱい物が欲しいだろうと思って」と、
私はこの時、先生の心を頂いたという思いで胸が一杯になりました。
歳を重ね、心配りは多少出来るようになりましたが、先生のは
心配りではなく、「心を届ける」そのものでした。
きゅうりのお漬物が、先生の心を届けてくれたのです。
私は、ふと自分がその人の為にと思ってしていることが、
もしかしたら自分の自己満足かもしれないと思うことがあります。
子どもを亡くして、初めて自分が他者の為にしていたことが、随分と
浅いものだったと分かったのです。
先生の心を頂き、私も小さな小さなことでも心を届けることが
できたらと思いました。
「心が届く」嬉しさを体験したのですから!
感謝の気持ちを込めて、お昼のお弁当におむすびを作りたいと
思いました。
でも、生れて初めて主催する講演会の朝に、70個のおむすびを
作るなんて到底出来ることではありません。
もしも、初女先生のお漬物か梅干しがあったらどんなにいいだろう!
と思いましたが、まさかそんな事までお願い出来ないしと思って
諦めていたら、講演会の前に初女先生から荷物が届きました。
何だろうと思い開けてみると、なんと沢山のきゅうりのお漬物が
入っていたのです。
私は、あまりの嬉しさに涙が出てしまいました。
先生にお電話をすると、「しょっぱい物が欲しいだろうと思って」と、
私はこの時、先生の心を頂いたという思いで胸が一杯になりました。
歳を重ね、心配りは多少出来るようになりましたが、先生のは
心配りではなく、「心を届ける」そのものでした。
きゅうりのお漬物が、先生の心を届けてくれたのです。
私は、ふと自分がその人の為にと思ってしていることが、
もしかしたら自分の自己満足かもしれないと思うことがあります。
子どもを亡くして、初めて自分が他者の為にしていたことが、随分と
浅いものだったと分かったのです。
先生の心を頂き、私も小さな小さなことでも心を届けることが
できたらと思いました。
「心が届く」嬉しさを体験したのですから!