単気筒ライダー(だった男)のひとりごと

愛犬チビ と CB400SSライダーだった前期高齢者の日々

菜園通り・開運橋のこと

2012-01-31 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

ささやかなOB会の翌日、朝焼けが残る早朝にホテルの近くを散歩した。

ボクが学生の頃、盛岡駅とその周辺はいつも工事をしていた印象がある。

多分、それは、5、6年後に控えた新幹線開通の関連工事だったんでしょう。

 


 

駅西の雫石川周辺は、ボクを「浦島太郎」にしてしまうほどの大変貌ぶり。

朝焼けの空をさえぎるように建っているのは、盛岡駅前タワーズという高層マンション。

垢抜けた空間? 無機質な印象を受けるのは、早朝で人気が少ないからだけではない。

 


 

 

盛岡駅の西側、線路と北上川に挟まれたエリアは、学生時代からあまりなじみがない。

開運橋と明治橋の間に架かる「不来方橋」は、当時はなかった。

 


 

唯一、この辺りの思い出といえば、盛岡ガスでの「スス取り掃除」のアルバイト。

二年の夏休み、カン先輩に「暇なら来い!」と言われ、付いて行った。

一番近くにいて、カン先輩の魅力を解らないまま、ボクは盛岡を離れてしまった。

 


 

もっと早く先輩の個性を理解できていたら、ボクにとって別の四年間があったと思う。

卒業後、そのことをやっと話せるかなと思い始めた頃、カン先輩の訃報を聞いた。

ビル街の裏、ボクの時代の「盛岡」がまだ踏ん張ってる!?

 


 

「菜園通り」という響きに、田舎者のボクはおしゃれで都会的な印象を覚えた。

通りを歩けば、素敵な女性と出会えるような気がしてさ。

駅行きのバスで通り過ぎるだけだったのに、妄想だけが膨らんでいたバカです。

 


 

盛岡に暮らした四年間、北上川に架かるいくつかの橋を何度もわたった。

夕顔瀬橋や館坂橋が架け変わり、当時のままの姿を残すのは、開運橋だけになった。

 


 

受験生として初めて来た時に渡り、帰省する時に渡り、また盛岡に戻ってきて、渡る。

そして、盛岡を去る時、最後に渡った橋。 開運橋には今でも特別な思いを感じる。

 


 

この日の朝、氷点下10度を下まわっていたけど、陽の光はとても優しかった。

街の変貌は激しいけれど、それでも、ボク等の時代が少しだけ残っていた。 

 


 

自然環境はそこに暮らす人の人間性に何らかの影響を与えるといいますね。

この海を日常の風景として生かされたボクの人間性には、どう影響してるんでしょう。

盛岡からの帰り道って、いつも、こんな気持ちになるんだよ・・・


2012冬の「裏」OB会

2012-01-30 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

昨年、コン先輩の呼びかけで始まった、アラ還・裏OB会。

今年も、盛岡「いかり」に集まった。今回、仙台の鎌さん、盛岡のカツも顔を出した。

五月のOB会には参加できない鎌さんに会うための、「裏」OB会でもあります。

 


 

学生時代、ラグビー部時代の思い出に耽って・・なんていうセンチメンタルさはない。

いくらでも、飲む。いつまでも、いつまでも、飲む・・、終わらない。

岩手不惑GMの還暦祝いとかぶったO森、k口、Cap、更に、後輩OB5名も合流。

 


 

夕方4時半から始まった、楽しくてしょうがない、誰にも止められない宴。

日付が変わる頃に「もう一本!」と言ったら「まだ飲むの?!」憮然としたご主人の声。

ボク等、反省です。

 


 

みなさん、昔の仲間とラグビーをやりたいんですよね。何とかしましょうよ。

グランドに立ちましょう!! もちろんラグビーは「しらふ」ですよ。


田沢湖乳頭温泉郷水沢温泉

2012-01-29 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

昨年同様、盛岡に乗り込む前に、温泉に寄ることにした。

「どうせなら、鶴の湯へ行く?」

そこは有名過ぎるし、ちょっと遠いのでパス。

駒ケ岳の麓にある水沢温泉に決定。一度入ってみたかった温泉です。

 


 

 

ボクは手前の熱めが好き。ヤスは熱いのがからきしダメで、奥のぬるめにマッタリ。

硫黄臭のする白濁した湯は、キシキシ感のある酸性湯(だと思う)。

蔵王温泉ほどのピリピリ感はありません。さっぱりとしたやさしいお湯っこでした。

 


 

二十代の頃、コン先輩夫婦とボク等子分たちで田沢湖スキー場に来たことがある。

「みんなで、またスキーやろう!」と言ったら、ヤスからは返事無し。

無言のヤスに、渇!!。


ずーっと雪

2012-01-14 | 暮らし・ジョギング

 

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内川は、藤沢作品の舞台「海坂藩」の城下を流れる、「五間川」のモデルだとか。

藤沢周平は、郊外の旧黄金村の出身。この地にも信者が多い。ボクはそうでもないけど。

 


 

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幕末に活躍する郷土の志士、清川八郎を主人公にした「回天の門」。

八郎が通ったという「鰻や」は、多分、この近くの川辺にあったようです。

 


 

年末から、雪が降り続いています。

ボクの生気は、寒さで、すっかり、凍てついてしまいました。

 


 

この雪の壁じゃあ、散歩してても、つまんないかあ?

ふてくされんなよなあ。

付き合ってるほうだって、ただ寒いだけだよ。もう、帰ろう。


江刺藤原の郷

2012-01-13 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

二日目、成島毘沙門堂の後に向かったのは、 奥州市江刺の「江刺 藤原の郷」。

愛嬌ある若い女性スタッフの爽やかさ、一所懸命な仕事ぶりに、いきなり感動した。

 


 

「テーマ・パーク」というそうです。

NHK時代劇のポスターや、いろんなロケ写真が、いっぱい。

 


 

栄華を極めた平泉をイメージしたオープン・セットといったら、それまでですが・・。

 


 

ここの路を歩いていても、何も感じない・・。

 


 

その筋の職人さんが観れば、解かるんでしょうね。どういうもんか。

職人じゃねーしなあ。

 


 

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起伏のある広い園内をお客さんに観てもらうため、二つの巡回コースが用意されている。

じっくり観てネ!的な2時間コース。先を急ぐ人向けの40分コース。

40分コースを薦められたが、体育会系のボクは、駈け足で、2時間コースを完全制覇。

 


 

最後に幹事に一言いいたい。

今回、どこの代理店に頼んだか知らんが・・、

行先が岩手となった時点で、このボクに、一言、相談しろ!! わかった?!


成島毘沙門堂

2012-01-09 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

一泊二日の職場旅行のお宿は、南花巻温泉郷「山の神温泉 幸迎館」。

内湯、露天とも源泉かけ流し(と書いてある)。湯量豊富でアルカリ性特有のツルヌル。

二日目の朝は、キーンと張りつめた冷気、突き抜けるような青空。

 


 

最初に向かったのは、花巻(旧東和町)の成島毘沙門堂。花巻観光協会HPより

国の重文で、欅の一本成仏彫としての高さ4.73mは、日本一。 

仏像の中には、震災で破損し、現在、修復中のものもあるとか。

 


 

境内は、急な石段を10分くらいも登ったところにあります。

規則正しく整然と造られた石段は、美しい。

この石段、足腰の鍛錬、心肺機能の強化にも、相当に、効きそう。

 


 

泣き相撲」は知っていましたが、ここがその舞台だと、境内の案内板で知りました。

正月行事だと思っていたボクは、近くのお爺さんに、尋ねました。

 


 

いや、春まつりだ。むがしは、秋に、はぁ、大人だずが、やってらんどもな。」

「ケンカになって、はぁ、それからはぁ、子供さ、かえだのさ。」

突然のネイティブ南部弁! 独特の抑揚と素朴な語り口調に癒される。とても、懐かしい。

 


 

 

西和賀町が生まれた時、なぜ「西」なの?「東」は、あるの?と思っていました。

東和町の名が「東和賀」に由来することを知り、合点がいった。

 


 

豪雪地帯の「西」と異なる気候風土、冬晴れの穏やかな「東」。

「東」にも興味が湧いた・・けど、岩手は広すぎる。


雪の平泉

2012-01-08 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

1月7日8日は、仕事場有志の、所謂、「職場旅行」っていうやつです。

今時、珍しいかもしれませんね。

 


 

めったに参加しないんですが、幹事さんの気迫に、圧倒されてしまいました。 

まずは、世界遺産の認定を受けたばかりの平泉。

 


 

サラッと、何回か来たことはありますが、「雪の平泉」は、初めて。

いつも混雑している印象がありますが、世界遺産効果は、確かにありますね。

 


 

毛越寺境内の「大泉が池」 

極楽浄土にも、雪は降る・・。


リセット

2012-01-02 | 盛岡・岩手・ラグビー仲間

 

尿路結石の発作で、年内は、痛みに耐えるだけで精一杯だった。

心機一転1月1日に全てをリセット。走ってきました。筋肉、なまってます。

関学vs天理、帝京vs筑波 の準決勝。かつての常連さんは、どうした?

「釜石」の解散以降、観ることの関心は、かなり失せてしまっています。

 


  

 

1月15日の「国立」の空は、いつも、抜けるような青空だった。

幾重にも翻る「大漁旗」と釜石から来た大勢の人々。国立競技場がホームグランドと化す。

松尾雄治さんとは同い年。ボクも、がんばります。