プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

早川実

2017-02-24 23:14:11 | 日記
1976年

私は早くからドラゴンズ優勝説を唱えてきたが、十、十一日と二日つづきの大逆転ドラマを見て、その意をさらに強くした。ことし優勝したら、三年といわず五年以上、ドラゴンズの天下が続くと予言してもよい。十一日の試合直後、ホエールズの近藤昭仁コーチは、ドラゴンズの塚田直和ランニングコーチと球場の廊下でばったり顔を合わせると、思わず「まるでもう悪夢ですよ」ともらしたという。敵に弱音を吐くとはー。鯨たちの集団憂うつ症が目に見えるようではないか。「悪夢ですよ」の一言に、私はホエールズのドラゴンズ恐怖症の芽生えを見る。カモを多くつくることが優勝の第一条件なのだが、近藤昭仁コーチの一事はカモの嘆きとみていいのではないか。

この逆転の福夢に狂喜乱舞する竜たちの中で、最高のラッキーボーイはルーキーの早川実だ。十日、わずか19球で初勝利をつかんだとき、彼は「この喜びをさっそく坊主に知らせます」と言った。彼は昨年暮れ、くしくも入団発表直後に生まれた功君がいる。まだ口もきけない赤ちゃんだが、早川はそれほどうれしかったのだろう。彼の喜色満面の顔を見て、私は小川健太郎たちを思い出した。彼も高岡英司も、そして三年前、谷木恭平がドラゴンズのユニホームを着たときは子連れ新人であった。また名古屋は、中利夫、高木守道、江藤省三など三十を過ぎて選手がよく育つ土壌だ。早川にもその土は合うはずである。ド心臓の持ち主だし、ほがらかな男だ。ファームの若手投手の面倒をよく見ており、彼らからも「ムーミン」というニックネームをたてまつられていると聞いた。新人を育てることのうまい近藤貞雄ヘッドコーチ門下に入った幸せ者だが、私は彼にことしのドラゴンズの道を見た思いだ。彼がドラゴンズの幸運派の筆頭なら、ドラゴンズ快進撃の軸は星野仙一だと見る。

早川投手の話 みんなからツキ男だと言われますが、結果的に見て勝ち星が転がり込んで来ただけ。プロ入り初登板の初勝利なんてラッキー以外の何ものでもないですよ。これまでも野球では、ここという場面でツイているな、と思ったことは何度かある。野球以外では別にない。せいぜい十年近く前。自動車の運転免許を取り立てのころ、ミゾに突っ込んだり、横っ腹に衝突されても、ケガ一つしなかったことはありますがー。ピッチングは、ストレートの伸びがもう一つない。でも1イニングぐらいの救援は変化球で勝負した方が無難だと思った。これからも首脳陣の要求に応じ、ワンポイント救援でも全力を尽くしたい。もし、打者ひと回り投げられたらというのが、いまのボクの夢です。
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