日産自動車、スバル、神戸製鋼と大企業の不祥事が続き、朝日新聞はすべてを一面トップで報じた。おかげで品質に定評のある日本の工業製品に対する疑念が世界中に広がった。神戸製鋼のデータ改竄はモラルが問われるだけでなく現実に強度不足などの問題が起きる可能性があり、罪が深い。しかし、資格のない者が自動車の完成検査をしていたという今回の事例は現実的にはたいした問題ではない。
日本製の自動車の品質が優れているということについては広く知られている。完成検査が不十分なためにハンドルやブレーキが効かなくなったという話は聞いたことがない。たいていの人は日本車の品質にほぼ全幅の信頼を置いている。
スバル社長の吉永氏の発言はこの問題の核心を表している。
「(出荷した自動車について)『安全です』と言ったら(リコールの必要がなくなって)おかしくなるし、『安全ではない』と言ったらもっとおかしくなる」
吉永氏は本音では安全だと考えているにもかかわらず、無意味なリコールをせざるを得ない状況に戸惑っておられるようである。私はスバル車に乗っているが全く不安は感じない。リコール通知が届いても、その必要はありません、と辞退するつもりである。資源の浪費だと思うからである。
現在は部分の検査が十分されているため、完成車検査の意味が薄れているという指摘がある。制度の意味がなければ守ろうとする動機も生まれにくい。スバルは30年以上前から、日産も数十年前から「この方式」で検査を実施してきたそうである。つまり「この方式」は十分な実績があるというわけだ。
数十年前に作られた検査の制度が現実に適合しなくなっている状況こそが問題なのだが、メディアはもっぱら違反や違法の観点からこの問題を扱っている。制度を守らなくても安全な自動車が生産できるのだから、変えるべきは検査制度の方であろう。逆に気付く立場にある行政の怠慢を指摘してもよい。しかしそのような見解の記事は見つからない。大企業の不祥事、といった「伝統的な批判」が中心である。
世の中には形式主義者と呼ばれる人たちがいる。内容よりも形式に目が行く人たちである。行為の是非を判断するのに違法の有無などの形式を基準にすれば確かに簡単である。わかりやすく、事実を深く調べる手間も省け、思考力もいらない。従ってマスコミにも適している。ただ物事の解決にはなりにくいどころか、邪魔になる可能性が高い。マスコミがもう少し多面的な見方をしていれば、一面トップで世界を驚かすような報道をしないだろう。従軍慰安婦の虚偽報道のように日本を貶めるのが朝日の方針なら話は別だか。
所有者のわからない土地が九州ほどもあるそうだ。今回の問題と同じく法の不備がその大きい理由なのだろう。法が時代に合わなくなっていることを探し出し、課題として提示するのはマスコミの仕事のひとつである。それを受けて法を整備するのは国会の仕事である。両者が安保法制などで大騒ぎして、その機能の多くが浪費されている状況は困ったものである。法を生産・改正する国会もまた生産性を問われるべき機関である。
日本製の自動車の品質が優れているということについては広く知られている。完成検査が不十分なためにハンドルやブレーキが効かなくなったという話は聞いたことがない。たいていの人は日本車の品質にほぼ全幅の信頼を置いている。
スバル社長の吉永氏の発言はこの問題の核心を表している。
「(出荷した自動車について)『安全です』と言ったら(リコールの必要がなくなって)おかしくなるし、『安全ではない』と言ったらもっとおかしくなる」
吉永氏は本音では安全だと考えているにもかかわらず、無意味なリコールをせざるを得ない状況に戸惑っておられるようである。私はスバル車に乗っているが全く不安は感じない。リコール通知が届いても、その必要はありません、と辞退するつもりである。資源の浪費だと思うからである。
現在は部分の検査が十分されているため、完成車検査の意味が薄れているという指摘がある。制度の意味がなければ守ろうとする動機も生まれにくい。スバルは30年以上前から、日産も数十年前から「この方式」で検査を実施してきたそうである。つまり「この方式」は十分な実績があるというわけだ。
数十年前に作られた検査の制度が現実に適合しなくなっている状況こそが問題なのだが、メディアはもっぱら違反や違法の観点からこの問題を扱っている。制度を守らなくても安全な自動車が生産できるのだから、変えるべきは検査制度の方であろう。逆に気付く立場にある行政の怠慢を指摘してもよい。しかしそのような見解の記事は見つからない。大企業の不祥事、といった「伝統的な批判」が中心である。
世の中には形式主義者と呼ばれる人たちがいる。内容よりも形式に目が行く人たちである。行為の是非を判断するのに違法の有無などの形式を基準にすれば確かに簡単である。わかりやすく、事実を深く調べる手間も省け、思考力もいらない。従ってマスコミにも適している。ただ物事の解決にはなりにくいどころか、邪魔になる可能性が高い。マスコミがもう少し多面的な見方をしていれば、一面トップで世界を驚かすような報道をしないだろう。従軍慰安婦の虚偽報道のように日本を貶めるのが朝日の方針なら話は別だか。
所有者のわからない土地が九州ほどもあるそうだ。今回の問題と同じく法の不備がその大きい理由なのだろう。法が時代に合わなくなっていることを探し出し、課題として提示するのはマスコミの仕事のひとつである。それを受けて法を整備するのは国会の仕事である。両者が安保法制などで大騒ぎして、その機能の多くが浪費されている状況は困ったものである。法を生産・改正する国会もまた生産性を問われるべき機関である。