噛みつき評論 ブログ版

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インチキ本でも表現の自由?

2017-12-04 00:03:46 | マスメディア
 昨日、朝日新聞に書籍広告が載った。書名は「医者に頼らなくてもがんは消える」、著者は内海聡医師、出版社はユサブルとある。深刻な状態のがん患者にとって、このタイトルは甘い蜜の誘惑である。アマゾンの「がん関連」「病院医者」部門でのランキングが1位とある。こんな常識では考えられないことに十分な根拠があるのだろうか。多分ないだろう。アマゾンのレビューには10の肯定的レビューと1つの批判的レビューがある。肯定的レビューは内海医師の信者のようであり、批判的レビューは内海医師をカルト教祖的な危険人物と批判する。読者の多くは内海教の信者になったようである。

 この種の本の代表は近藤誠氏の著書であろう。手術や放射線、抗がん剤などのガンの標準的な治療を否定したり、がん検診の効果を否定したり、単著だけで42冊もある。医者というより作家というべきである。ベストセラーになった本も多い。しかし内海本、近藤本は助かる命まで失わせる可能性が大きい。近藤氏の元に通い続け、乳がんを長期間放置して死んでしまった患者を知っている。本が多く売れたたため、近藤氏を信じて治療の機会を失い、そのために命を失った人も多いと推定できる。遺族の方が近藤氏に賠償請求すれば、あるいは誰かが刑事告訴すればと期待するがなかなかそうはならない。

 近藤氏の過激な主張には多くの反論がある。いくつかを読んでみたが、批判の方が圧倒的に正しいと思う。それにもかかわらず、依然として文言春秋、朝日新聞、三省堂、集英社などの有力出版社が出し続けている。サイエンスやネイチャーなどの有力出版社は投稿された論文を載せる前に同じ分野の研究者に査読させて問題がないかを確認するという手続きを行う。しかし一般向け書物である内海氏や近藤氏の本は専門家によるチェックはないようである。本に嘘八百が書かれていようが、出版社にはチェックする能力も仕組みもないため野放し状態である。

 著者は医師で、有名出版社が出した本となれば、批判するだけの知識のない一般読者は信じてしまう可能性が大きい。ベストセラーになったのも見せかけの信用のためだろう。現実の問題として、この種の本のために多数の助かる命が失われていると推定できる。回復見込みのある患者までを死へと追い込んでいるのである。殺人を教唆しているとも言えるのではないか。

 憲法21条は表現の自由を保障しているが、こんな本も対象になっていいのだろうか。表現の自由には制約もある。チャタレイ夫人の恋人は猥褻表現だとして裁判になり、結局制限されたり、ヘイトスピーチなどの差別表現も制限させる。しかし上記の本による被害は人の生命にかかわる問題であり、猥褻などとは比較にならないほど重大である。どれほど強烈な猥褻本でも生命に危険が及んだとは聞かない。

 チャタレイ事件やヘイトスピーチはメディアに大きく取り上げられたが、この近藤本のような有害本が無視されるのは何故だろうか。もっとも大きい理由は彼らが出版や広告などを通じて本の共犯者であるからだと思う。内海氏や近藤氏の本は出版社や広告を載せる新聞に利益をもたらしているのである。出版社に内容の是非を判断する能力がないということも考えられるが、これはその気になれば外部の専門家に依頼することが可能である。従ってもっとも大きい理由は利益のため、ということになろう。メディアが人身事故を起こした会社を非難するのによく言うセリフがある、「安全より利益を優先した」。新聞・出版もまた同じということか。

 生命に危険が及ぶような問題でもメディアが片棒を担いでいれば問題になることはないようである。またメディアが騒がなくても、行政や法律家がこの種のインチキ本の危険性を理解できるほど利口ならば、止めることも出来る。だがその望みもなさそうである。そして憲法で保障された自由といえば無条件に尊重しなければならないと考える単純な頭の持主が多いこともこの問題の解決を難しくしている。