昨日のブログに、マザーテレサがの人生最後のところで言われた
「大変苦しみました」ということと、初女先生がシスターに「あなたも
苦しみましたね」と、言われたということを書いて、思い出したことが
ありました。
息子を亡くし数年経った頃に、家庭のことで大変苦しんでいた友人に
「あなたのは、苦しみじゃなくて悲しみだからいい」と、言われた
ことがありました。
その時、私にとって悲しみは苦しみでもあったので、その言葉の
意味がよく分かりませんでした。
でも、今やっと少し分かりました。
彼女の苦しみがどんなに深いものだったかということを…
私が彼女から言われた時は、私はすでに初女先生に出会っていて
悲しみの質が変わろうとしている頃だったと思います。
だから彼女は、私にそう言えたのでしょう。
神様は、その人の人生を深くし心を成長させるために、
容赦ない試練を与える時があります。
その苦しみは、まるで出口のないトンネルに入りこんだようです。
でも、出口のないトンネルはないのだから、きっと光に出会う
日はくるはず…
マザーテレサも初女先生も苦しんだということは
苦しみが魂を磨いてくれているのかもしれない!と思えました。
私の友人も長いトンネルを抜けました。
「大変苦しみました」ということと、初女先生がシスターに「あなたも
苦しみましたね」と、言われたということを書いて、思い出したことが
ありました。
息子を亡くし数年経った頃に、家庭のことで大変苦しんでいた友人に
「あなたのは、苦しみじゃなくて悲しみだからいい」と、言われた
ことがありました。
その時、私にとって悲しみは苦しみでもあったので、その言葉の
意味がよく分かりませんでした。
でも、今やっと少し分かりました。
彼女の苦しみがどんなに深いものだったかということを…
私が彼女から言われた時は、私はすでに初女先生に出会っていて
悲しみの質が変わろうとしている頃だったと思います。
だから彼女は、私にそう言えたのでしょう。
神様は、その人の人生を深くし心を成長させるために、
容赦ない試練を与える時があります。
その苦しみは、まるで出口のないトンネルに入りこんだようです。
でも、出口のないトンネルはないのだから、きっと光に出会う
日はくるはず…
マザーテレサも初女先生も苦しんだということは
苦しみが魂を磨いてくれているのかもしれない!と思えました。
私の友人も長いトンネルを抜けました。