「異邦人」ときたのだから 次は「ペスト」であろうと
家族に所在を問うと あるはずだと言う。
探すが出てこない。
文庫新書は小さきゆえに あそこにもそこにも 小山を成して置き去りにされている。
いつかの始めはたぶん きちんと片付けられての所在だったはずなのだが
続かぬ片付けは むやみに小山を増やすばかりで
探し物の道を開いているつもりがかえって 石や泥濘に足を取られることとなる。
ふぉ~!“漱石って”みました。
何のことはない、家族の蔵書を借り読書、「異邦人」の次の「ペスト」が見つからず
ガラゴロ探している途中
何年か前に古本屋で買ったままだった岩波新書
「物価と家計簿」に目が留まったのであった。
パラパラ眺めていると
○ 月収50円の教師の家計予算案(東京市内・明治末期)
という項目があり、七人家族で家賃は8円10銭と記されている。
気持ちはあっさり明治に飛んで 「三四郎」を広げることとなった。
「行人」の時の人物置き換えがなかなかに面白かったので
ついその気になり、
思い込みの激しそうな三輪田のお光さんは 綾瀬はるかあたりかなあなどと始めたら
止まらなくなった。
仁先生でいくか鹿男でいくか、まずは三四郎を大沢たかおで差してみると
美禰子は野風?お、いい感じ。「ストレイシープ」と囁きそうではないか。
野々宮と広田先生をどなたにしたらいいか閃かないなあと思っているうちに
「でも よし子には『遅咲きの…』の市会議員の娘もいいような。」と現在進行形が入り込み
え、それじゃ 広田先生は“だから文学が…”のあの英文学の先生><
ついでに与次郎は金物屋の息子? いやいや
エネルギーの爆発加減から言って柳沢慎吾レベルではないだろうか、と
どんどん飛んで行った。
書き出すと目茶苦茶である。
読んでいる本人には
「ストレイシープ」の囁き再生機能付き・飛び出す絵本「三四郎」
とでもいうような面白さであった。