(躁状態のイラスト。nurse-diaries より引用。)
自殺がもっとも多い精神疾患は、うつ病である。私は何度も苦い思いをしてきた。自殺した患者さんたちには、これといった悲哀体験や過酷労働がなかったのだ。だから私も「まさか」と思うことが多かった。(悲哀体験がまったく無関係とは言い切れないけれども、うつ病の真の原因は現在でも不明というほかはないのだ。)
不謹慎なようだが、わかりやすいので、自殺した「電通」の若い美人社員を例に出させていただく。彼女はじつは、過酷労働の前にすでにうつ病だったという仮説が成り立つ。「電通」の過酷労働体質が最大の原因だと決めつけるなら、もっとうつ病が大量発生しなくてはおかしいのである。
ありうるストーリーはこうだ。まず美人社員は原因不明のうつ病にかかっていた。だから休養が必要である。なのに「電通」は彼女に労働をしいた。彼女はSNSに「もうダメ」と書き込んだ。(これがのちに遺書とみなされた。)
ここでは一般に流布されている因果関係が逆転している。すなわち「過酷労働→うつ病」ではなく「原因不明のうつ病→労働の強要→もうダメ」という逆の順序である。うつ病に自殺が多いことは上に述べた。なぜそうなるかは解明されていない。
ところが「うつ病の発見(1)」で述べたように、正常反応としての「悲哀体験→うつ状態」という図式がこの件にも適用されてしまい、マスコミや一般人はもちろん労働基準監督署や裁判所までが、これが真相だと思い込んでいる。
学問的に冷徹に考えるなら人情は排除し、正確に因果関係を考察しなくてはならないと肝に命じさせられた一件だった。
※今日の俳句(秋)
隣り家の熟れ柿けふはもがるるか
たぶん分からずに(不必要な)謝罪をしているので、可哀そうに思いました。
息子だけでなく、たとえば、東北大震災時の自衛官、警官、消防士、医師、看護師等々の人々の働きを考えると、一律に「過酷な職場」やそこで従事する者をなくそうなどという考えには無理があると思います。うつのままそうした過酷な仕事に従事することのないように配慮することは大切だと思いますが。
ほんものの「うつ病」の治癒には2年くらいかかると僕は思っています。
(「ほんものの」と枕詞をつけなくてはならないほど、うつ病概念が拡張されているのが残念です。)
「うつ病は心の風邪ひき」などと精神疾患の敷居を下げようとした先人たちの努力がかえって精神疾患に対する理解を混乱させているようです。しかも精神科医を名乗る連中まで混乱しているようで嘆かわしいことです。