えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・動く点景

2016年03月12日 | コラム
マンションとマンションの角の間で空色に光るシリウスからオリオン座の左足に辿り着き、さらに右肩を抜けて赤い星を角先に光らせるおうし座が西の空へ去ってゆく。去ってゆく、ということは夜を明け渡して昼間の空へ場を移すということで、春の陽光を浴びにおうし座はおひつじ座やオリオン座を友連れに二月の終わりから三月の終わりにかけてじっくりと昼空への移動を始め、二月半ばの日没後六時か七時頃は左のマンションの頂点にかかっていたおうし座たちは二月終わりの同じ時間により西へと場を改めて天頂に光る。

花曇りの三月にふとした気まぐれで晴れた夜空、まだ彼らが残ってくれている夜道を顎を上げて目薬のように光を目に差し入れながら歩いている。地上にあるものを表皮に括り付けられるほど凄まじい速度で地球の方が回転しているのだそうだが、電車で行き来する家と会社の位置が帰宅する度に数センチずつ移動して気づくと日本の土地からはみ出て海に落ちてしまうことは無いのでむしろ、地上から見上げる空の方が模様を付けたカーテンを引きあけるように動いていると感じてしまうのは仕方がないのかもしれない。

歩いてしばらく道路を三本通り抜けるとぎょしゃ座の足が公園の真ん中に立つ欅の大木のてっぺんに輝いた。おうし座のアルデバランの赤い光を西に見送り星座早見盤を春へと回し直す。日を追うという文字通り春の日の光を目指しておうし座は西を目指し、その後に控える夏の日差しを待ちうけるしし座のレグルスとかに座の星団が夜風にくるまれて春の夜の中天へ浮かび上がってくる予定だ。時々雲間から東の空に光る何かを目を凝らして、飛行機でないことを確かめて、ほっと息を吐くと右肩の後ろにシリウスが冬の名残の光を投げかけていた。
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