高校ライトノベル
天神橋のドームセンターで
手鞠演劇の記念碑的大作
「ジャンプドール」
「空気を読め」と大書した扇子がきぜわしく動くので校長先生と知れた。
「どないしょ、校長さんまで来てしもたで!」
調光室で上から最初に発見したシモヤンがビビッた。
「プ、校長さん、アデランス丸出し!」
調光卓のハナちゃんが吹き出した。定員の200一杯に入ったホ-ルは冷房の利きが悪く、つい校長さんはカツラの隙間にハンカチを突っこんで、頭を拭き始めた。客電が落ちているので、他の観客には分からないが、お二階の調光からは、丸見えであった。
――あんたら、うるさい!――
舞台ソデから舞台監督のマリコ様の叱責が、インカムを通して飛び込んできた。
マリコ様は、病気で一年休学していただけでなく、その身から発散されるオーラで、人をして「マリコ様」と呼ばしむる。
しかし、無茶というか無謀というか、この『ジャンプドール』を上演にまでこぎ着けさせたのは、この調光でビビッているシモヤンこと下蒔素子そのものなのである。身長148センチ、体重秘密、Aカップ(部活で着替えの時にバレた) いつも髪をハイトップのポニーテールにし、少しでも身長をカバーしようとしている小心者で見栄っ張りなシモヤンなのである。
事の起こりは、この春の学級写真の撮影である。
「下蒔もっと右、ああ、行きすぎ、なんやアベノハルカスでかすんでしもた通天閣みたいやなあ」
前列の大里遥香と河東春奈のハルにかけたダジャレであることは誰にでも分かるので、笑いが広がった。
「みんな、笑らかして、どないすんねん」
と、笑わした張本人が言う。
結局、担任の光本が一つずれ、シモヤンが微妙に右に寄ることで、シモヤンの顔は無事に写真に収まった。
で、このことで、シモヤン一人が、とんでもないものを発見してしまったのである。
「あんた、見かけの割に重たいなあ」
「うるさい、ハルカが非力すぎるんや!」
「シー、聞こえるで……!」
WHのハルカとハルナを連れて、施錠されていない応接室の裏窓から、シモヤンは侵入しようとしているのである。
「シモヤン、アミダラ女王のパンツ!?」
「うっさい。これ穿いてると背えのびるねん!」
「どや、開いてるか?」
「うん。よいしょっと」
シモヤンは、無事に応接室に忍び込み、二体のマネキンを発見した……!
「で、うちに相談しにきたわけか?」
「はい、マリコ様やったら、ええ考えもあるんちゃうか思うて」
真相を知りたがったWHには「今は言われへん」で通してきた。そして、部活前の着替えの時に、一番頼りになりそうなマリコ様に相談したわけである。
「これが、証拠写真です」
シモヤンは、スマホの映像をマリコ様に見せた。
そこには、二体のマネキンが映っていた。新しい制服を着て。
「学校は、制服のモデルチェンジを謀っとるなあ……」
「でしょう……」
そのときである。ハナちゃんにバレてしまった。
「わ、シモヤン、Aカップやったん!?」
「う、うっさいわ!」
手鞠女子高校は制服が売りであった。関西ではめずらしい、胸当ての無いセーラー服。従って、関東風に襟が詰まっており、なんともバストアップの姿が美しい。それに、右腕に校章と学年章が付いており、それが海自の階級章のようにカッコヨク、その制服目当てで入学してくる生徒も多いのだ。
それを、学校は変えようとしている。
学校にも言い分はあった。セーラー服は改造が簡単で、最近制服の上の寸を詰めたり、スカート丈をいじる不心得者が出始め、学校の裏サイトでも、ダサイの、イモイの、ウルサイのと書き込みが多くなってきた。で、数年後の男女共学化のことも視野に入れ、制服改善委員会を立ち上げたのである。教師の間ではブルセラ委員会と呼ばれ、敬遠はされていたが、方向としては既成化し始めていた。
「あたしたち生徒には、何の相談もないんですか!」
明くる日には、マリコ様を中心に三年生のオネエサマ方が、二人の教頭に直談判に及んだ。
「君たちには、決定後、デザインについては相談しようと思っていたんだ」
東京の系列校から来た仲居クンを十年後にしたような方の教頭が、優しく……。
「集会、ビラ配りなんかは一切禁止。生徒手帳に書いたあるからな」
大阪の教頭は、正面から言い負かそうとした。
「やるんなら、クラス会で決を採り、生徒会にあげ、そこから要望として上げてくれたまえ」
「そんなんしてたら、年越してしもて、食堂値上げの時みたいになし崩しになってしまいます!」
「とにかく、決まりは守りなさい。その範囲なら、なにをしても構わないから、ハハハハ」
マリコ様たちでさえ、軽くあしらわれてしまった。
ここからが、シモヤンの出番であった。
「部活は、集会のうちに入れへんよね……」
シモヤンは、マリコ様に頼んで、演劇部の意思統一を図り、その上で弁の立つ三年生に、各クラブにオルグに入ってもらった。
瞬くうちに、軽音楽部とダンス部を巻き込んだ。
「セーラー服を 脱がさないで~♪」
発声練習に、オニャンコの歌を唄った。二日後には、音楽部が、これに加わり、明くる日にはダンス部が入り振り付けがついた。
そして、放送部が録画して、You Tubeやニコ動に投稿され、アクセスは三日で一万を超えた。
もう、町中で評判になった。
「面白いやんか!」から始まり。
「え、手鞠の制服変わるんのん!?」に変わっていった。
『学校訪問』という某番組に投稿した者が居て、半月後には放送局が取材に来て、総勢300人で唄って踊った。自然に歌詞が変わって、ジャスラックから文句が来そうになったが、事情を知った作詞者がOKを出し、一カ月後には、習慣歌謡曲でも紹介された。
で、この一カ月ちょっとの間に、制服図鑑以外関心が持たれなかった手鞠女子が大評判になり、学校説明会は1000人ずつ、三日に分けてやらなければならない盛況ぶりになった。
「結果良ければ、なんでもあり!」
理事長の一言で決まった。
「いっそ、芝居にしよう!」
ということになり、天神橋のドームセンターを借りて、三回の公演を打つことになった。
『セーラー服を脱がさないで』が、最初のタイトルだったが、著作権の問題や、自分たちのセンスを生かすために改題した。
「うちら、今まで学校の言うままのお人形さんやったけど、今度のことで、うちらジャンプしたやんか!」
だれが言ったか分からない一言で、タイトルは、『ジャンプドール』に替えられた。
そして、今、初日の幕が開く。
「あ、ピンスポが理事長の頭でハレーション!」
――三番のフェーダーに切り替えて!――
マリコ様の声が飛ぶ。
観客の中には、何人かのマスコミと、ダクショの人間が混じっていた。彼らは、舞台の上だけでなく、裏にも目を向けていた。
いくら息をひそめてもシモヤンの存在は、とっくに知られていた……。
※このお話は金蘭会高校演劇部の芝居の公演からヒントを得ていますが、関連はありません。金蘭会高校の演劇部のみなさん、山本篤先生に敬意を表しつつ。
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

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送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。
大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』
高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。
60分劇5編入り 定価1365円(本体1300円+税)送料無料。
お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。
青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)
門土社 横浜市南区宮元町3-44 ℡045-714-1471
天神橋のドームセンターで
手鞠演劇の記念碑的大作
「ジャンプドール」

「空気を読め」と大書した扇子がきぜわしく動くので校長先生と知れた。
「どないしょ、校長さんまで来てしもたで!」
調光室で上から最初に発見したシモヤンがビビッた。
「プ、校長さん、アデランス丸出し!」
調光卓のハナちゃんが吹き出した。定員の200一杯に入ったホ-ルは冷房の利きが悪く、つい校長さんはカツラの隙間にハンカチを突っこんで、頭を拭き始めた。客電が落ちているので、他の観客には分からないが、お二階の調光からは、丸見えであった。
――あんたら、うるさい!――
舞台ソデから舞台監督のマリコ様の叱責が、インカムを通して飛び込んできた。
マリコ様は、病気で一年休学していただけでなく、その身から発散されるオーラで、人をして「マリコ様」と呼ばしむる。
しかし、無茶というか無謀というか、この『ジャンプドール』を上演にまでこぎ着けさせたのは、この調光でビビッているシモヤンこと下蒔素子そのものなのである。身長148センチ、体重秘密、Aカップ(部活で着替えの時にバレた) いつも髪をハイトップのポニーテールにし、少しでも身長をカバーしようとしている小心者で見栄っ張りなシモヤンなのである。
事の起こりは、この春の学級写真の撮影である。
「下蒔もっと右、ああ、行きすぎ、なんやアベノハルカスでかすんでしもた通天閣みたいやなあ」
前列の大里遥香と河東春奈のハルにかけたダジャレであることは誰にでも分かるので、笑いが広がった。
「みんな、笑らかして、どないすんねん」
と、笑わした張本人が言う。
結局、担任の光本が一つずれ、シモヤンが微妙に右に寄ることで、シモヤンの顔は無事に写真に収まった。
で、このことで、シモヤン一人が、とんでもないものを発見してしまったのである。
「あんた、見かけの割に重たいなあ」
「うるさい、ハルカが非力すぎるんや!」
「シー、聞こえるで……!」
WHのハルカとハルナを連れて、施錠されていない応接室の裏窓から、シモヤンは侵入しようとしているのである。
「シモヤン、アミダラ女王のパンツ!?」
「うっさい。これ穿いてると背えのびるねん!」
「どや、開いてるか?」
「うん。よいしょっと」
シモヤンは、無事に応接室に忍び込み、二体のマネキンを発見した……!
「で、うちに相談しにきたわけか?」
「はい、マリコ様やったら、ええ考えもあるんちゃうか思うて」
真相を知りたがったWHには「今は言われへん」で通してきた。そして、部活前の着替えの時に、一番頼りになりそうなマリコ様に相談したわけである。
「これが、証拠写真です」
シモヤンは、スマホの映像をマリコ様に見せた。
そこには、二体のマネキンが映っていた。新しい制服を着て。
「学校は、制服のモデルチェンジを謀っとるなあ……」
「でしょう……」
そのときである。ハナちゃんにバレてしまった。
「わ、シモヤン、Aカップやったん!?」
「う、うっさいわ!」
手鞠女子高校は制服が売りであった。関西ではめずらしい、胸当ての無いセーラー服。従って、関東風に襟が詰まっており、なんともバストアップの姿が美しい。それに、右腕に校章と学年章が付いており、それが海自の階級章のようにカッコヨク、その制服目当てで入学してくる生徒も多いのだ。
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学校にも言い分はあった。セーラー服は改造が簡単で、最近制服の上の寸を詰めたり、スカート丈をいじる不心得者が出始め、学校の裏サイトでも、ダサイの、イモイの、ウルサイのと書き込みが多くなってきた。で、数年後の男女共学化のことも視野に入れ、制服改善委員会を立ち上げたのである。教師の間ではブルセラ委員会と呼ばれ、敬遠はされていたが、方向としては既成化し始めていた。
「あたしたち生徒には、何の相談もないんですか!」
明くる日には、マリコ様を中心に三年生のオネエサマ方が、二人の教頭に直談判に及んだ。
「君たちには、決定後、デザインについては相談しようと思っていたんだ」
東京の系列校から来た仲居クンを十年後にしたような方の教頭が、優しく……。
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大阪の教頭は、正面から言い負かそうとした。
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「とにかく、決まりは守りなさい。その範囲なら、なにをしても構わないから、ハハハハ」
マリコ様たちでさえ、軽くあしらわれてしまった。
ここからが、シモヤンの出番であった。
「部活は、集会のうちに入れへんよね……」
シモヤンは、マリコ様に頼んで、演劇部の意思統一を図り、その上で弁の立つ三年生に、各クラブにオルグに入ってもらった。
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「セーラー服を 脱がさないで~♪」
発声練習に、オニャンコの歌を唄った。二日後には、音楽部が、これに加わり、明くる日にはダンス部が入り振り付けがついた。
そして、放送部が録画して、You Tubeやニコ動に投稿され、アクセスは三日で一万を超えた。
もう、町中で評判になった。
「面白いやんか!」から始まり。
「え、手鞠の制服変わるんのん!?」に変わっていった。
『学校訪問』という某番組に投稿した者が居て、半月後には放送局が取材に来て、総勢300人で唄って踊った。自然に歌詞が変わって、ジャスラックから文句が来そうになったが、事情を知った作詞者がOKを出し、一カ月後には、習慣歌謡曲でも紹介された。
で、この一カ月ちょっとの間に、制服図鑑以外関心が持たれなかった手鞠女子が大評判になり、学校説明会は1000人ずつ、三日に分けてやらなければならない盛況ぶりになった。
「結果良ければ、なんでもあり!」
理事長の一言で決まった。
「いっそ、芝居にしよう!」
ということになり、天神橋のドームセンターを借りて、三回の公演を打つことになった。
『セーラー服を脱がさないで』が、最初のタイトルだったが、著作権の問題や、自分たちのセンスを生かすために改題した。
「うちら、今まで学校の言うままのお人形さんやったけど、今度のことで、うちらジャンプしたやんか!」
だれが言ったか分からない一言で、タイトルは、『ジャンプドール』に替えられた。
そして、今、初日の幕が開く。
「あ、ピンスポが理事長の頭でハレーション!」
――三番のフェーダーに切り替えて!――
マリコ様の声が飛ぶ。
観客の中には、何人かのマスコミと、ダクショの人間が混じっていた。彼らは、舞台の上だけでなく、裏にも目を向けていた。
いくら息をひそめてもシモヤンの存在は、とっくに知られていた……。
※このお話は金蘭会高校演劇部の芝居の公演からヒントを得ていますが、関連はありません。金蘭会高校の演劇部のみなさん、山本篤先生に敬意を表しつつ。
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』


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青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
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大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』
高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。
60分劇5編入り 定価1365円(本体1300円+税)送料無料。
お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。
青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)
門土社 横浜市南区宮元町3-44 ℡045-714-1471
