今日は息子の命日
19年が経ちました。
13歳で亡くなったので、息子と過ごした
年月を超えてしまいました。
こんなに経つのに、友人や担任の先生、
同級生が来てくれ、19年間毎年お花を送って
下さる方がいて、皆さんの思いに支えられ
悲しみを生きる力にかえてきたな~と
思います。
何回迎えても命日は、涙が溢れます。
でも、それでいいのだと思ってます。
この悲しみがあるから、私は私なのです。
担任の先生が「あの日、合唱コンの練習で
山ちゃんがふざけていたから、
出て行きなさい!って、叱ったの…
山ちゃん、S先生に謝るように
言われて、明日、謝るよ!って言って、
その明日がなかったの…」
息子の死は、私に生きるとは
”今この時!””を教えてくれました。
初女さんに初めてお会いした時、私は
このことを話しました。
初女さんが何度も頷いていたのを、今でも
はっきりと覚えています。
息子の思い出話に同級生もK先生も私も
思わず笑ってしまいました。
明るくて楽しくて、愉快な子でした。
思い出すと涙しながら、笑ってしまうのです。
命日が過ぎると、また一歩からと思うのです。
「人の死は姿の別れであって、
心の別れではありません」という
初女さんの言葉が、私の心に寄り添って
くれます。
深い一日が過ぎて行きます。