ツアーで西国三十三観音第28番成相寺を打った後は、天橋立でランチして暫しの間、個人観光の時間も少しあるようです。
バスは日本三文殊の「智恩寺」の駐車場に停まりました。
ランチ先の「大丸」のスタッフさんがお迎えに来て、簡単に「智恩寺」の境内の説明をしながら、ランチ会場に到着。
「智恩寺」さんの門前には、お土産屋さん、日帰り温泉できる宿、食事処などがあり、観光客で賑わっていました。
「大丸」さんの2Fが団体様食事会場。
たくさんのツアーの方々の食事がすでに並べられていました。
そのため陶板焼き以外の食事は、ささっと頂ける温度になっていました。
食事はこれに陶板焼きがつきます。
豪華ですね、という方も居られましたが、周りのお膳は天婦羅やお刺身の盛り合せもついて、もっと豪華な感じでした。
男性の方は食べるのが早くて、すぐに観光へ。
私は、自分でももどかしいくらい、いつも食べるのに時間がかかるんですよね。
20歳以上年上の女性の方も完食して席を立ってしまわれたのですが、私はまだモグモグしてます。
私がツアー席で最後の人になってしましました。
もうこれ以上食べなくていいわぁ~!と立ち上がった時でも、結構食べ残しています。
歯はきちんと揃って顎も機能しているのに、どうして~~っって思います。
この状況は「問題なし」にして、私もいざ観光へ♪
天橋立観光船のりば。
天橋立桟橋⇔一の宮桟橋から、リフトかケーブルカーに乗り継ぎ、笠松公園へ。
そこから登山バスで、成相寺にお参りするコースがあるのですね。
知恵の輪燈籠。
観光船のりばのそばにある知恵の輪灯篭は、三回くぐると頭が良くなると言われており、チャレンジしました。
昔は船の安全のための航海灯として使われていたそうです。
廻旋橋の下の水路は文珠水道(天橋立運河)と呼ばれ、阿蘇海と宮津湾を結んでいます。
水がとても綺麗でした。
松林の中に天橋立を見守っているお地蔵さまがおられました。
いつもお勤め、ありがとうございます。
天橋立が観光地として認知され始めたのは8世紀初頭、西国三十三所の28番札所である成相寺が開山した頃といわれているそうです。
京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる全長3.6キロメートルの湾口砂州で、宮津湾の西側沿岸流により砂礫が海流によって運ばれ、天橋立西側の野田川の流れから成る阿蘇海の海流にぶつかることにより、海中にほぼ真っ直ぐに砂礫が堆積したことにより形成されたとされています。
現在、天橋立には5,000本~8,000本の松が生えているといわれています。
景観も素晴らしいですが、ここにいると気持ちがとても良いですね。
晴れていたらもっと美しかったことでしょう。
住所は京都府。
京都という都市は、まことに深奥ですよね。