呼び出して一服し、取り留めなくコーヒーのおかわりをすすりながらたるんだ空気を過ごしていると友人が言い出した。「この間後ろからぶつけられちゃってさ」聞いてみるに、深夜家人を迎えに行こうと車を出したところ、居眠り運転の自動車に追突されたのだという。こんなところで自分なんぞと茶をしばいていて良いのかと慌てると、相手は平気平気と手を振った。精密検査の結果は良好で、どこにも怪我はなく、車がへこんだ程度で済んだのでこうして前々からの約束通り何も知らない自分と一服しに来たそうだ。確かに当人はしごく元気そうではある。
災難だねとおざなりに返すと、彼女は眉をひそめた。「それがね」やはり実害は他にもあったのだろうかと身構えると「運転手がいけめんだったのよ」しごく真顔で彼女はそれが一大事のように重々しく告げた。居眠りの結果彼女の車へ社用の営業車をぶつけた人物は彼女の言によると「いけめん」だそうで、数日後に彼女の家へ謝罪に来た時も「いけめん」だったそうである。灯りの下でも十分に「いけめん」だったそうで、「次の日に大阪へ出向するんだって」と彼女は親戚でも訪ねてきたかのように「いけめん」という単語を口にした。友人は既婚者である。
話から伺うに車をぶつけた営業の彼は逃げずに降りて、取るべき手配をきちんととったそうで、救急車や警察や保険屋といった社会的なあれそれはすんなり収まったらしい。それの〆としておそらく示談のために「いけめん」さんは彼女の宅へ謝りに来たのだろう。社用車というところから、勤め先からはこっぴどくやられたのではと会社人らしく想像したが、彼女の口から引き出しても問題が生じなさそうな話題は「いけめん」までだと考えて詮索はやめた。傷害保険も手当ても無事に降りて代車も滞りなく彼女の元に届いたのだ、面倒を済ませて安心している彼女にその当人が「どのようないけめんであったのか」を訊ねる勇気はとうとう出なかった。
顔にものを言わせてものごとをうやむやにするといった、古い探偵小説のような出来事でもあれば話としては脂も乗るのだが、推測するだにおつとめの最中ともあればうかつなことはできない(はず)ので、後始末は相応に片付いたのだろう。「ぶさいくにぶつけられるよりいいでしょ」と、気持ち彼女は嬉しそうに言った後ぽつりと「居眠りって言ってたけれど、スマホでもいじっていたんでしょうね」と付け加えて笑った。
災難だねとおざなりに返すと、彼女は眉をひそめた。「それがね」やはり実害は他にもあったのだろうかと身構えると「運転手がいけめんだったのよ」しごく真顔で彼女はそれが一大事のように重々しく告げた。居眠りの結果彼女の車へ社用の営業車をぶつけた人物は彼女の言によると「いけめん」だそうで、数日後に彼女の家へ謝罪に来た時も「いけめん」だったそうである。灯りの下でも十分に「いけめん」だったそうで、「次の日に大阪へ出向するんだって」と彼女は親戚でも訪ねてきたかのように「いけめん」という単語を口にした。友人は既婚者である。
話から伺うに車をぶつけた営業の彼は逃げずに降りて、取るべき手配をきちんととったそうで、救急車や警察や保険屋といった社会的なあれそれはすんなり収まったらしい。それの〆としておそらく示談のために「いけめん」さんは彼女の宅へ謝りに来たのだろう。社用車というところから、勤め先からはこっぴどくやられたのではと会社人らしく想像したが、彼女の口から引き出しても問題が生じなさそうな話題は「いけめん」までだと考えて詮索はやめた。傷害保険も手当ても無事に降りて代車も滞りなく彼女の元に届いたのだ、面倒を済ませて安心している彼女にその当人が「どのようないけめんであったのか」を訊ねる勇気はとうとう出なかった。
顔にものを言わせてものごとをうやむやにするといった、古い探偵小説のような出来事でもあれば話としては脂も乗るのだが、推測するだにおつとめの最中ともあればうかつなことはできない(はず)ので、後始末は相応に片付いたのだろう。「ぶさいくにぶつけられるよりいいでしょ」と、気持ち彼女は嬉しそうに言った後ぽつりと「居眠りって言ってたけれど、スマホでもいじっていたんでしょうね」と付け加えて笑った。