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社会ダーウィニズム

2009-06-22 10:17:13 | Weblog
 社会ダーウィニズムとはダーウィンの進化論から導かれた適者生存という概念を社会にも適用することで、白人は優秀という人種差別論や優生学の論拠とされきた歴史があります。経済学者の佐和隆光氏は6月10日の日経夕刊に同名の題のコラムを書いています。以下、要約します。

『70年代前半、米国経済学会を震撼させたラディカル経済学派の泰斗サムエル・ボールズは「高いIQは経済的成功をもたらし」「IQは遺伝的に決まる」とする社会ダーウィニズムの仮説を統計的に反証してみせた。「貧乏な家庭の子弟は十分な教育を受けられないから貧乏に、裕福な家庭の子弟は十分な教育を受けられるから高収入を得やすい。だから、貧困撲滅を最優先すべきだ」とボールズは言う。
 日本を人材立国にしようとするのなら、親の貧富と子供の受ける教育との因果の連鎖を断ち切るべきだ。大学院まで授業料をタダにする、出身地域、国公私立の高校別に入学枠を設けるのもいい。「学歴と所得の相関」の背後にある、親の貧富の格差を看過する論者には過去の遺物と化した社会ダーウィニズムの片棒を担いでいる愚かさを自覚してほしい』

 所得の世代間移転を憂慮した話ですが、この背景にあるのは、有名大学に進学し高所得を得るのは能力よりも教育によるという考え方です。親が豊かだと十分な教育を受けられ、将来の高収入につながるということはうなずけます。しかしことはそれほど単純ではないと思います。

 橘木俊昭・松浦司 共著「学歴格差の経済学」はこの問題を取上げています。教育を通じた格差の世代間移転というテーマで、①親の豊かさが子供の教育・学歴を通じて子供の収入に影響する場合、②子供の能力が直接収入に影響する場合、に分けて調べています。

 親の豊かさは子供が15歳のときの主観的豊かさを5段階にわけています。難しいのは子供の能力を測ることですが、ここでは小学校5~6年頃の算数の好き嫌いを5段階で用いています。

 結果、豊かな環境で育った子供ほど将来高収入を得る傾向と共に、算数が好きな子供ほど将来の高収入を得る傾向も見られたとされています。サンプル数約4000のアンケートによる調査であり、能力を算数の好感度とするなど異論もあるでしょうが、結果は常識とも符合します。

 これに対して佐和氏が引用するボールズの反証は遺伝と経済的成功の関係を否定するものであり、親の豊かさ(よい教育環境)と子供の能力の双方が影響するという上記の調査結果と一致しません。権威あるらしいボールズの説は遺伝の影響を否定しているようであり、ちょっと納得がいきません。

 人は遺伝的な影響を強く受けるのか、あるいは環境の影響を強く受けるのかという問題は古くから存在します。遺伝の影響が重視された時代もあり、逆に環境が重視された時代もありました。しかしどちらか一方に偏るのは誤りで、「人間の性質には、遺伝という内的要因が大きく作用しているが、環境という外的要因がその具体化の仕方を左右する」という日高敏隆氏の見解が妥当ではないか、思います。

 話を戻しますが、佐和氏の主張は遺伝の影響に否定的で、環境への偏りが感じられます。教育問題に遺伝の要素(能力差)を重視すると教育の可能性が小さくなるので、排除したい気持ちはわかりますが、実態を正確に認識しないと、対策を誤る危険があります。

 「親の貧富と子供の受ける教育との因果の連鎖を断ち切る」ことには賛同しますが、授業料をタダにするなどでそれが実現できたとしても、階層の世代間移転の原因となるひとつの要素を解消するだけであります。子供の能力、親の資産、社会的地位、人脈などが子供の所得に影響するのであって、格差の世代間移転は単純な問題ではありません。