アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

みんなに寿命がある…みんなそうは思いたくない

2010年01月28日 | Weblog
 幼友達の奥さんが亡くなられた。昨年6月に黄疸が出て病院に掛かったところ、そのまま入院。胆嚢ガンだったという。一度退院したもののほどなく再入院。そしてこのほど帰らぬ人となった。
 通夜のあと、幼友達は奇妙なほどハイになっていました。覚悟はしていたと思いますが、実際、「何が何だか分からない」状態だと思いました。葬儀が終わり、みんな帰ってしまってから、一人になったことに気づくと思います。

 若い人(享年60歳は若いです)が亡くなるのは辛いですよ。(年寄りなら亡くなってもいいということではありませんよ)人間は、いつかは皆死ぬことぐらい知っています。不老不死などあるはずがない。もっとも、人間は誰でも一度は、「不老不死」にあこがれるものです。
 始皇帝も不老不死を求めた。不老不死の薬が得られなかった代わりに「不老長寿(延年益寿)」の薬をゲットしたらしい。始皇帝は、50年生きたので、当時としては長寿だったでしょう。ハイチの男性の平均寿命が、51歳です。この度の地震で平均寿命はさらに下がる。そう考えると、始皇帝の不老長寿薬は凄い。
 「竹取物語」にも不老不死が出てきます。竹の中からお姫様が出てくることは、今後ないでしょうから不老不死もない。私も、子供の頃は、死を怖れ、不老不死を願ったものです。30歳を過ぎると、そのような妄想が消えてゆきました。覚悟が決まりましたから。

 話が逸れてしまいますが、「美容界」では、「若返り」という言葉が大手を振って歩いております。「若返り」など大嘘、絶対にありません!人は、時々刻々、老いてゆきます。「これを塗ったら肌に張りと艶が…」それは気のせいです。
 若返りとは謳っていませんが、「老化抑制」のサプリメントも一頃の勢いはないが健在。アルファリポ酸、コエンザイムQ10、ポリフェノール…。「紅茶キノコ」はどうした?「尿飲法」は?きみまろ流に言うと、「無駄な抵抗、するのは自由」

 閑話休題。死ぬのは分かっている。「いつ」「どのような形で」死ぬのか?これは、神様も分からない。しかし、死ぬ側にだって都合というものがある。「いつ」については、努力のしようがない。「どのような形で」については、努力のしようがある。「人に迷惑がかからないように…」このセリフは、みなさんおっしゃる。しかし、BUT!死ぬときは、必ず人に迷惑をかけます。迷惑をかける人を少なくする努力…これは出来ます。
 第一に、認知症にならないこと。第二に、自力歩行が出来ること。この2点をどこまで維持できるかですね。生きていくということは、大変なことです。

 あと、キャッシュカードの暗証番号をカードの裏にマジックインクで書いておく…残された者が貯金を下ろせるように。土地の権利書はあっても、現地へ行くのがやっかい…どうやって遺族に知らせるか。債権関係は…。年賀欠礼の葉書を出す範囲も整理しておかなければならない。遺影用の写真撮影もしなければ。…生きているうちにすること多いです。面倒だから…死なずに済めばよいのですが。
 
 奥さんに先立たれた彼、これからどうやって生きていくんだろうなあ。家庭のことも、会社の経理も奥さんがやっていたようだし…。帰宅しても、誰~もいない。

 通夜の時に気づいたことがあります。前の席に、「きれいなハゲ」のオヤジが座っていた。とっくに80歳を過ぎたオヤジだが、「ハゲに皺がない!」。ピッカピカ!素晴らしい光沢。顔には、深い皺があっても、頭皮には張りと光沢がある。この発見、凄いと思うのだが…「頭皮不老」。こういうバカなことを言っているうちが華か…。