ライトノベル・セレクト№5
『親の離婚から二カ月』
……わたしは、アルバイトを思い立った。
それから、しばらく『すみれ』の話と、始まったばかりだけど、密度の高い稽古の話をした。思わぬ長話になった、ココアの窓ぎわで正解。
栄恵ちゃんも、最初は恐縮ばっかりしていたけど。だんだんノってきてた。
「あたしもできるだけ早く復帰しますね」
「無理しなくっていいよ。そりゃ、戻ってきては欲しいけど、バイトもきついんでしょ?」
「最初はきつかったけど、慣れたら楽しいこともありますよ。それに稼いだお金、全部家に入れるわけやないし、月一ぐらいやったら、ちょっとしたゼイタクできますよ。お買い物したり、ライブに行ったり。だいいち、ケータイ代やら、パケット代気にせんですみますし。そのうちシフト変えてもろて、週三日はクラブ行けるようにします」
「時給いくら……?」
「七百五十円です」
一日四時間、週に四日働くとして、月に五万は稼げる!
数学は苦手だけども、こういう計算は早い。
わたしの頭の中で、ZOOMERが走り、コロンブスの玉子が立った……。
「だめ!」
パンプスを蹴飛ばすように脱ぎながら、お母さんは宣告した。
あおりを受けて、わたしのローファーがすっとんだ。
くだくだしく言っては、言いそびれるか、出鼻をくじかれるか。
風呂上がり、玄関の上がりがまちでお母さんを待ち受けていた。
そしてドアが開くやいなや「バイトやる!」と、正面から打ち込んだ。
「だって、みんなやってるよ!」
「いつから、DM人間になったのよ」
「DM?」
「DAって、MIんなやってるもん。の、DM。自主性のない甘ったれたダイレクトメールみたいな常套句」
サマージャケットを放り出す。
「だって……でもさ、わたしがバイトして、少しでも稼いだら、お母さんだって楽になるじゃん」
神戸のページを開いた旅行案内を投げ出した。
ブワーっと、エアコンが唸りだした。
おかあさんが「強風」にしたのだ。室外機の唸りが部屋の中まで聞こえる。
「どんな風に楽にしてくれるわけ?」
エアコンの吹き出し口の下で、タンクトップをパカパカさせて、胸に風を入れる。
「その分さ、お母さんパートの時間減らせるでしょ、そしたら、その分原稿だって書けるじゃない」
「余計なお世話」
「でも、お母さん、ス……」
「スランプだって、心配してくれるわけ」
「ス……隙間のない生活でしょ。家のことやって、パートに出て、本も書かなきゃなんないし……」
「わたしはこのリズムがいいの。はるか……なんか企んでる?」
「う、ううん」
「あ、ビール冷やすの忘れてた」
チッっと舌を鳴らして、缶ビールを冷凍庫に放り込むお母さん。
「だからさ……」
「なに企んでるか知らないけど、後にして。とりあえずもう一度、だめ!」
首を切るように、手をひらめかせて、お風呂に入った。
わたしは、もともと親にオネダリなんかしない子だった。やり方が分からない。そうだ由香に聞いてみよう!
「バイト……なんかワケあり?」
「うーん……そうなんだけどね」
「それやねんやったら、正直にわけ言うて、正面からいくしかないやろなあ。小細工の通じる人やないと思うよ、一回しか会うたことないけど。で、わけて何?」
「言えたら、言ってるよ」
「秘密の多い女やなあ」
「で、そっちはどうよ?」
矛先を変えた。
「言えたら……」
「なによ、そっちも」
「言うたげるわ、まだまだワンノブゼムや!」
「そうなんだ」
……今の、冷たく感じたかなあ。
「吉川先輩の心には、確実に坂東はるかが住んでる!」
「あの……」
「この鈍感オンナ!」
プツンと音がして、ケータイが切れた。「鈍感オンナ」はないだろう……。
「ビールまだ冷えてないじゃん……!」
バトルの再開。
「氷でも入れたら」
これがやぶ蛇だった。
「それって、高校生がバイトやるようなもんよ」
「え、なんで?」
「働くなんて、いつでもできる。ってか、嫌でも働かなきゃなんない。高校時代って、一回ぽっきりなんだよ。それをバイトに時間とられてさ、氷入れたビールみたいに水っぽくすることは許しません。部活とか恋とかあるでしょうが、高校時代でなきゃできないことが。ね、やることいっぱい。ビールは冷たく、青春は熱く!(ここでビールを飲み干した)生ぬるいのはいけません」
わたしの人生って、そんなに生ぬるくないんですけどね……ZOOMERは土手から転げ落ち、コロンブスの玉子はこけた。
『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第12章』より
『親の離婚から二カ月』
……わたしは、アルバイトを思い立った。
それから、しばらく『すみれ』の話と、始まったばかりだけど、密度の高い稽古の話をした。思わぬ長話になった、ココアの窓ぎわで正解。
栄恵ちゃんも、最初は恐縮ばっかりしていたけど。だんだんノってきてた。
「あたしもできるだけ早く復帰しますね」
「無理しなくっていいよ。そりゃ、戻ってきては欲しいけど、バイトもきついんでしょ?」
「最初はきつかったけど、慣れたら楽しいこともありますよ。それに稼いだお金、全部家に入れるわけやないし、月一ぐらいやったら、ちょっとしたゼイタクできますよ。お買い物したり、ライブに行ったり。だいいち、ケータイ代やら、パケット代気にせんですみますし。そのうちシフト変えてもろて、週三日はクラブ行けるようにします」
「時給いくら……?」
「七百五十円です」
一日四時間、週に四日働くとして、月に五万は稼げる!
数学は苦手だけども、こういう計算は早い。
わたしの頭の中で、ZOOMERが走り、コロンブスの玉子が立った……。
「だめ!」
パンプスを蹴飛ばすように脱ぎながら、お母さんは宣告した。
あおりを受けて、わたしのローファーがすっとんだ。
くだくだしく言っては、言いそびれるか、出鼻をくじかれるか。
風呂上がり、玄関の上がりがまちでお母さんを待ち受けていた。
そしてドアが開くやいなや「バイトやる!」と、正面から打ち込んだ。
「だって、みんなやってるよ!」
「いつから、DM人間になったのよ」
「DM?」
「DAって、MIんなやってるもん。の、DM。自主性のない甘ったれたダイレクトメールみたいな常套句」
サマージャケットを放り出す。
「だって……でもさ、わたしがバイトして、少しでも稼いだら、お母さんだって楽になるじゃん」
神戸のページを開いた旅行案内を投げ出した。
ブワーっと、エアコンが唸りだした。
おかあさんが「強風」にしたのだ。室外機の唸りが部屋の中まで聞こえる。
「どんな風に楽にしてくれるわけ?」
エアコンの吹き出し口の下で、タンクトップをパカパカさせて、胸に風を入れる。
「その分さ、お母さんパートの時間減らせるでしょ、そしたら、その分原稿だって書けるじゃない」
「余計なお世話」
「でも、お母さん、ス……」
「スランプだって、心配してくれるわけ」
「ス……隙間のない生活でしょ。家のことやって、パートに出て、本も書かなきゃなんないし……」
「わたしはこのリズムがいいの。はるか……なんか企んでる?」
「う、ううん」
「あ、ビール冷やすの忘れてた」
チッっと舌を鳴らして、缶ビールを冷凍庫に放り込むお母さん。
「だからさ……」
「なに企んでるか知らないけど、後にして。とりあえずもう一度、だめ!」
首を切るように、手をひらめかせて、お風呂に入った。
わたしは、もともと親にオネダリなんかしない子だった。やり方が分からない。そうだ由香に聞いてみよう!
「バイト……なんかワケあり?」
「うーん……そうなんだけどね」
「それやねんやったら、正直にわけ言うて、正面からいくしかないやろなあ。小細工の通じる人やないと思うよ、一回しか会うたことないけど。で、わけて何?」
「言えたら、言ってるよ」
「秘密の多い女やなあ」
「で、そっちはどうよ?」
矛先を変えた。
「言えたら……」
「なによ、そっちも」
「言うたげるわ、まだまだワンノブゼムや!」
「そうなんだ」
……今の、冷たく感じたかなあ。
「吉川先輩の心には、確実に坂東はるかが住んでる!」
「あの……」
「この鈍感オンナ!」
プツンと音がして、ケータイが切れた。「鈍感オンナ」はないだろう……。
「ビールまだ冷えてないじゃん……!」
バトルの再開。
「氷でも入れたら」
これがやぶ蛇だった。
「それって、高校生がバイトやるようなもんよ」
「え、なんで?」
「働くなんて、いつでもできる。ってか、嫌でも働かなきゃなんない。高校時代って、一回ぽっきりなんだよ。それをバイトに時間とられてさ、氷入れたビールみたいに水っぽくすることは許しません。部活とか恋とかあるでしょうが、高校時代でなきゃできないことが。ね、やることいっぱい。ビールは冷たく、青春は熱く!(ここでビールを飲み干した)生ぬるいのはいけません」
わたしの人生って、そんなに生ぬるくないんですけどね……ZOOMERは土手から転げ落ち、コロンブスの玉子はこけた。
『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第12章』より