少し前になりますが、8月2日の日経に「体験格差が生む年収格差」という記事がありました。寄稿者は国立青少年教育振興機構の研究会座長を務めた明石要一千葉大学教授です。朝日も5月25日『外で友達と遊ぶ子ほど「高学歴・高収入に」 独法調査』という同様の記事を載せています。元ネタは同じで、その詳細は同機構の「子どもの体験活動の実態に関する調査研究」です。日経に載った明石要一氏の寄稿の要旨をご紹介します。
『経済格差が学力格差を生むことは、多くの教育社会学者の研究で明らかになった。親の年収で、子供の学力に「差」が生まれている。同時に経済格差が体験の「差」も生んでいる。経済的に余裕のある家庭では、「夏は海、冬はスキーに行くことができ、子供は自然体験を満喫できる。(引用者注 この屋外体験は国立青少年教育振興機構の目的とも合致する)
(中略)
この体験の差が学力格差を生んでいる。図式的に示せば、「家庭の経済格差」→「子供の体験格差」→「子供の学力格差」という筋道が描ける。
このような問題意識から、研究会は子供の頃の体験が、その後の人生にどのような影響を与えるかという問題設定で、昨年11月に20歳以上の大人約5千人を対象に全国調査をおこなった。
(中略)
自然体験や友達との遊びなど、子供時代に豊かな体験をした人ほど、高学歴を取得し、高収入を得ているのである』
調査は、子供の頃の体験が多い、中程度、少ない、の3群に分け、将来との関係を調べたものですが、「体験が多い」群の最終学歴は大学・大学院50.4%50.4%中学・高校が26.1%なのに対し、「中程度」群ではそれぞれ48.6%、27.6%、「少ない」群では45.4%、30.8%であるとし、「子供の頃の体験が豊かな人ほど明らかに高学歴者が多い」「体験格差が学歴格差を生んでいると言っていいだろう」と結論づけています。
年収との関連では、「体験が多い」群では年収750万円以上が16.4%、250万円未満が26.9%であるのに対し、「中程度」群ではそれぞれ12.7%、32.5%、「少ない」群では11.0%、35.3%であるとしています。
まず学歴の場合、3つの群の差は大学・大学院では50.4%、48.6%、45.4%であり、とても顕著な差とは言えません。それは年収においても同様です。そしてこの差が子供の頃の体験によるものという結論は大いに疑問です。なぜなら豊かな体験を子供に提供する家庭は教育にも熱心であったり、親の教育程度が高かったり、あるいは親子の遺伝的な要素が関係していたりと、「体験」以外の要因が影響している可能性が高いからです。
統計に現れた見かけ上の相関関係をそのまま信じるのは危険です。昔のことですが、統計学の本の最初に「車を所有している学生は就職率が高いことが統計に表れている。このことから車を所有すれば就職に有利になると言えるか?」と書かれていたのを覚えています。答えは有利にならないであり、理由は子供に車を与えるような親は経済力があり、コネや地位を利用しての就職が可能であるからです(車がまだ珍しい時代のことです)。
車の所有と就職率の間には直接の因果関係は認められないわけで、この場合、親の経済力という第3の要因が車の所有と就職率の両方に影響を与えていて、それは交絡因子と呼ばれます。従って子供の頃の体験と学歴や年収の関係を求めるには考えられる交絡因子の影響を除く作業をしなければ体験の豊かさと学歴・年収の関係は明らかになりません。交絡因子を除くためには子供の頃の体験の多寡だけでなく、親や家庭の状況も調査する必要がありますが、それはアンケートの質問に含まれておらず、交絡因子の排除は不可能であると思われます。
以前、朝食を食べる子供は成績が良いという調査結果が発表され、あたかも朝食を食べれば成績がよくなるかのような報道がなされました。これも同様で、朝食をきちんと食べさせるような家庭は教育環境が良好ということが交絡因子として考えられます。
また「体験格差が生む年収格差」の記事では調査がウェブアンケートによるものという事実が記載されていません。ウェブアンケートではサンプルの偏りが避けられず、それは結果の信頼性を低下させることにつながるので、断りを入れないのは不誠実です。
国立青少年教育振興機構は青少年にいろんな体験をさせるための組織なので、豊かな体験が学力や年収に対しプラスに働くという調査結果は願ってもないものでしょう。その動機が影響したかどうかはわかりませんが、公的な資金を使って意図的な調査をすることは許されないことです。また子供に多くの体験をさせれば将来の年収が増えるといった怪しい認識を世に広めてしまう恐れがあります。この程度の調査でそこまで言えるとはとても思えません。
『体験格差が生む年収格差』(日経)
『外で友達と遊ぶ子ほど「高学歴・高収入に」 独法調査』(朝日)
この見出しは担当記者が明石要一氏らの調査結果に何ら疑問を持たず、掲載したことを示しています。マスコミが彼らの意図にまんまと乗せられたわけで、マスコミの見識や能力に疑問を抱かせるものです。別に統計など知らなくても常識とちょっとした注意力があれば疑問を感じる筈です(私も統計の素人同然です)。
「外で友達と遊ぶ子ほど高学歴・高収入に」「あるいは朝食を食べる子供は成績が良い」などの「迷信」が広がってよいわけがなく、極端な理解をする一部の親達は朝食を食わせて外で遊ばせれば、勉強せずとも高学歴・高収入になると思うかもしれません。
ここまで書いて明石要一氏なる人物のことをちょっと調べてみる気になりました。氏名によるグーグルの検索で1番目はWikipediaで2番目、3番目は次のとおりです。
「明石要一氏の名前に反応した理由 - とらねこ日誌」
独法と明石要一氏のあきれたアンケート調査 - とらねこ日誌
『偏食の激しい大学生はいま、どんな青年になっているのだろうか。
嫌いな食べ物が6個以上ある人は、「わがまま」「頑固」「やきもち焼き」「根にもつ」「諦めやすい」「泣き虫」「怒りっぽい」という行動特性をもつ。(食生活2007年5月号)』
これは上記の「とらねこ日記」に引用された明石要一氏の「ご高説」です。偏食を正せば良い性格になると思わせたいようですが、ちょっと信じることはできません。つまり「わがまま」や「頑固」であるからこそ偏食がおきやすかったという解釈が可能だからです。これもアンケート調査の見かけの関係をそのまま取り上げたのだと私は推定します。
明石要一氏を批判したサイトだけ挙げるのはフェアではないのですが、ざっと見たところ肯定的な評価は見あたりませんでしたのでご勘弁を。
『経済格差が学力格差を生むことは、多くの教育社会学者の研究で明らかになった。親の年収で、子供の学力に「差」が生まれている。同時に経済格差が体験の「差」も生んでいる。経済的に余裕のある家庭では、「夏は海、冬はスキーに行くことができ、子供は自然体験を満喫できる。(引用者注 この屋外体験は国立青少年教育振興機構の目的とも合致する)
(中略)
この体験の差が学力格差を生んでいる。図式的に示せば、「家庭の経済格差」→「子供の体験格差」→「子供の学力格差」という筋道が描ける。
このような問題意識から、研究会は子供の頃の体験が、その後の人生にどのような影響を与えるかという問題設定で、昨年11月に20歳以上の大人約5千人を対象に全国調査をおこなった。
(中略)
自然体験や友達との遊びなど、子供時代に豊かな体験をした人ほど、高学歴を取得し、高収入を得ているのである』
調査は、子供の頃の体験が多い、中程度、少ない、の3群に分け、将来との関係を調べたものですが、「体験が多い」群の最終学歴は大学・大学院50.4%50.4%中学・高校が26.1%なのに対し、「中程度」群ではそれぞれ48.6%、27.6%、「少ない」群では45.4%、30.8%であるとし、「子供の頃の体験が豊かな人ほど明らかに高学歴者が多い」「体験格差が学歴格差を生んでいると言っていいだろう」と結論づけています。
年収との関連では、「体験が多い」群では年収750万円以上が16.4%、250万円未満が26.9%であるのに対し、「中程度」群ではそれぞれ12.7%、32.5%、「少ない」群では11.0%、35.3%であるとしています。
まず学歴の場合、3つの群の差は大学・大学院では50.4%、48.6%、45.4%であり、とても顕著な差とは言えません。それは年収においても同様です。そしてこの差が子供の頃の体験によるものという結論は大いに疑問です。なぜなら豊かな体験を子供に提供する家庭は教育にも熱心であったり、親の教育程度が高かったり、あるいは親子の遺伝的な要素が関係していたりと、「体験」以外の要因が影響している可能性が高いからです。
統計に現れた見かけ上の相関関係をそのまま信じるのは危険です。昔のことですが、統計学の本の最初に「車を所有している学生は就職率が高いことが統計に表れている。このことから車を所有すれば就職に有利になると言えるか?」と書かれていたのを覚えています。答えは有利にならないであり、理由は子供に車を与えるような親は経済力があり、コネや地位を利用しての就職が可能であるからです(車がまだ珍しい時代のことです)。
車の所有と就職率の間には直接の因果関係は認められないわけで、この場合、親の経済力という第3の要因が車の所有と就職率の両方に影響を与えていて、それは交絡因子と呼ばれます。従って子供の頃の体験と学歴や年収の関係を求めるには考えられる交絡因子の影響を除く作業をしなければ体験の豊かさと学歴・年収の関係は明らかになりません。交絡因子を除くためには子供の頃の体験の多寡だけでなく、親や家庭の状況も調査する必要がありますが、それはアンケートの質問に含まれておらず、交絡因子の排除は不可能であると思われます。
以前、朝食を食べる子供は成績が良いという調査結果が発表され、あたかも朝食を食べれば成績がよくなるかのような報道がなされました。これも同様で、朝食をきちんと食べさせるような家庭は教育環境が良好ということが交絡因子として考えられます。
また「体験格差が生む年収格差」の記事では調査がウェブアンケートによるものという事実が記載されていません。ウェブアンケートではサンプルの偏りが避けられず、それは結果の信頼性を低下させることにつながるので、断りを入れないのは不誠実です。
国立青少年教育振興機構は青少年にいろんな体験をさせるための組織なので、豊かな体験が学力や年収に対しプラスに働くという調査結果は願ってもないものでしょう。その動機が影響したかどうかはわかりませんが、公的な資金を使って意図的な調査をすることは許されないことです。また子供に多くの体験をさせれば将来の年収が増えるといった怪しい認識を世に広めてしまう恐れがあります。この程度の調査でそこまで言えるとはとても思えません。
『体験格差が生む年収格差』(日経)
『外で友達と遊ぶ子ほど「高学歴・高収入に」 独法調査』(朝日)
この見出しは担当記者が明石要一氏らの調査結果に何ら疑問を持たず、掲載したことを示しています。マスコミが彼らの意図にまんまと乗せられたわけで、マスコミの見識や能力に疑問を抱かせるものです。別に統計など知らなくても常識とちょっとした注意力があれば疑問を感じる筈です(私も統計の素人同然です)。
「外で友達と遊ぶ子ほど高学歴・高収入に」「あるいは朝食を食べる子供は成績が良い」などの「迷信」が広がってよいわけがなく、極端な理解をする一部の親達は朝食を食わせて外で遊ばせれば、勉強せずとも高学歴・高収入になると思うかもしれません。
ここまで書いて明石要一氏なる人物のことをちょっと調べてみる気になりました。氏名によるグーグルの検索で1番目はWikipediaで2番目、3番目は次のとおりです。
「明石要一氏の名前に反応した理由 - とらねこ日誌」
独法と明石要一氏のあきれたアンケート調査 - とらねこ日誌
『偏食の激しい大学生はいま、どんな青年になっているのだろうか。
嫌いな食べ物が6個以上ある人は、「わがまま」「頑固」「やきもち焼き」「根にもつ」「諦めやすい」「泣き虫」「怒りっぽい」という行動特性をもつ。(食生活2007年5月号)』
これは上記の「とらねこ日記」に引用された明石要一氏の「ご高説」です。偏食を正せば良い性格になると思わせたいようですが、ちょっと信じることはできません。つまり「わがまま」や「頑固」であるからこそ偏食がおきやすかったという解釈が可能だからです。これもアンケート調査の見かけの関係をそのまま取り上げたのだと私は推定します。
明石要一氏を批判したサイトだけ挙げるのはフェアではないのですが、ざっと見たところ肯定的な評価は見あたりませんでしたのでご勘弁を。