中老の東葛兵部は困惑していた。
じゃじゃ馬の姫君がお忍びで城下を散策したいと数日前から言い張っており、お伴に兵部を指名しているとのことだった。
たっての願いを断り切れず、彼は頭をひねった末に愛娘が道場へ通う際の稽古着を姫君に着せ、女剣士と付き添いの爺やの扮装で城の裏門から外へ出た。
一応、武家の娘といういでたちではあったが、背筋が伸び、頭を高く上げて悠然と道を往くその姿は、高貴な出自を隠し切れなかった。
「おお、東葛、あれが団子屋か。」
姫君は串団子が描かれたのれんを見つけて興奮していた。
中に入ると、中年の女が店番をしていた。
兵部は店の名物を二本ずつ見繕って出すよう女に申し付けた。
団子が出てきた。
みたらしとごまがそれぞれ皿に載っている。
兵部は姫君がみたらしにしか手をつけず、迷っている様子を見逃さなかった。
彼は席を立って女の近くまで行くと、声を潜めて小言を言った。
「おかみ、うら若き娘は人前で歯が汚れるのをためらって、ごま団子は食べないものだ。
そなたもこののちは客を見て気遣うがよいの。
お代は払うので、急ぎ取り替えて差し上げるように。」
二人のやり取りを聞いていた姫君は兵部をたしなめるように言った。
「何もそこまで言わずもよかろうに。」
「いいえ、姫様、拙者とてあのようなことを面白くて申しているわけではござりませぬ。
この国は、一木一草にいたるまで、我が殿と姫様のものにござります。
そしてそれらが常に正しき形であるように目を配るのが、我々家臣の務めにござる。
姫様の民百姓がみな正しき道を行くよう、この東葛、心を鬼にして小言を申しておりまする。」
そうか、それは失敬したの。
姫君はすっと姿勢を正すと立ち上がった。
「そう聞かされれば、わらわも領内の民たちが一層愛おしく思えてくる。ではもうしばらく城下を見て行くかの。」