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夢見る人、ドイツ人

2015-12-14 09:02:04 | マスメディア
 新たな視点に気づくことよって今まで不可解であったものが、解き明かされるということがあります。近刊の三好範英著「ドイツリスク」という本は「夢見る人」をキーワードにしてドイツ国民と国を理解しようとする試みです。これより前に出たエマニュエル・トッドの「ドイツ帝国が世界破滅させる」はかなり売れたようですが、これよりも面白く読めました(少なくとも第一章は)。

 2度にわたって世界大戦を引き起こし、ユダヤ民族の抹殺というとんでもないことを実行した国、一方、工業生産力に優れ、最近では環境保護に熱心な国、ドイツにはそんなイメージがあります。ヨーロッパのシステムが揺らぎ始めた現在、過去に膨大な災いをもたらしたドイツの動向に注目が集まるのでしょう。

 著者の三好氏はフィンランドの原発の町の町長から「ドイツ人は夢見る人、それに対して、フィンランド人は実際的な国民です」という言葉を聞き、「夢見る人」という言葉によって「それまで私の頭の中でもやもやとわだかまっていた霧があっという間に晴れたような気がした」と書いています。私も同様に感じました。

 第一章は「偏向したフクシマ原発事故報道」では事故後の過激な報道が紹介されます。公共放送を含む主要メディアが事故の恐怖を煽った結果、ドイツ在住の日本人は周囲のドイツ人から家族を呼び寄せなさいと「親切な忠告」を受けたといいます。自国のメディアを信じた彼らは東京までが死の危険に瀕していると思い込まされたようです。

 著者は「ドイツメディアの報道には、原発事故の被害が被害が深刻であればあるほど、長期化すればするほど、自らの主張や反原発運動の正しさが証明できるという無意識の志向が働いていたのではないか」「ドイツの震災報道は、特定の考えに基く認識の偏りと、日本に対する紋切り型のイメージが重なり合った、グロテスクと表現しても過言のないものだった」と述べています。

 ドイツメディアの姿勢に比べると、震災報道における日本メディアはよほど冷静で正確であったようです。またドイツとは逆に英国BBCの報道は冷静で客観的であったと述べています。英国は現実主義の国であり、その外交のしたたかさはよく知られています。英国は「夢を見ない人」なのでしょう。逆に、「夢見る人」は現実を見ない人とも言えるでしょう。

 第二章では脱原発を掲げたドイツのエネルギー問題を扱っています。自然エネルギーの買取を優遇した結果、14年間で電気代が2倍程度になったことや、不安定な自然エネルギーを補填するために石炭火力発電を増やした結果、「過去数年間でもっとも大量の二酸化炭素を放出した」というシュピーゲル誌の記事(2013//10/21)を紹介しています。電気代が2倍になった上、CO2排出量も最高とは、脱原発も大変のようです。環境保護の理想を掲げ、その原則を重視した結果なのでしょうが、現実軽視の結果でもありましょう。

 私はドイツ音楽から大きな恩恵を受けていますが、音楽や文学の世界ではドイツロマン派と呼ばれる、一群の優れた作品があります。これらは「夢見る人」の芸術的発現と見ることもできるでしょう。

 ドイツの原発事故報道について「一言でいえば、英国メディアとの比較において見たように、経験的な事実を積み上げて帰納的に判断するのではなく、予断を持って演繹的に認識、判断しがちな傾向であり、さらに、そうした自分の認識のあり方に無自覚なことである」と著者は述べています。「夢」を正当化した結果であろうと思いますが、これは日本の左派メディアにも当てはまります。一般に「夢」が膨張すれば現実を冷静に認識する能力は低下します。非武装中立の夢のように。

 そしてこうしたドイツメディアの、偏向した日本報道の背景として「実証することはできないが、とりわけ1980年代以降、多くの産業分野で日本の後塵を排することが多くなったドイツ人が、日本の失敗を見て安心する、ある種の心理的補償の効果があったのではないか」と述べています(日本の失敗を喜ぶ国は他にもありますが)。今まで日本人はドイツを好意的に見ていたと思いますが、こういう面にも気づく必要がありそうです。

 ドイツメディアに対する批判はそのまま日本の左派メディアにも通じるところがあります。どちらも正しいをしていると確信しているようです。ドイツ国民の夢見る性格が外交を誤らせ、2度の大敗北を招いたとも考えられます。日本にも夢見る人は存在します。非武装中立を主張するような非現実的な人達です。日本の左派メディアには高い密度で存在するようです。

 夢見る人の割合が多ければ冷静さや合理性が失われ、方向を誤る可能性が高くなるのではないでしょうか。幸い日本の夢見る人は多数ではなく、現実派が多数を占めています。しかし、夢見る人がメディアを支配すれば、針路を誤る可能性が高まるでしょう。

 ここで、夢見る人という性格はもともと民族に備わった性格なのか、それとも文化的に受け継がれてきたものなのか、という疑問が生じます。恐らく両方の影響があるでしょうが、民族に備わった性格の方が大きいように思います(根拠のない推測に過ぎませんが)。

 最後に本書に引用されたゲーテの言葉を紹介します。
「ドイツ人が哲学の問題の解決に苦しんでいる間に、豊かな実際的分別を備えたイギリス人は我々を笑い飛ばして、世界を手中に収めている」・・・優れた観察力ですが、ドイツ国民の性格は18世紀から続いているということになります。


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