とにかく喋らない。店に来てから五分ほど経つが一言一句喋る気配はない。店先のたわしで作った亀に始まり廉価品、爪磨き、靴ブラシと順々に手に取っては戻しを繰り返している。たまに商品のラベルの細かい文字を読んでいるが、何をするでもなく箱へ戻して次の商品へ移る。今は業務用の和ぼうきを吊るした壁の前に立ち、肩掛け鞄のベルトの位置をずらしながら上から下へと目を走らせている。
「やっぱり歯ブラシが人気なのかねえ」「馬の毛ですって」と歯ブラシを選ぶ中年夫婦の向こう側であの客は商品をただ眺めるだけだ。手に取ってもブラシの毛先を指でなぞるばかりで下を向きっぱなし、メンタムのリップクリームが唇を閉じる接着剤に見えてくる。
山羊毛の化粧ブラシのサンプルの穂先を揉んでいる時、もう一人の店員が「そちらはお化粧用のブラシですね」と話しかけたが軽く肯き口元で笑ったもののやっぱり声は出さない。箒の下がった壁から棚を挟んで反対側へ行った。普段使いの品が並ぶ棚に並ぶブラシのサンプルの手触りを飽きずに試している。甘く見積もっても大学生の歳は軽く超えていそうだが、親の買い物に付き合わされた子供のような動きだ。横に三人も並べばいっぱいになる店内で彼の客は、棚と棚の間を膨らんだ鞄がぶつからないよう押さえながらうろついている。
やっと立ち止まった先は洗顔用のハンドブラシの前だった。形はヘアブラシに似ているが馬毛か白山羊の柔らかい毛を使い肌触りが良い。密度も毛の長さも髪へ当てるものとは違う。首をかしげて山羊毛の三千五百円と馬毛の千五百円を触り比べている客へ意を決し声をかけた。
「How to use……」
客はようやく口を開いた。
「あ、日本人です。すみません」
よく間違われるんですよ、と笑った客はそれまでの沈黙から一転し早口で使い方やらを細々質問すると、洗顔用の馬毛ブラシと最近髪の生え際が危うくなったらしい弟へ豚毛のヘアブラシを買って店を出て行った。
「やっぱり歯ブラシが人気なのかねえ」「馬の毛ですって」と歯ブラシを選ぶ中年夫婦の向こう側であの客は商品をただ眺めるだけだ。手に取ってもブラシの毛先を指でなぞるばかりで下を向きっぱなし、メンタムのリップクリームが唇を閉じる接着剤に見えてくる。
山羊毛の化粧ブラシのサンプルの穂先を揉んでいる時、もう一人の店員が「そちらはお化粧用のブラシですね」と話しかけたが軽く肯き口元で笑ったもののやっぱり声は出さない。箒の下がった壁から棚を挟んで反対側へ行った。普段使いの品が並ぶ棚に並ぶブラシのサンプルの手触りを飽きずに試している。甘く見積もっても大学生の歳は軽く超えていそうだが、親の買い物に付き合わされた子供のような動きだ。横に三人も並べばいっぱいになる店内で彼の客は、棚と棚の間を膨らんだ鞄がぶつからないよう押さえながらうろついている。
やっと立ち止まった先は洗顔用のハンドブラシの前だった。形はヘアブラシに似ているが馬毛か白山羊の柔らかい毛を使い肌触りが良い。密度も毛の長さも髪へ当てるものとは違う。首をかしげて山羊毛の三千五百円と馬毛の千五百円を触り比べている客へ意を決し声をかけた。
「How to use……」
客はようやく口を開いた。
「あ、日本人です。すみません」
よく間違われるんですよ、と笑った客はそれまでの沈黙から一転し早口で使い方やらを細々質問すると、洗顔用の馬毛ブラシと最近髪の生え際が危うくなったらしい弟へ豚毛のヘアブラシを買って店を出て行った。