大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・セレクト№5『親の離婚から二カ月』

2012-09-26 16:20:57 | 小説
ライトノベル・セレクト№5
『親の離婚から二カ月』
   


……わたしは、アルバイトを思い立った。

 それから、しばらく『すみれ』の話と、始まったばかりだけど、密度の高い稽古の話をした。思わぬ長話になった、ココアの窓ぎわで正解。

 栄恵ちゃんも、最初は恐縮ばっかりしていたけど。だんだんノってきてた。
「あたしもできるだけ早く復帰しますね」
「無理しなくっていいよ。そりゃ、戻ってきては欲しいけど、バイトもきついんでしょ?」
「最初はきつかったけど、慣れたら楽しいこともありますよ。それに稼いだお金、全部家に入れるわけやないし、月一ぐらいやったら、ちょっとしたゼイタクできますよ。お買い物したり、ライブに行ったり。だいいち、ケータイ代やら、パケット代気にせんですみますし。そのうちシフト変えてもろて、週三日はクラブ行けるようにします」
「時給いくら……?」
「七百五十円です」
 一日四時間、週に四日働くとして、月に五万は稼げる!
 数学は苦手だけども、こういう計算は早い。

 わたしの頭の中で、ZOOMERが走り、コロンブスの玉子が立った……。


「だめ!」
 パンプスを蹴飛ばすように脱ぎながら、お母さんは宣告した。
 あおりを受けて、わたしのローファーがすっとんだ。

 くだくだしく言っては、言いそびれるか、出鼻をくじかれるか。
 風呂上がり、玄関の上がりがまちでお母さんを待ち受けていた。
 そしてドアが開くやいなや「バイトやる!」と、正面から打ち込んだ。
「だって、みんなやってるよ!」
「いつから、DM人間になったのよ」
「DM?」
「DAって、MIんなやってるもん。の、DM。自主性のない甘ったれたダイレクトメールみたいな常套句」
サマージャケットを放り出す。
「だって……でもさ、わたしがバイトして、少しでも稼いだら、お母さんだって楽になるじゃん」
 神戸のページを開いた旅行案内を投げ出した。
 ブワーっと、エアコンが唸りだした。
 おかあさんが「強風」にしたのだ。室外機の唸りが部屋の中まで聞こえる。
「どんな風に楽にしてくれるわけ?」
 エアコンの吹き出し口の下で、タンクトップをパカパカさせて、胸に風を入れる。
「その分さ、お母さんパートの時間減らせるでしょ、そしたら、その分原稿だって書けるじゃない」
「余計なお世話」
「でも、お母さん、ス……」
「スランプだって、心配してくれるわけ」
「ス……隙間のない生活でしょ。家のことやって、パートに出て、本も書かなきゃなんないし……」
「わたしはこのリズムがいいの。はるか……なんか企んでる?」
「う、ううん」
「あ、ビール冷やすの忘れてた」

 チッっと舌を鳴らして、缶ビールを冷凍庫に放り込むお母さん。

「だからさ……」
「なに企んでるか知らないけど、後にして。とりあえずもう一度、だめ!」
 首を切るように、手をひらめかせて、お風呂に入った。
 わたしは、もともと親にオネダリなんかしない子だった。やり方が分からない。そうだ由香に聞いてみよう!

「バイト……なんかワケあり?」
「うーん……そうなんだけどね」
「それやねんやったら、正直にわけ言うて、正面からいくしかないやろなあ。小細工の通じる人やないと思うよ、一回しか会うたことないけど。で、わけて何?」
「言えたら、言ってるよ」
「秘密の多い女やなあ」
「で、そっちはどうよ?」
 矛先を変えた。
「言えたら……」
「なによ、そっちも」
「言うたげるわ、まだまだワンノブゼムや!」
「そうなんだ」

……今の、冷たく感じたかなあ。

「吉川先輩の心には、確実に坂東はるかが住んでる!」
「あの……」
「この鈍感オンナ!」
 プツンと音がして、ケータイが切れた。「鈍感オンナ」はないだろう……。

「ビールまだ冷えてないじゃん……!」
 バトルの再開。
「氷でも入れたら」
 これがやぶ蛇だった。
「それって、高校生がバイトやるようなもんよ」
「え、なんで?」
「働くなんて、いつでもできる。ってか、嫌でも働かなきゃなんない。高校時代って、一回ぽっきりなんだよ。それをバイトに時間とられてさ、氷入れたビールみたいに水っぽくすることは許しません。部活とか恋とかあるでしょうが、高校時代でなきゃできないことが。ね、やることいっぱい。ビールは冷たく、青春は熱く!(ここでビールを飲み干した)生ぬるいのはいけません」

 わたしの人生って、そんなに生ぬるくないんですけどね……ZOOMERは土手から転げ落ち、コロンブスの玉子はこけた。

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第12章』より
コメント
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