ライトノベル・ライトノベルセレクト№92
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語『序章 事故』
主人公まどかの冒険とともに演劇の基礎と、マネージメントが分かるノベライズドテキスト(『はるか 真田山学院高校演劇部物語』姉妹版)
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げ大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ていた。
「潤香先輩!」
わたしは思わず駆け寄って、大道具を持ち上げようとした。頑丈に作った大道具はビクともしない。
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息をしていない!」
マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「救急車呼びましょうか!」
「早く」
マリ先生は冷静に応え、弾かれたように、わたしは中庭の隅に行きスマホをとりだした。
一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴の姿が見えた……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この「事件」を照らし出していた。
ロビーの時計が八時を指した。わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。まだ何人かは病院の玄関のアプローチのあたりにいる。わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているのだ。
時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、三人分の足音がした。
「なんだ、まだいたのか」
バーコードの教頭先生の言葉は、ほとんどシカトした。
「潤香先輩、どうなんですか?」
マリ先生は、許可を得るように教頭先生と、お母さんに目配せをして答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにがおかしいんですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわよ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
お母さんは、里沙に声をかけた。
「ですね、今年の春だって、自分で怪我をねじ伏せた感じ。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。
「……ウワーン!」
夏鈴が爆発した。夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめ、すぐに、自販機とのデュオになった、
一段落ついたので、状況を説明しとくわね。
わたし、仲まどか。荒川区の南千住にある鉄工所の娘です。
中三の時に……って、去年のことだけど、近所のはるかちゃん。はるかちゃんは一歳年上なんだけど、幼なじみなんで「はるかちゃん」そのはるかちゃんが入ったのが乃木坂学院高校。去年、その学園祭によばれて演劇部のお芝居を観てマックス大感激!
「わたしも、この学校に来よう!」と、半分思ったわけ。半分てのは、下町の町工場の娘としてはちょっと敷居が高い……経済的にもブランド的にもね。
演劇部は、とにかくステキ!
ドッカーンと、ロックがかかったかと思うと、舞台だけじゃなくて、観客席からも役者が湧いてきた! 中には、観客席の上からロープで降りてくる役者もいて、「怖え~!」と思ったけど、思う間もあらばこそ。集団で、なんか叫びながらキラビヤカナ照明に照らし出され、お台場か横アリのコンサートみたい。ゴ-ジャスな道具に囲まれた舞台で舞い踊り、そこからは夢の中……お芝居は、なんか「レジスト!」って言葉が散りばめられていて、なんともカッコヨク「胸張ってます!」って感じですばらしかった。「レジスト」って言葉には、コンビニのレジしか連想できなかったけど、あとで兄貴に聞いたら「抵抗」って意味だって分かった。
この時主役を張っていたのが潤香先輩。もう、そのときから「オネーサマ」って感じ。
で、この時、はるかちゃんは三角巾にエプロン姿で人形焼きを、かいがいしく売っていた。
演劇部のお芝居のコーフンのまんま、ピロティーに行って、はるかちゃんから売れ残りの人形焼きをもらい、はるかちゃんのご両親といっしょに写メの撮りっこ。
今思えば、はるかちゃんちの平和は、この頃が最後。今思えば……て、同じ言葉を重ねるのは、わたしに文才がないから……と、わたしの落胆ぶりを現しております。
「明るさは、滅びのシルシであろうか……」
中三のわたしには分からない言葉を呟きながら、はるかちゃんは三角巾を外した……。
と、その時!
――ただ今より、乃木祭お開きのメインイベント。ミス乃木坂の発表を行います。ご来場の皆様はピロティーに……と、校内放送。
三位くらいからの発表かと思ったら、いきなりの一位の発表。その一位がなんと……。
――ジャジャジャーン(ドラム)一年A組、芹沢潤香さん!
そう、さっき見たばっかしの潤香先輩!
ピロティー中から「ウォー!」とどよめき。潤香先輩はいつの間にか、かつて在りし頃の『東京女子校制服図鑑』のベストテン常連の清楚な制服に着替えて、野外ステージに登りつつあった。
そして、タマゲタのは……。
――準ミス乃木坂は(ドラム)……一年B組の五代はるかさん!
一瞬ピロティーが静まった……。
「え……」
本人が一番分かっていなかった。
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語より
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説!
お申込は、最寄書店などでお取り寄せいただくか、下記の出版社に直接ご連絡いただくのが、一番早いようです。ネット通販ではアマゾンや楽天があります。青雲に直接ご注文頂ければ下記の定価でお求めいただけます。
青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。
大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』
高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。
60分劇5編入り 定価1365円(本体1300円+税)送料無料。
お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。
青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)
門土社 横浜市南区宮元町3-44 ℡045-714-1471
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語『序章 事故』

主人公まどかの冒険とともに演劇の基礎と、マネージメントが分かるノベライズドテキスト(『はるか 真田山学院高校演劇部物語』姉妹版)
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げ大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ていた。
「潤香先輩!」
わたしは思わず駆け寄って、大道具を持ち上げようとした。頑丈に作った大道具はビクともしない。
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息をしていない!」
マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「救急車呼びましょうか!」
「早く」
マリ先生は冷静に応え、弾かれたように、わたしは中庭の隅に行きスマホをとりだした。
一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴の姿が見えた……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この「事件」を照らし出していた。
ロビーの時計が八時を指した。わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。まだ何人かは病院の玄関のアプローチのあたりにいる。わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているのだ。
時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、三人分の足音がした。
「なんだ、まだいたのか」
バーコードの教頭先生の言葉は、ほとんどシカトした。
「潤香先輩、どうなんですか?」
マリ先生は、許可を得るように教頭先生と、お母さんに目配せをして答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにがおかしいんですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわよ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
お母さんは、里沙に声をかけた。
「ですね、今年の春だって、自分で怪我をねじ伏せた感じ。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。
「……ウワーン!」
夏鈴が爆発した。夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめ、すぐに、自販機とのデュオになった、
一段落ついたので、状況を説明しとくわね。
わたし、仲まどか。荒川区の南千住にある鉄工所の娘です。
中三の時に……って、去年のことだけど、近所のはるかちゃん。はるかちゃんは一歳年上なんだけど、幼なじみなんで「はるかちゃん」そのはるかちゃんが入ったのが乃木坂学院高校。去年、その学園祭によばれて演劇部のお芝居を観てマックス大感激!
「わたしも、この学校に来よう!」と、半分思ったわけ。半分てのは、下町の町工場の娘としてはちょっと敷居が高い……経済的にもブランド的にもね。
演劇部は、とにかくステキ!
ドッカーンと、ロックがかかったかと思うと、舞台だけじゃなくて、観客席からも役者が湧いてきた! 中には、観客席の上からロープで降りてくる役者もいて、「怖え~!」と思ったけど、思う間もあらばこそ。集団で、なんか叫びながらキラビヤカナ照明に照らし出され、お台場か横アリのコンサートみたい。ゴ-ジャスな道具に囲まれた舞台で舞い踊り、そこからは夢の中……お芝居は、なんか「レジスト!」って言葉が散りばめられていて、なんともカッコヨク「胸張ってます!」って感じですばらしかった。「レジスト」って言葉には、コンビニのレジしか連想できなかったけど、あとで兄貴に聞いたら「抵抗」って意味だって分かった。
この時主役を張っていたのが潤香先輩。もう、そのときから「オネーサマ」って感じ。
で、この時、はるかちゃんは三角巾にエプロン姿で人形焼きを、かいがいしく売っていた。
演劇部のお芝居のコーフンのまんま、ピロティーに行って、はるかちゃんから売れ残りの人形焼きをもらい、はるかちゃんのご両親といっしょに写メの撮りっこ。
今思えば、はるかちゃんちの平和は、この頃が最後。今思えば……て、同じ言葉を重ねるのは、わたしに文才がないから……と、わたしの落胆ぶりを現しております。
「明るさは、滅びのシルシであろうか……」
中三のわたしには分からない言葉を呟きながら、はるかちゃんは三角巾を外した……。
と、その時!
――ただ今より、乃木祭お開きのメインイベント。ミス乃木坂の発表を行います。ご来場の皆様はピロティーに……と、校内放送。
三位くらいからの発表かと思ったら、いきなりの一位の発表。その一位がなんと……。
――ジャジャジャーン(ドラム)一年A組、芹沢潤香さん!
そう、さっき見たばっかしの潤香先輩!
ピロティー中から「ウォー!」とどよめき。潤香先輩はいつの間にか、かつて在りし頃の『東京女子校制服図鑑』のベストテン常連の清楚な制服に着替えて、野外ステージに登りつつあった。
そして、タマゲタのは……。
――準ミス乃木坂は(ドラム)……一年B組の五代はるかさん!
一瞬ピロティーが静まった……。
「え……」
本人が一番分かっていなかった。
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語より
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』


青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説!
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青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。
大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』
高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。
60分劇5編入り 定価1365円(本体1300円+税)送料無料。
お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。
青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)
門土社 横浜市南区宮元町3-44 ℡045-714-1471
