デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



パリのアレクサンドル・ネフスキー寺院(ロシア正教会)

短い滞在期間しかない旅行では、ほとんどの人が自分の行きたい所の優先順位をある程度つけていることと思うが、最優先にしていた所が幻滅に終わることもあれば、当初「行ければ足を運んでみてもいいか」というような優先順位では2位としていた所が旅で最も印象に残る場所になることがある。


十字架(八端十字架)を見ると正教のもの、と分かる

凱旋門から地下鉄M2のテルヌ駅からほど近いダリュー通り(Rue Daru)にパリのロシア正教会がある。名称は、Cathédrale Saint-Alexandre-Nevsky(聖アレクサンドル・ネフスキー寺院、リンク先はロシア語)というが、現地では「ロシアン・オーソドクス・チャーチ」と英語で訊ねてもたどり着けるだろう。
この聖堂を訪ねたかった理由は、こちらで少し触れているアンドレイ・タルコフスキー監督の葬儀が営まれたロシア正教会だからである。しかし、現地では行けたら行きたい教会、という程度の気持ちしか私は持っていなかった。その主な理由として、美術館や博物館などをハシゴして体力的にどうなってるか分からないこともあるし、また行ったところで信者以外お断りということも可能性としては残るし、そもそも開いているかも分からないことなどを挙げられるように思う。
この日はパリの郊外に足を運び、雨の中、オートゥイユ墓地、モンマルトル墓地、オランジュリー美術館、チュイルリー公園、ルーヴル美術館、オルセー美術館、ギャルリ・ヴェロ=ドダ、と歩き回り、その後19:00になってなお凱旋門を見たあとにロシア正教会に歩いて行ったのだった。地下鉄に乗って行ってもよかったが、もしそうするとホテルに帰ってしまいそうになるかもしれなかったら、あえて歩いて行ったように思う。歩きながらのテンションもやばかった。


寺院の中の様子(絵葉書より)










ロシア正教会までくると、聖堂をバックにして写真を撮る人がいて、有名な教会なのか?と少し思った。入れるかどうか不安なまま扉に手をかけ、入った瞬間、来てよかったと思った。中から男女混声の歌声が聞こえてきたからであった。
その日は土曜日だった。聖堂では夕方から始まる祈祷が荘厳に営まれていた。茶色をベースに黄金で照らされたような壁面やドームに描かれた絢爛たる天使や預言者たち、捧げられたロウソクの火に照らされるイコン、聖障(イコノスタス)の開かれた王門の奥の聖所(内陣)に描かれた肘から上の両手を開けているイエス、祈祷の訪れた信者に満遍なく与えられる振り香炉の煙、祈祷の間中、あたかも間断がないかのような調和と崇高さを感じさせる美しすぎる歌の旋律(歌うこと自体が祈祷)と心の琴線に触れる歌声、奉神礼で行なわれているすべてのことが私の涙腺をガタガタにし崩壊させた。言葉は分からないものの、これが法悦、今この瞬間にこの宗教儀式に立ち会うことが、この旅行最大の収穫・喜び、なんという貴重な瞬間の連続、この美しさを身体いっぱいに体感できているこの瞬間に死にたいとさえ思った。疲労困憊時に起こりがちな一種の恍惚状態とはいえ不謹慎といわれればそうなのだが。
聖堂に着いたときの精神的興奮が少し冷めて、香炉の煙にお辞儀をしながら司祭や聖職者たち、歌っている教会関係者や信者たち、一心に祈る信者の様子をうかがった。ロシア正教会の聖堂内では男性は脱帽し、女性はプラトークやフードなどで頭部を覆わねばならないとされているが、ここでの女性信者のなかには頭部を覆わない人もいてなんかお国柄を感じさせた。頭部を覆ってないからといって怒り出したりする人もいなかったし、覆ってなくとも神秘的な儀式の妨げにはならない、と泰然としているように思った。その雰囲気には好感が持てた。
当時はソ連だったが、故郷に帰れなかったタルコフスキーは、政治に翻弄された結果とはいえこのロシア正教会で葬儀をしてもらってよかったのではないか、と勝手ながら思いつつ、ただただ聖堂内に響く歌声に聞き入っていた。
聖堂内には1時間以上いたような感覚になったが、実際には40分程度儀式にいた。私以外に観光客らしき人はいなかったが、遠慮がちにロウソクや絵葉書を買おうとしている私の姿を見た、体の大きい立派な髭を蓄えた信者の男性が、厚い表情でスペースを空けてくれて、「Welcome」といったような言葉をかけてくれたりした。観光客を目にしただけで迷惑そうな表情をする人はいなかったように思う。いろいろな、ささやかなことがうれしかった。


聖堂を出たあとに

体の疲労のことなど忘れて聖堂を出、地下鉄M2のテルヌ駅に向かった。その途中にあった花屋を見て、改めて聖堂に行ってよかったと思ったのを覚えている。冒頭と同じことをくりかえすが、旅行計画では二の次、間に合わねば諦めのつく場所、しかしそういった所が旅で最も思い出深くなる体験をしたり、印象に残る光景を目にすることができる貴重な場所になることがあるものだ。あの時、あの場所に足を運んで本当によかったと思う。

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「ロシア正教会」で歌われる曲は動画サイトでも見ることができるが、幸いにもパリのロシア正教会の祈祷を録画した動画もあったりするのである。こちらはパリのロシア正教会そのものである。また私が現地で聞いた祈祷の歌に最も近いのではないか、と思えたものがこちら。よかったらご視聴ください。

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