2月4日から始まった9回の連載記事「ニッポンの科学」は、BSE問題や電磁波、農薬規制、遺伝子組み替え食品など、理解がとても科学的とはいえない現状を取り上げています。
連載初回はBSE全頭検査の問題が取り上げられており、以下に要約します。
『全頭検査のために日本産牛肉は安全だと信じられてるが、実は全頭検査の意味はあまりなく、国際獣疫事務局による危険度ランクで日本は、①危険が無視できる国でも、②危険が十分管理されている国でもなく、③の危険度不明の国になっている。
BSEのために日本人が変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)を発病する確率は無視できる程度(*1)であるにもかかわらず実施された世界に類のない全頭検査は「消費者の不安解消」を掲げる議員らの声に押されて始まった。
国際獣疫事務局が定めるBSE対策の基準は危険部位の除去とピッシングの禁止などで、検査はふくんでいない。日米間の輸入再開議論がかみ合わなったのは日本が世界の標準とは異なる考え方をしていたからである。(ピッシングとは死ぬ時の痙攣を防ぐためロッドを頭から脊椎に通すこと。病原体が他の部位に拡散する危険性が指摘されている。日本ではまだ多く行われている)』
(*1 発病の確率については2回目の記事にもありますが、安井至氏の資料も参考になります)
つまりもともと意味のない「消費者の不安」を解消するために、必要もなく、合理性もない全頭検査を多額の税金を使って実施しているというわけであります。優先されたのは全頭検査という消費者に対するわかりやすさであり、本当に必要な感染防止の有効性ではありませんでした。その結果、日本独自のやり方が生まれたというわけです。
マスコミの注視する中、大勢の人間がよってたかって知恵を出し合って得た結論が、目先の不安を取り除ければよいという姑息な、不合理なものになってしまったことをこの記事は示唆しています。
大変よい記事なのですが、惜しいことにひとつ抜けていることがあります。それはすべての元になった、理不尽な「消費者の不安」がなぜ発生したか、ということへの言及です。
この「消費者の不安」の発生は新聞・テレビの大活躍ぬきには語れません。政府の発表に問題なしとはいえないでしょうが、やはり「国民的不安」に拡大した立役者はマスメディアでしょう。牛がひっくり返る映像を何度見せられたことでしょう。感染の恐怖を騒ぎ立てる情報が溢れました。
日本で初めてBSE感染牛が見つかったのは01年の9月10日ですが、安井至東京大学生産技術研究教授(当時)は同月22日付で、英国での事例から推定し「10頭以内で納まるのなら、死者が出る確率をゼロにできるだろう」と自身のHPに記されています。メディアがこのような冷静な意見を取り上げた記憶はありません。
図式的にいうと、まずマスコミがBSEの危険性を大袈裟に伝え、国民の不安が極度に高まった結果、政府は不安を抑制することを優先し、素人受けのする見当違いの政策を採り続けたということになります。このようなパターンは環境ホルモンやダイオキシン問題などでも見られます。
合理的な対策より、理科と数学に弱いマスコミの方々にも理解されやすい対策が選ばれる傾向があることに注意する必要があります。
この記事はメディア自らの責任には一切触れないという点に不満は残ります。しかし、メディアが騒いできた様々な問題に対して、遅すぎるとは思いますがいままでの誤解を解くという意味で大変評価できます。騒いだ根拠を自ら否定する記述も少なくありません(もっともそういう部分は第三者風に「客観的」に書かれているのはさすがです)。
このような見識が朝日全体のものになることを期待します。期待の実現にはあまり自信はありませんが・・・。
連載初回はBSE全頭検査の問題が取り上げられており、以下に要約します。
『全頭検査のために日本産牛肉は安全だと信じられてるが、実は全頭検査の意味はあまりなく、国際獣疫事務局による危険度ランクで日本は、①危険が無視できる国でも、②危険が十分管理されている国でもなく、③の危険度不明の国になっている。
BSEのために日本人が変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)を発病する確率は無視できる程度(*1)であるにもかかわらず実施された世界に類のない全頭検査は「消費者の不安解消」を掲げる議員らの声に押されて始まった。
国際獣疫事務局が定めるBSE対策の基準は危険部位の除去とピッシングの禁止などで、検査はふくんでいない。日米間の輸入再開議論がかみ合わなったのは日本が世界の標準とは異なる考え方をしていたからである。(ピッシングとは死ぬ時の痙攣を防ぐためロッドを頭から脊椎に通すこと。病原体が他の部位に拡散する危険性が指摘されている。日本ではまだ多く行われている)』
(*1 発病の確率については2回目の記事にもありますが、安井至氏の資料も参考になります)
つまりもともと意味のない「消費者の不安」を解消するために、必要もなく、合理性もない全頭検査を多額の税金を使って実施しているというわけであります。優先されたのは全頭検査という消費者に対するわかりやすさであり、本当に必要な感染防止の有効性ではありませんでした。その結果、日本独自のやり方が生まれたというわけです。
マスコミの注視する中、大勢の人間がよってたかって知恵を出し合って得た結論が、目先の不安を取り除ければよいという姑息な、不合理なものになってしまったことをこの記事は示唆しています。
大変よい記事なのですが、惜しいことにひとつ抜けていることがあります。それはすべての元になった、理不尽な「消費者の不安」がなぜ発生したか、ということへの言及です。
この「消費者の不安」の発生は新聞・テレビの大活躍ぬきには語れません。政府の発表に問題なしとはいえないでしょうが、やはり「国民的不安」に拡大した立役者はマスメディアでしょう。牛がひっくり返る映像を何度見せられたことでしょう。感染の恐怖を騒ぎ立てる情報が溢れました。
日本で初めてBSE感染牛が見つかったのは01年の9月10日ですが、安井至東京大学生産技術研究教授(当時)は同月22日付で、英国での事例から推定し「10頭以内で納まるのなら、死者が出る確率をゼロにできるだろう」と自身のHPに記されています。メディアがこのような冷静な意見を取り上げた記憶はありません。
図式的にいうと、まずマスコミがBSEの危険性を大袈裟に伝え、国民の不安が極度に高まった結果、政府は不安を抑制することを優先し、素人受けのする見当違いの政策を採り続けたということになります。このようなパターンは環境ホルモンやダイオキシン問題などでも見られます。
合理的な対策より、理科と数学に弱いマスコミの方々にも理解されやすい対策が選ばれる傾向があることに注意する必要があります。
この記事はメディア自らの責任には一切触れないという点に不満は残ります。しかし、メディアが騒いできた様々な問題に対して、遅すぎるとは思いますがいままでの誤解を解くという意味で大変評価できます。騒いだ根拠を自ら否定する記述も少なくありません(もっともそういう部分は第三者風に「客観的」に書かれているのはさすがです)。
このような見識が朝日全体のものになることを期待します。期待の実現にはあまり自信はありませんが・・・。