ここ幾日かで、庭のモミジの葉が大分散った。これからさらに寒くなるのを前に、それらが地上に積もり他の草花を覆い保護しているようにも見え、落ち葉焚きをしたいと思いつつも寝ている人の布団を剝ぐようで躊躇している。(また消えた)。
5カ所に植わっているイカリ草の中でも、モミジの木のそばのが最も元気で、逆に桃色ではなく唯一白い花を咲かせるお気に入りの株は、茎も枝も葉もすっかり姿を消してしまっていて、来春花を咲かすことができるのかと心配している。
初めて白い花を咲かせているイカリ草を目にしたのは、雨飾山の中腹にある温泉に出掛けた時だった。たまたま岩の間に見付け、慎重の上にも慎重に掘り出したつもりだったが、根の深い山野草は家に持ち帰ったら萎れてしまっていた。
信州へ帰ってきて間もないころで、山野草ばかりか盆栽にも熱中していたころだから、もう20年も前の話になる。その間に山野草はその種類や数を減らし、盆栽はある年の冬を越せずに全滅した。
盆栽といえば整枝だと思うだろうが、越冬のためには鉢ごと地中に埋め、春になったらそれを一鉢づつ掘り起こし、根切をしたり、肥培や苔を張ったり、水やりは必須だから家を空けることはできないし、やることが多い。すべての盆栽が時を同じくして枯れた時は、済まないことをしたと思うと同時に何か解放されたような気もした。
そう遠くない日のいつか、山を下りて里に暮らすようになったとしても、再びああしたことに夢中になるとは思えない。せいぜい、生き残った何種類かの山野草を相手にして、喜んだり、案じたりしながら過ごすことになるだろう。
考えてみれば、長続きしたのは18年間続いた牛守稼業だけだったかも知れない。
本日はこの辺で。