先日、初女先生と話している時、先生が「最近は美味しい
ということが分からない人が増えているようだよ」と言われたのを
聞いて、やっぱり!と思いました。
美味しいとは、味覚で感じるものなのに、どうも頭で考える「美味しい」
が増えてきているように、私も思います。
説明や講釈を聞いて、体によいことを念押しされるようにしてから
食べるとそれが美味しいになるのです。
私もかつては、それが美味しいと言うことだと思っていました。
初女先生のお料理は、食材のその物の美味しさが最大限引き
出されています。
食べると、思わず「美味しい!」といってしまうんです。
野菜嫌いの子も、先生のお料理はパクパク食べますし、イスキアに
来た人は必ずって言っていいほど、先ずお料理の写真を撮ります。
見ても食べても美味しいのです。
先生のお料理をみると、あれだけ丁寧に作られたら食材もさぞや
嬉しいだろうなと思います。
今、知識と共に食べる人が多くなり、先生が言われるように本当の
美味しさが分からない人が増えてきている気がします。
先生の言葉を心に留め、少しでも美味しいものを作りたいなと
思うのです。
お料理を作る時は、慌ただしく振舞わないよう心がけます。
つねに意識を集中させないと、食材の命とこころを通わせることが
できませんから。
食材の命を生かそうとすれば、それを食べる自分も生かされます。
それが食材にたいしても、食べていただく人に対しても礼儀だと
思うのです。
そうでないと、人のこころに響くのもにはならないからです。
佐藤 初女
ということが分からない人が増えているようだよ」と言われたのを
聞いて、やっぱり!と思いました。
美味しいとは、味覚で感じるものなのに、どうも頭で考える「美味しい」
が増えてきているように、私も思います。
説明や講釈を聞いて、体によいことを念押しされるようにしてから
食べるとそれが美味しいになるのです。
私もかつては、それが美味しいと言うことだと思っていました。
初女先生のお料理は、食材のその物の美味しさが最大限引き
出されています。
食べると、思わず「美味しい!」といってしまうんです。
野菜嫌いの子も、先生のお料理はパクパク食べますし、イスキアに
来た人は必ずって言っていいほど、先ずお料理の写真を撮ります。
見ても食べても美味しいのです。
先生のお料理をみると、あれだけ丁寧に作られたら食材もさぞや
嬉しいだろうなと思います。
今、知識と共に食べる人が多くなり、先生が言われるように本当の
美味しさが分からない人が増えてきている気がします。
先生の言葉を心に留め、少しでも美味しいものを作りたいなと
思うのです。
お料理を作る時は、慌ただしく振舞わないよう心がけます。
つねに意識を集中させないと、食材の命とこころを通わせることが
できませんから。
食材の命を生かそうとすれば、それを食べる自分も生かされます。
それが食材にたいしても、食べていただく人に対しても礼儀だと
思うのです。
そうでないと、人のこころに響くのもにはならないからです。
佐藤 初女