噛みつき評論 ブログ版

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マスメディアの集団職務放棄

2013-02-18 10:09:47 | マスメディア
 1945年8月9日、ソ連は中立条約を一方的に破棄し、突如として満州に侵攻してきました。虐殺、暴行、集団自決が頻発し犠牲者は数十万人に上ったとされます。生き延びた人々も地獄の逃避行を強いられたことは周知の事実です。

 当時、満州には国策に沿って入植した開拓団の人々などが約150万人いたといわれ、彼らの保護は日本軍(関東軍)の重要な職務の筈でした。ところが軍が職務を放棄し真っ先に逃げ出したことはよく知られています。情報を持たない民間人を置き去りにして逃亡したのは軍人とその家族、官吏とその家族、満州鉄道関係者であったといわれています。

 職務放棄には様々なものがありますが、関東軍の職務放棄は規模、犠牲の大きさ、悪質度、卑劣度、どれをとってもトップクラスにランクされるものです。まさに20世紀最大の職務放棄といえるでしょう。

 このような行為は戦争末期という特殊な環境で起きたものであり、我々日本人の性格や文化に由来するものとは思いたくありません。しかし残念ながら関東軍の伝統をしっかり受け継いでいると思われる組織がありました。それは原発事故の後、情報もなく避難できずにいる住民を見捨て、早々と安全地帯へそろって逃亡した大手メディアです。

 朝日新聞のWEB新書「現場からいちはやく記者が消えた!原発とメディア」は事故直後のメディアの行動を取り上げたものです(WEB新書とは4000~20000字ほどの短い文を電子本としたもので210円で販売されています)。この新書の内容は昨年の11月から12月にかけて朝日に連載されたものですが、朝日を購読していながら当時は気づきませんでした。目立たない記事にしたのは、あまり多くの人に読んで欲しくなかったのでしょう(それでも敢えて公表する姿勢は評価できます)。

 そう思ったのは朝日を含むメディアの行動に対する厳しい批判が多く載っていたからです。桜井南相馬市長の次の言葉は当時の状況をよく表しています。

「原発事故が起きたら、メディアは、あいさつもなく出て行った。原発がどれだけ危険か情報が何もない中で、我々は取り残されてしまった。その後、私は海外メディア数十社の取材を受けた。日本のメディアはどこへ行ったのか、と思っていました」

 朝日新聞は事故の翌日の3月12日には記者を30キロ圏内に入れないことを決定し、原発から45kmにあるいわき支局の記者さえも福島総局と郡山支局に移したとされています(まことに迅速果敢なご判断です)。

 また2008年まで朝日のいわき支局長を務め、退職後そのままいわきで暮らしていた丸山賢治氏の話が載っています。支局にはヨウ素剤や防護服、防護マスク、ポケット線量計、水、乾パン・・・。原発事故を取材するための装備一式が、段ボール箱に入れて備えられていたことを前提にして、次のように述べています。

「市民が持たないものを記者は持っている。あの装備は安全第一のマニュアルのもとでも、『ここまで頑張って取材せよ』というしるしだったはずです。その火急のときに、記者を市民より早く非難させるとは・・・」

 丸山氏によると、いわきに常駐する記者は3月12日の水素爆発の後、ほとんどいなくなりましたが、ただ福島民報のいわき支社長だけは『私は市長が避難する事態になるまで、避難しません』と残っていたそうです。線量計を手に事故直後から原発の至近まで近づいたフリーの記者らと同様、骨のある人もいるわけです。もう少し引用を続けます。

「南相馬市内の総合病院の院長に取材しようと、電話をかけたときだった院長が怒気を含んだ声で言った。『どこから電話をかけているのか。私はここにいる。記者ならここに来ればいい』」

「線量計を持っている新聞記者が、持っていない避難者に『30キロ圏内はどんな様子ですか』と聞いていました。やはり現場に入るべきだったと思います。だけど会社の方針を破る勇気がなかった」

「政府は20キロ圏内の住民に避難を指示しているのに、朝日新聞記者は30キロ圏内にはいらないように指示している。その理由を紙面で読者に説明すべきではないですか」という意見もあったそうですが、それが実現することはなかったようです。もっとも読者が納得できる理由などあるとは思えませんけどね。一部の人は会社の方針に疑問を抱きながらも結局は従ったというわけです。「忠実で真面目」な人達なのでしょう。

 市や町の職員、医療関係者など職務を遂行するために現地に留まった人は少なくありません。このような時、より多くの情報を持ち、線量計などの装備にも優れた記者達が、住民らを出し抜いて真っ先に安全地帯へ逃亡した様は満州の関東軍と実によく似ています。それが組織的に実行された点も同じです。そしてこのような行動が朝日だけでなくNHKを含む他の大手メディアすべてに共通したことに注意する必要があります。

 幸い今回の事故では放射線による直接の重大な被害は出ませんでしたが、当時は予想できなかったわけです。メディア各社が記者をいちはやく避難させたのは記者が重大な被害を受ける事態を予想していたからでしょう。とすれば住民にも重大な被害が出る可能性も当然予想できます。その場合、信頼できる情報がどんな重要な意味をもつか、自分達の職務放棄が与える影響が如何なる意味をもつかを、知らない筈がありません。

 事故を起こした原子炉の制御はとても危険な仕事です。でも誰かがやらなければなりません。記者も常に安全が保障されていると考えるべきではないでしょう。現地に留まった自治体の職員や医療関係者の生命より記者の生命を大事にしなければならない理由を私は思いつくことができません。もしそんな理由があればメディアの方に是非ともお訊ねしたいと思います。

 今回の記者の逃亡はメディアの職業倫理の根幹に関わる問題であり、このまま見過ごしてよいとは思えません。危機に際して報道の義務を放棄した体質を問う必要がありましょう。食品企業が不注意で食中毒を起こせば経営幹部の首が飛ぶこともありますが、今回露呈したメディアの体質は悪名高い関東軍にも比すべき深刻な問題です。

 危機の時、情報の有無は命にかかわります。いつも安全地帯から高みの見物、では困るわけです。そういえばイラク戦争のとき、現地から真っ先に逃げ出したのは日本の大手メディアであったそうですから、これは伝統的な体質なのかも知れません。

 津波では避難の呼びかけ、あるいは避難誘導の職務を果たそうとして多くの人が犠牲になりました。そんな中での、職務より身内の安全を過剰に優先させたメディアの行為はいっそう際立ちます。天と地ほどの違いと言ってもよいでしょう。

 オピニオンリーダーを自認するマスメディアがこんな「模範」を示せば職務倫理の崩壊を招きかねません。このような識見をもつメディアによってこの国がリードされていると思うと背筋が寒くなります。

 日頃、正義面をしている人間が突然の出来事に慌てふためき、そのふるまいに卑劣な本性を見てしまった、そんな光景が頭をよぎります。