Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

英国の春の花

2022-04-26 23:51:37 | ロンドン周辺

 

春爛漫、どこへ行っても目に付くのは色とりどりの花。

さすがはイングリッシュガーデンと言われるわけ。まずは木の花から。

 

我が家のストリートの歩道で大きな木になって咲く花。葉は桜の葉とよく似ていてリーダースダイジェストの樹木の本にはよく似た花と木が2本ある。 1本はポルトガルロウレル(ポルトガルの月桂樹)もう一本はバードチェリー(鳥のサクランボ)と言うもの。

今日、葉を一枚とってきたら茎が赤っぽいから、ポルトガルローレルだと思う。この木は非常に大きくなるから公園などで植えられている。

 

 

道路わきに植えられている巨大な桜の木、ちょうど八重桜と同じころに咲き、小さめのサクランボがなる。

 

英国で一番人気がある木で、また一番有毒のラバーナム(Laburnum)花も花が終わった後にできる豆のさやのような種も有毒。黄色の藤の花の様でかわいい。

 

 

イギリスではホースチェスナッツ、フランスではマロニエ、日本ではとちの木と呼ばれる。

この木も巨大になり、庭には植えたくない木の代表。赤、白、ピンクの花が咲き、まるで大きな木にろうそくが立っているみたい。

 

 

通りのお庭に咲いていたエニシダ。変わった色だから目に付いた。ポルトガルのワイルドでは真っ白の花が巨大な木になって咲く。

 

 

常緑樹の低木に咲く細かな花まるでレース編みの様。

 

日本では田植え時に咲くため、能登では田植え花と呼ばれていた。挿し木でもすぐ植えつく強い苗。

 

クレマティス・モンタナ

 

クラブアップルの花、リンゴの1種だけれどゴルフボールくらいの酸っぱいリンゴでたべられない。

 

 

 

 

 

翁草、野生の花は絶滅と伝えられて久しい。この花は通りの前庭に植えられていて年々大きくたくさんの花を咲かせる。

このかわいい花は道端で見つけた野生の花で、リーダースダイジェストの野生の花の本によれば、マーシュ・チンクエフォイル(Marsh Cinquefoil)と呼ばれる。この名前はフランス語で5枚の葉と言う意味だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ブーツセールと庭の牡丹

2022-04-25 20:44:58 | ロンドン周辺

昨日の日曜日、今年初めてのブーツセールがいつもの農場で開かれた。

先週日本から帰って来たばかりの友達と二人8時半に会う約束をした。幸い天気が良く、今年初めてと有って出店者も多く広大な農場いっぱいのお店とすごい人出。

 

 

 

 

 

 

自分のいらないもの全部を持ってきて売りに出している人達や、お店を持たないで、大型バンなどに商品を詰めてブーツセールを渡り歩く商人まで様々。

私がここでいつも気になるのが鉢植えのお花や、野菜の苗など。それでも今回は植木鉢など4つも買ってしまった。友達など、庭用に長靴やズックなどを安く買った。汚れていい物なら高いお金を出して新品を買うより、ここで安物を漁ったほうがずーと良い。

最後のストールまで見ようとほとんど駆け足で一回りして、もう11時には引き上げることにした。

 

 

前庭の牡丹がつぼみができたと思ったらこの晴天で急に全部いっぺんに花開いた。今年はつぼみの数が少なくトータルで23個だけ、木が大きいと花も巨大になる。もう一本横手にあるのが今年は3個つぼみがついた。株も小さいので花も小さい。昨年花の時期強風で枝が何本も折れたため、つぼみも昨年の半分だけになった。

 

数年前に友だちからもらった白い孔雀サボテンも今年が最高につぼみをつけた。

 

 

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春の花ーライラック

2022-04-25 19:30:19 | ロンドン周辺

旅行から帰ってもう2週間以上が経ってしまった。その間一度も雨も降らず、大きな鉢植えのアジサイなどが葉が乾いてしなびてきた。

前庭の3本のライラックは今が盛りと咲いている。

 

 

この八重のライラックはこの家に引っ越した30年前にも大きな木で、初めに剪定してなかったから、縦横勝手気ままに枝が伸び放題。この春の一時期に見上げるだけで、友達など、 えー、あなたの庭にライラックの木があったっけ? と言う始末。

 

このオフホワイトのライラックもこの家の前の住人が植えたもので、大きな木になっている。

オフホワイトの花は極めて珍しく、いまだあちこち散歩がてら花を見て歩いても見かけたことがない。

 

 

白いライラックはいたるところで見かけることがある。

 

 

この濃い紫色のが欲しくて、昔大学生だったころの娘が下宿していた先の庭にこの濃い色のライラックが咲いていた。新芽を3本とってきて水に浸けているうちに根が出てきて3本とも立派に成長。ところが花が咲いてもあの色は出ず、

 

土のせいなのか、本当にガッカリした。この色全く一般的なライラック。

 

 

せめてこんな色なら嬉しいのに。

 

 

 

 

 

 

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4回目のワクチン接種と春の花

2022-04-25 09:55:04 | ロンドン周辺

ポルトガルへ出発する1日前、ロンドン市内に住む80歳の友達が、近くの薬局で4回目のワクチン接種を受けたと言った。そしてポルトガルへ行っている2週間の間に、NHSから3回もワクチン接種の案内メッセージが入った。

ローマから帰った翌日午後,以前行った薬局へ予約なしで行った。友達も予約なしだったというから大丈夫だと思った通り10分ほど待って、インド人の薬剤師が打ってくれた。これまで3回ともファイザーだったが、今回はモデルナを半量すると言う。そしてまた6っか月後にまた半量するとのこと。

この朝約3週間ぶりに筋トレを再開したため腕も肩も腰も筋肉痛がひどい。だから腕に注射された後も筋肉痛か、注射痛か判らない間に治ってしまった。

つい最近近所で親しくしているイギリス人夫妻の91歳になるご主人がコロナにかかって1週間寝込んだという。彼は1月に3回目のワクチンを受けたので6月まで4回目を待たねばならない。奥さんの方は4回目を終わっていたから一緒に生活していても感染しなかった。

ポルトガルもローマもマスクは厳しく、スーパーへ入るのにマスクを忘れてしていなかったら、セキュリティガードがすっ飛んできて、 マスク!!! と叫んだ。

幸いポケットに入れていたから入っていけたけど、マスクなしでは屋内はどこも入れない。ローマのホテルも部屋へ入るまではマスクをしなければならなかった。

イギリスはマスクを撤廃、それでも電車、バスなどマスクしている人たちが半分くらいいる。一時は感染者、死者も減っていたけれど、今でも死者は毎日200-600人くらい出ている。ワクチンを受けなかった人たちがの死者が多いと聞けばやっぱりワクチンを受けたほうが良いと思う。

ローマから帰ってみれば、裏庭の梨の花が満開になっていた。2年前に木の上半分を伐採してもらい昨年は新芽がたくさん出たけど花はほとんど咲かなかった。この分だと今年は実がなるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ストリートや公園にはいろいろな桜が満開。以前我が家にも巨大な八重桜の木があって、花の咲く時期はもっと遅かった。最近は10日ほど早くなっている。わが家の八重桜は今から20年ほど前花が咲かなくなり、切ってしまった。

 

 

この白い花は近くのストリートにあるオーナメント・ペア(飾り梨)でこんな花の数だけ小さなピンポン玉くらいの渋い梨がなる。食べられないから歩道に全部落ちてその汚いこと。

 

 

ローマから帰ってきてから、フランスへ帰る前のN子に来てもらい彼女は2泊していった。その日中二人で公園へ散歩に行った。小さな池に鴨が2羽、その鴨を狙って犬が必死に泳いでいる。鴨は犬が近づいてくるとパッと飛び立ち後ろに行き悠々浮かんでいる。

 

 

 

犬は必死で犬かき、飼い主がどんなに呼んでもちらっと見るだけ、30分以上も池を行ったりきたり、鴨も結構犬と遊んでいたのかもしれない。とうとう最後に2羽の鴨は飛び立ったと思うと、犬も池から上がるなり猛スピードで鴨の後を追いかけて行った。飛んでいる鴨にかなうはずはなくあきらめて帰ってきた犬に 早く首環を!!! と私たち叫んで危機一髪、首環をしたと同時位に2羽の鴨が着水した。あー良かったね。また飛びこんだらいつ帰ってくるか判らないよ。よ飼い主と喜び合った。

 

見ていた私たちのほうが疲れるくらい何往復も泳いでいた犬は息切れもしていなかった。しかし面白いものを見せてもらった。

 

 

 

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3月の花

2022-03-15 07:33:33 | ロンドン周辺

今年は例年より暖かい日が続いているように思う。

我が家の前庭に面した歩道に満開の桜の花が、道路一面に花首から落ちていた。不思議に思って見つけたのがまたグリーンのインコ。2羽も来て花をつついている。

桜の花にも蜜があるのだろうか?時たま蜂がたかっていることがあるからそうなのだろう。

真っ青に晴れた日に近くを散歩するといろいろな花に出会う。

木蓮の花も真っ盛り。

この椿の花は近場の前庭に咲いているがここ以外で見たことがない。

この大倫の白椿はオペラの ラ・トラヴィエータを思い起こさせるが、

花が終わっても落ちないからこんな大木も醜いこと。

ピンクの花は優しさを感じさせる。

 

紅白のボケの花。白いのは珍しい。

レンギョウも真っ盛り。

繁殖力旺盛なプリムローズ。私の裏庭にもどんどん増えてきている。

私の住む通りの角の庭に大きく育っている針葉樹、以前の持ち主が切りたがっていたが、ここのコーナーは毎年狂った運転手が突っ込んできて、柵や庭木をメチャメチャにしてしまう。この大木がなかったら、次にやられるのは彼らのリビングルームだろう。

2月に3回もやってきた嵐でこの木の枝が落ち、専門の庭師に来てもらって、木のてっぺんを切ってもらった。これでもう高くならないのだろう。

我が家の前庭にももう10年ほど前まで巨大なレッド・ウッド(アメリカ・ヨセミテ公園の有名大木)があった。根がはびこってきて水道管やガス管を壊すかもしれないというので、この人に来てもらって根元から切ってもらった。この人たち、さすがプロで彼ら自身のみならず、通りかかる人達の安全も完璧。私を覚えていてくれた。

 

 

 

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ミュージカル・シンデレラ

2022-03-11 03:54:09 | ロンドン周辺

昨日ロンドン市内の劇場街のストリートでも一番有名なドルリーレーンで、ミュージカル・シンデレラを見に行ってきた。オペラファンの私は余りミュージカルに興味はなかったのだが、久しぶりの劇場に午後2時半からの公演と有って、期待しないで行った。

シンデレラと言えば女の子から女性ならみんな知っているストーリー、意地悪な継母と彼女の連れ子の意地悪な娘たちに小間使いのごとく扱われ、最後は王子様と結婚するというハッピーエンド。

ところがこの新しいラヴ・コメディのミュージカル、アンドリュ・ロイズ・ウエバーの最新音楽に合わせて動きの早い楽しいミュージカル、素敵な午後を過ごした。

舞台装置もきれいで素早く変化し、私が座った舞台から10番目あたりまでの座席が、お城でのダンスパーティの場面では舞台と共に回転して、円形舞台が劇場の真ん中に来るという最新装置に驚いた。

客席がすっかり空なのは、私がほとんど最初に入ったからで、始まるころには満席に近かった。

もちろん演技中には撮影できないが、最後の挨拶場面ではスマホでしっかり写した。

何しろ衣装が素晴らしい。音楽はもちろんのこと、歌手たちが皆そろっていて、一人一人素晴らしい声量、特に黒人4人を含む男性軍の演技や踊り、コーラスもすごかった。

苛め抜かれたはずのシンデレラも言いたいことははっきり言い、気の強い現代版の主人公。

一番冴えないマザコンの気の弱いプリンスチャーミングとは調度良い反対性格。

エンディングが普通のおとぎ話と違うから、これだけは種明かしをしないでおこう。

とにかく笑いが絶えない楽しいミュージカルだった。

昔1990年代、日本から友達が数日の旅行でやってきて、ミュージカル・キャッツの宣伝を見つけた。その時彼女が、あら、イギリスでもキャッツを上演するのね。ぉぉぉぉぉ・・・これには驚いた。

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ポーランドへの支援物資のボランティア

2022-03-05 19:23:36 | ロンドン周辺

昨日金曜日3月4日、この地区の隣人コミュニティの長である隣の Mr J から、支援物資の箱詰めのヘルパーを募集しているメールが入った。

別に何も予定のない私、6時半に彼の車で連れて行ってくれる話が決まって、ぴったり6時半、迎えに来てくれた。

行ったところはルーシャムのポーリシュ・コミュニティ・センターでたくさんの人とものすごい量の物資に圧倒された。

センターの中の大広間に山積みにされた箱は大型トラックが2台来て,人海作戦、次々トラックに積み込まれて出発していった。

このセンターの前に広げたテントの中に積み上げられた人々からの善意の贈り物を、個別に箱詰めにして内容を箱の外に書き、税関への申請書を貼って、1箱上がり。

どれだけの数か判らないほどの赤ちゃんの紙おむつ、それにウエットティシュ、粉ミルク、歯磨きブラシと歯磨き粉、薬やプラスター、生理用品、シャンプーや石鹸、缶詰類の食料、スリーピングバッグ、何より思いもつかず驚いたのが、犬の食料。大きな20㎏入りの袋が3つそれに缶詰類ーこれが重くて持ち上げられない。

途中でポーランド人の主催者がヘルパー全員を中に呼んで、挨拶をしてくれた。

この日朝から箱詰めして、雨を避けるため前庭に張ったテントに入れていた物資は、近くの労働党支部の建物に移動させることになった。

隣りの MrJ の車からほか2台の乗用車がピストン運転で、全部運び、私たちが箱詰めにしたすべての物資も次第に運び出され、その労働党支部へ連れて行ってもらった。

このものすごい箱の山、これらは日曜日にトラックでポーランドへ運び込まれるという。

これらはこの1週間でもう30台以上のトラックがポーランドへ向かっていた。それもこのロンドンの南西地区だけで集まった救援物資。イギリス人の博愛人道精神にすごく感激した夜だった。

テレビでもあらゆる地方で救援物資を募っているのが映った。この日のルーシャム支部での報道はスカイニュースで映し出された。

 

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ポーランドへの支援物資

2022-03-04 01:05:56 | ロンドン周辺

日曜日の夕方、我が家のある短いストリートとこの通りにT字型に交わる急坂の通りで作られているコミュニティの連絡網(インターネット)にポーランドへ避難しているユクレインの人たちを助けるべく、寝具やスリーピングバッグ、枕、オーバーコートなどそれに薬やプラスタ、生理用品などを寄付してくださいとのメールが入った。

もう50年近く家族も一時は6人にもなっていた我が家が、今では私一人、4ベッドルームにダブルベッド1つ、お客用にシングルベッド2つだけ。大きな押し入れ2か所にぎっしり詰まっている寝具をどうするかと思っていたので、これ幸い。

月曜日の朝起きるなり朝食も食べないで、押し入れの整理にかかった。

 

 

 

バックシートを倒してスリーピングバッグ4枚、これは昔から家族でキャンプに行っていた時のもの。

毛布6-7枚、枕8個 日本の布団に掛け布団など、そしてポールの着ていた冬用コート2枚と私のコート1枚を載せた。

これで車の後ろは満杯、わが家の近くから坂道を上った100-200メータくらいがメールの発信地。

若い女性メラニーがすべてを集めてルーシャムにあるポーランドの支援場所に持ってゆくという。

それで水曜日までにただ2つのストリートの人たちが持って行ったものすごい量の荷物で、とうとうポーリシュ支援部から大きなバンで取りに来たそうだ。

彼女のメールでの感謝状によれば、この数日で30台の大きなバンがポーランドへ向かっているそうだ。彼女が集めたすべてのものは水曜日の夜に英国を出るという。

早く行ってあげて少しでも苦しんでいるユクレインの人たちの助けになれば。

それに私の押し入れもどんなに片付いたことか。このコミュニティを教えてくれた隣のご主人に 死ぬ前にきれいに片づけておきたいから  と言ったら君より僕のほうが先に逝くよ。 と言われ、 私より先に死んではいけない、私にはあなたが必要なんだから   といって大笑い。彼はまだ50歳です。

 

今日3月3日はお雛様、桃の花を飾る日。 ここロンドンでは桃ノ木は見たことがないが、桃の花によく似たアーモンドの花が満開。

 

街路樹のこの花は花弁が零れ落ちてきている。

 

 

髭爺さんのお散歩日記で知ったウインタークレマティス。近くのは1月から咲いて街路樹にまで上っているが、写真の花は、今頃満開。

最後にこの花はわが家の近くの街路樹のプラムの花。毎年すごい数のおいしいプラムがなるが誰も食べないうちに落ちて道路を汚してしまう。

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ロンドンブリッジ から カナリーウォーフ へ

2022-03-02 21:50:10 | ロンドン周辺

このウィークエンドはまれに見る晴天で、昨日の土曜日よりももっと素晴らしい雲一つない青空だった。

30分に一本しかないウイークエンドの電車でロンドンブリッジの駅へ向かった。

 

駅へ行くまでの道路わき、ウインターチェリーが満開。

この日はロンドンブリッジ駅で友達と落ちあい、タワーブリッジを通って、ドックランドへ向かう計画を立てた。

ロンドンブリッジ駅はこの10年間で全く見違えるほど近代化して、日曜のお昼近く電車が来るたびに降りてくるお客以外はガラーンとしていた。友達の電車も直通の電車がなくて、1時間も待ってやっとお昼近くに会えた。

ロンドンブリッジ駅のグラウンドフロアーからテームス河淵に出るとすごい景観。

この地域も過去2-30年で完全に近代化して、私と同年代の友達がこんなに変わってしまったことを知らなかった。この前に斜めにかしいでいるような建物は、すでに3-40年前に作られて昨年までロンドン市庁舎だったが、借り賃が高いためどこかに引っ越ししたそうで今は空き家になっている。

タワーブリッジとロンドンブリッジの間に停泊しているのがHMSベルファストと呼ばれる巡洋艦で1933年に英国海軍によってつくられた。1963年に業務を終え1971年以来、海軍歴史博物館としてオープンしている。後方の高層建築物はシティ(City)のオフィス街。

世界一有名な橋と言えばタワーブリッジ、長さ244メーター、2つの塔の高さ65メーターのこの橋は1886年から1894年に完成した。ときおり背の高い帆船が入口する時跳ね橋が上がる。

昔ロンドンブリッジを売るというニュースで、アメリカ人がこの橋と思って飛びついた。買ったのが古いロンドンブリッジだった。今でもアメリカのどこかの砂漠に置かれているという。現在のロンドンブリッジは鉄筋のしっかりした、何の変哲もない橋である。

橋を渡って右に折れたところから初めに見るのがセント・キャサリン・ドック(St. Katherine's Dock)でこのあたりは早くに開発されて、周囲の住宅地は非常に高価だそうだ。このディッキンス インは18世紀からのパブ・レストランで有名。

 

途中の住宅の前庭にきれいな桜が咲いていた。昨年3月3日の私のブログに載せた桜は寒緋桜だった。これはいったい何と言う名前なのだろう。

こんな素敵なフラットなら住んでみたいと思う。同じデザインの建物が3軒ならんでいた。

このあたり、1970年くらいまではドックに運ばれてきた荷物を保管する倉庫で、ドックが廃れてくると同時に、使用しなくなった倉庫を改造したフラットになっている。この建物もクレーン・ワーフと呼ばれるからにはクレーンで荷物の出し入れをしていたに違いない。

 

もう100年以上は経っているであろうパブ。こんなのがテームズ河沿いに点在している。

この巨大なフラットも昔の倉庫を改良したものと思われる。赤のバルコニーがこの建物をモダーンに変えた。

 

 

川渕の昔の倉庫は今では高級フラットに変わっている。

 

1990年代三角屋根のカナリーウォーフがロンドンでは一番高いビルディングだった。

振り返ってみればシティも高層ビルが目白押し、あちこちクレーンが見えるからには建築ラッシュは続いている。

カナリーウォフの前のスクエアーの噴水のある庭には

この2体の銅像。有名な芸術家ヘンリーモアの作品。

カナリーウォーフの中にはロンドンの有名店がズラーっと並んで地下と1階を占める。天気が悪かろうが雪が降ろうともこのショッピング街は関係ない。周囲の高級フラットに住むヤッピーたちのショッピング地になっている。この中にDLR の駅も入っていてバンクへも行けるし、私が帰るルーシャムへも20分でいける。

 

昔のドックを利用して、水辺にモダンなビルがたちならんでいる。

 

 

 

このビルの壁面はメタルの凹凸と光の印影を利用して素晴らしい模様を作り出している。友達と二人感心して眺めていた。

 

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ドックランド・リバーサイド・ウォーク (Dockland riverside Walk)

2022-03-01 19:55:07 | ロンドン周辺

グリニッチの一番の観光名所と言えば天文台とこの帆船カティサーク、この船は1869年中国から英国へお茶を運ぶ目的で作られた当時では俊足の帆船だった。1880年代の蒸気船の台頭により茶の輸送は終わり1895年までオーストラリアから羊毛の輸送船として活躍した。その後ポルトガルの会社に買われたが1922年英国が買い戻し英国南部ファルマス(Falmouse)で若い船員の練習船として活用された。1938年にグリニッチに転送され、当時若いエジンバラ公の元で近くの海軍士官学校の練習船として活躍、1954年から現在地のドライロックに収まっている。

このカティサークのすぐ近くテームス河の下を通るトンネルがある。

このトンネルは歩行者オンリーで1902年にオープンした370メータの歩道。自転車の人たちもこの階段を担いで上り下りするが、トンネル内は乗車禁止。両サイドにはエレベーターもあるが、この日は動いていなかった。

この写真はIsle of Dock(ドックランド)から見た旧海軍士官学校。

ドックランドは船が停泊するドックからつけられた名前で、犬のドックではない。

ドックランドが活躍華やかな時代は19世紀から20世紀初頭のビクトリア時代でこの大きな煙突はここで鉄工業を行い、近くの

 

ドックで当時最大の鉄性の巨大輸送船を建造中だった。この時活躍したのが、英国の産業革命に一番貢献したイサムバード・キングダム・ブルネル(Isambard Kingdom Brunel)(1806-1859)

(ロンドンオリンピックの開会式にジェントルマンの格好をしたたくさんの男性これがブルネル)

せっかく作った巨大輸送船は役立たずで、ブルネルにも失敗作があったのだとこの時知った。

 

ドックランドは巨大輸送船がここのドックに停泊することがまれになったため、貧民街だった。

1980年末から1990年代サッチャーさんがここを開発する計画を立て、ロンドンで初めての高層建築が実現した。

こんな素晴らしいフラットだが決してマンションなんとかとは命名しない。

30年前私が働いて居た日系企業がこのドックランドの中心地カナリーウォーフにオフィスを借り私も1年ほどここへ通っていた。その頃はこんな新しいビルは建ってなくて、三角屋根のカナリーウォーフと呼ばれるビルが一番高かった。

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最近の英国事情とグリニッチ公園

2022-03-01 07:15:18 | ロンドン周辺

先週木曜日2月24からコロナに関しては、規制全廃。感染発病しても、自己隔離など規制が取れて隔離しなくてもよい。マスクも撤廃。コロナはインフルエンザと同等に扱ってよいとのこと。

確かに最近の感染者は少なくなってきていて、日本の半数くらいが続いていた。それでも死者は200人前後、そのうちの90パーセントはワクチンを打っていない人たちで、各自の責任において感染予防や闘病などするべきで、政府は知らないよーとすべてを打ち切った。

この土曜、日曜日はこれが2月とは思えないほど素晴らしい良い天気で、明るい太陽がうれしくて、一人でグリニッチへ出かけた。

電車を乗り換えて、ドックランド・ライト・レールウエー(DLR)で20分ほど。電車でもDLRでも乗客の半数はマスクをしている。政府がもうしなくてもいいよと言ってもコロナウイルスは消えてなくなったわけでない。まだまだ感染したくない人たちは、マスクをするしか自己防衛の手段がない。

 

コロナの最盛期には静まり返っていたグリニッチ・マーケットが今ではすごい人の群れ。

 

 

 

手作りの小物やイヤリング、ネックレスなどから今はやりの肉厚植物の鉢などあらゆるものが小さなストールで売られている。

 

 

食べ物のストールも出ているが皆手作りなのだろう。とっても高い。それでも観光客は記念に買ったり、食べたりしている。

 

カーネーションの前に済ましている狐君、なんとなく悲しそうに見えるのは私だけだろうか?

小さなストールが50軒くらいは出ていたが、写真だけ映して何も買わず、グリニッチ公園へ行った。

 

 

天気が良い日のグリニッチ公園は殊の外素晴らしい。手前の長い廊下を持つ建物は海洋博物館 とクイーンズハウス。その後ろに見えるのはテームス河を挟んでドックランドの真ん中に開発されたオフイス群とフラット群。

クイーンズハウスはギャラリーになっている。

 

丘の上の天文台。この建物の中に引かれた線が子午線で人はこの線をまたいで写真を撮る。

公園の坂道を登って、春の花咲く植物園へ行ったら、1週間前の嵐で公園内の木々が倒れて当分閉園だと言う。

ガッカリしてテームス河ぶちの旧海兵士官学校を歩き回った。

 

私が英国へ来た50年前にはまだこの巨大な白亜の建築群は、英国海軍の士官学校だったから真っ白の制服を着たエリートの若者たちを見かけることがあった。

いつの間にか学校はサウザンプトンに移転し、今ではグリニッチ大学になっているが、敷地内はどこでも歩ける。

 

 

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ロイヤルオペラハウス(Royal Opera House)

2022-01-26 06:25:11 | ロンドン周辺

日曜日の午後、数年ぶりでオペラハウスへオペラ鑑賞に行ってきた。

 

 

このコロナの2年間は、ほとんどオペラどころかシティへも出かけるのを躊躇していた。オペラハウス内も改装されて、入り口でチケットを見せる必要が無くなり、自分の指定席のある階の入り口で、E-ticketなるものをスマホで見せるだけ。

この日の出し物はヴェルディのナブコ(Nabucco)

実はこのオペラのオファーが舞い込んで、2階の立ち席19ポンド(3000円足らず)午後3時からと言うので決めた。

 

 

始まる25分前には自分の指定場所にいたが、まだ早かったからほとんど開いていた。開演5分前に同時にチケットを買った4人がそろって、私たちの立っている前の座席4席が開いていた。インターネット達者な一人が調べたところ誰もチケットを買っていなくて単に開いている。

始まると同時位にその座席に座ってしまった。ーーラッキーこの席多分80-100ポンドはする。

ナブコはもう30年近く前、日本人の2人の友達と連れ立って、イタリアのヴェローナーの古代ローマ円形劇場へ見に行ったことがあった。

この時の印象がとっても強く忘れられない。

今日のオペラハウスの上演は、舞台も最近のミニマライズと呼ばれるほとんど何もないうえに、出演者も現代調、それでも違和感があまりなかった。この舞台の単純化は過去10年ほどの流れで、私の感覚もいつしか慣れてしまっていたらしい。

 

 

 

何よりも驚いたのは出演者のただ一人も知った人が出ていない。それに世界中から選りすぐりの歌手で素晴らしい音楽、素晴らしい歌手たち、とくに圧倒されたのが主役の一人ザッカリアに扮したロシア人のバス(アレクサンダー・V)で、終って出てきてあいさつする時の拍手がひときわすごかった。

毎年ウエールズで開かれるオペラコンパティションでも優勝者はロシア、韓国、モンゴール、南アフリカ、ペルーなどで、日本人は今まで予選にもでてきていない。

今日のナブコになったバリトンはモンゴール人で名前も読めない。

このナブコの中で一番有名な ヘブライ奴隷のコーラス (Corus of Hebrew Slaves)は約100名近くの男女のコーラスで終わってもしばらくシーンとしていて拍手もしばらくたってまばらだった。

これには何となく舞台に立っている人たちが気の毒になった。

と言うのはヴェローナーの円形劇場ではこのコーラスが始まるといたるところからシー・シー・シーと言う声が聞こえ、終わりと同時に拍手が激しくて、アンコール、300人のコーラスグループが2回も歌った。

その時はどうしてか判らず、一緒に歌っている人たちをたしなめる シー なのかと思っていた。

このナブコが初演された1842年当時、イタリアはオーストリアの圧政下に有り、オペラの中ではヘブライ人たちがバビロニアに捕らわれ、イスラエルを渇望して歌っている。この歌はイタリアの民族運動を力づけ、イタリアの第2の国歌と言われている。だからコーラスの最中にあちこちから聞こえた シー は そうだ・そうだ。といっていたのだ。

3時間の大作、十分満足して帰ってきた。さすがはロイヤルオペラハウス。今まで何度も行って一度たりとも不作、不満足と言うことがなかった。観客席はぎっしり詰まっていたが、観客全員がマスクをしているからコロナ感染にもあまり心配しなかった。

 

 

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1月の我が家周辺

2022-01-09 21:58:28 | ロンドン周辺

1月に入ってから日本のコロナ感染者も急激に増えているけれど、英国の25分の1,英国の最近は20万人足らず、それでも多いのに1月三日のフランスがものすごい感染者、一日40万人、そりゃマクロン大統領も怒りたくなるでしょうな。感染者激増は政府のせいじゃないですものね。

英国でもロンドンのオミクロン感染者が一番多いと言われていては、とってもロンドン市内へ出かける勇気はない。

昨日1月8日までわが家の前の道路と歩道には巨大な穴が開いていた。昨日雨の中で大きな機械と2人のガス会社の人たちが来て穴埋め。

 

 

あともう少しかかる。これでガス会社の努力で3百数十軒の家庭にガスが行き渡ったのだろう。

 

 

 

駅へ行く通りの道路わき、今年の冬は暖冬で冬桜が満開、水仙にはつぼみが出、チューリップも芽を出している。

 

 

その桜の木の反対側の巨大な建物は、今まで会社を運営している様子が無くて、窓も玄関も柵も閉まったままだったが、昨年秋ごろから2階、3階の窓にカーテンが下がり、窓が開いていることも多くなった。それに玄関入り口に子供を乗せるプッシュチェアーが数台見られる。

この地域はルーシャムカウンシルのもので、多分昨年フランスからドーバー海峡を渡ってきた、難民収容所になっているのではないか?それにしてもいつ通っても、誰一人も玄関から出てきたのを見たことがない。

この建物の外にも一切のインフォメーションはないが、カウンシルとしても苦肉の策、ヒューマンライト(人権擁護)の人たちに知られたら、こんな建物に人間が住めるかと大騒ぎするに違いない。何しろ昨年の新聞に陸軍の兵士たちが住んでいた旧兵舎に難民を収容したところ、こんなところに人間がそれも家族連れが住めるかと話題になり、それならホテルにでも住まわせるのかと喧々諤々。

 

今日1月9日日曜日、一日中雨が降っていた昨日と打って変わって素晴らしい天気。9時過ぎからベッケンナム・プレース・パークへ散歩に行った。

 

12月クリスマス前後この公園でファンフェアーを興行していた人たちは、草原の跡を残したままでいなくなった。その時売っていたクリスマスツリーの売れ残りが、ごみになって捨てられていた。

切跡10-15センチのクリスマスツリー、2-3年は経っているだろう。切られ損、かわいそうに。

 

 

昨年初めて見つけた蝋梅の花がこの公園にあるのを知って、久しぶりに行って見た。今までイギリスにこの花が咲くことも知らなかった。もうほとんど満開に近く,見に来てよかった。

元ゴルフ場のこの広大な公園は年中グリーンの芝生と、鳥たちが鳴き騒ぐ広大な林、そして3年前に作られた人工湖から成る。天気の良い今日の日曜日、どこもかしこも犬を連れた人達で賑わっている。

 

人工湖では寒中水泳の人達でここも結構にぎわっていた。

 

 

1時間以上も公園内と外周を歩き回って、だれもいない子供たちの遊び場へたどり着いた。10-20年前では誰も考えつかなかった壁には素晴らしい壁画 ( 今ではこれをストリート・アートと呼ぶそうな)。これも過去の落書きからの進歩だろう。この場所はスケートボードや自転車のためのもの。

 

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やっとお正月になりました。

2022-01-05 22:05:28 | ロンドン周辺

昨年31日、年の暮れからガスが止まってしまい、セントラルヒーティングもお湯もクッキングもできなかった。昨日の段階では、前庭を掘り起こしてガス管に詰まった泥水をだす

今朝1月5日、娘と孫のジュードが学校へ行った7時過ぎ、私も家のカギだけ持って歩いてわが家へ。

と言うのはクリスマス前、ルーシャムにあるチャリティショップ・ブリティシュ・ハート・ファンデーション(BHF) へ入ったところ、まだ新しい中国製の電気がまを15ポンドで買った。

普通チャリティショップでは、電気製品や家具は引き取ってくれない。ところがこのBHFでは中古の家具や、電気製品を安く売っている、それも6っか月保証付きで。

我が家のもう使っていないダブルベッドのマットレスと中古のタンスを、引き取ってもらいたくて、電話番号をきいて、アレンジしたのが今日だった。

9時近くにBHF の運転手から確認の電話が入り、9時過ぎに3人の屈強な男性が来て、あっという間にマットレスとタンスを持って行ってくれた。クリスマス前から玄関入り口にそれらを置いてあったから不便この上なく、清々した。

今日はガス会社が前庭を掘り起こすのかと思っていたら、数人のエンジニアが来て、ガスメータの後ろの管から高圧の空気を入れて、歩道の穴の中のわが家のガス管から泥水を吹き飛ばした。

話に聞くとこの災難はわが家のストリートだけでなく、メインロードを挟んだベッケンナムへ行く1マイルの道路わきの家々、3百数十軒の所帯が全部ガス欠になったという。

かのエンジニアは昨日雨の降る中で寒いのに、夜中11時まで働いて居たというから、こちらが申し訳なくなった。

12時2分若いガスエンジニアがガスメータをつなぎ、ガスクッカーとセントラルヒーティングのガスボイラーを点火して、すべてOK. !!!

やっと5日半かかってガスが使えるようになった。彼らが帰った後すぐに玄関からリビングルームまで彼らが歩いたところを掃除機をかけて清掃、だってこちらには靴を脱いで家に入る習慣がないから、土足で入ってくる。それも皆ワークブーツを履いている。

私はこの国でもう50年も住んでいても、家の中で靴を履いて歩き回ることができない。それでポールにも子供たちにも屋内はスリッパをはくよう躾けたから、床は割ときれいで、カーッペットなどもう30年近く洗っても居ない。

午後パトリックに電話して、クリスマス前に切って袋詰めにしてある前庭の垣根や、リンゴの枝などをごみ捨て場へ持って行って欲しいと頼んだ。4袋を車に積んで、娘宅へ行き、彼が私の車を運転してごみ捨て場へ。

最近のニュースではトラックの運転手がコロナ感染で、運転手不足、あちこちクリスマスのごみ収集が満足に行き渡らないとのこと。このごみ捨て場もものすごいごみの山だった。ラッキーなのはこのブロムリーのカウンシルのごみ捨て場、予約なしでも何時でも行って住民証明書1枚で無料で捨ててこられる。

今日はすべてがきれいになり、ガスが入り心配事が消えた。心からやっとお正月を祝うことができる。

いろんな友達に電話して、改めて あけましておめでとう と伝えた。

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ガス欠 相変わらず。

2022-01-04 22:56:38 | ロンドン周辺

今日1月4日、お正月1日がウィークエンドだったため、昨日3日は振替休暇で、今日が今年初めての仕事始め。

12月31日からガス管に入った水を吸い出すためガス会社と水道局は、年越えの突貫工事、私は1月2日の午後、娘宅へ避難した。

せっかくのお正月、一人で寒い中で我慢しているよりもと、隣のお兄さんが車で送ってくれた。その時わが家のガスパイプから水を吸い上げるから、私がいないときのため、カギをあづけた。

2日の朝9時にガス会社の人たちが来て、ガスメーターの後ろから管を突っ込んで水を吸い上げたが、1時間たっても水が無くならない。私の住んでいる地域はこの辺りでは一番低地になるため、水は低地に流れる。吸っても吸っても流れ込んでくるため、ガス会社のエンジニアたちもこの家の前の道路を掘り起こして、水を吸い上げることにした。

1月3日の夜、隣のお兄さんからの電話では 今8時、ガスエンジニアがわが家のガスパイプから水を吸い上げているからもうすぐガスが使えるようになる。と連絡が入った。

ところが昨夜遅くパトリックへの電話では ガスパイプに泥水が詰まってガスはまだまだ。

今朝パトリックに車で連れ帰ってもらったら、わが家のガス管が一番の問題。前庭が20メートルもあるので、その中のガス管の泥をなくするには前庭を掘らなければならない。それが今日か明日かは判らない。  とのことでガッカリしてまた娘宅へ戻ってきた。

孫のジュードの学校も、娘が働く学校も、明日から始まるので、今日が最後のクリスマス休暇。この家に居ても何もすることがないと退屈で、やっぱり明日はわが家に戻りたい。

何という新年 !!!年初めからこれではこの先どうなる事やら。

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