ライトノベルセレクト№90
『ヒョウタン島物語・2』
高階監督は、ココヒコの日記を悪いとは思いながら読み、大感動を発してしまった!
幼い日、島で野外映画が行われ、そこにかかったのが、若き日の高階監督の名作『風邪ひきぬ』 で、ココヒコ少年は、それから映画監督になろうと心に決めた。
ココヒコは、高校生のとき高階監督に企画書を送った。
『ボート』というタイトルだった。
ある日、漁に出た小型漁船が、国籍不明のボ-トに、わけもなく追いかけ回され、あわや沈没という目に何度も遭う。そのつど若き漁師は機転を利かして危機を乗り切るが、相手の姿はボートだけで、人間の姿は、いっさい出てこない。最後は、父から聞かされた暗礁にボートを誘い込み、高速で座礁させ、転覆大破させるというスペクタクルであった。
登場人物一人、小型漁船とボートさえあればできるという優れたアイデアであった。
高階は、この企画を読んで感心し、ココヒコをこの映画会社に呼んだのを思い出した。映画の企画そのものは、会社に持って行かれ、社長の息子の監督デビューのアイデアに使われてしまった。
『ボート(暴徒)』と改題され、追いかけてくるボートは一隻ではなく、実際には二十隻。スクリーンではCGを使い、無数のボートにされた。作品の面白さは半減してしまい、興行収入もはかばかしくなく、当たり前の監督なら、それで監督生命が絶たれるところだが、このアホボンは親の七光りで、いまだに派手なだけで売れない映画を撮り続けていた。その赤字分は高階などのベテラン監督が、なんとか稼いで賄っているというのが現状で、嫌気がさした、監督が、この五年で二人も辞めていった。テレビや、CMの監督を呼んできて、監督の数だけは揃えたが、まだまだモノにはならなかった。
「ココヒコを使おう!」
高階監督は、ココヒコの監督デビューの作品に、ココヒコ自身の日記を使う決心をした。
「すまん、黙ってお前の日記を読んでしまった!」
監督は、まず謝るところから始めた。
「そんな、日記を忘れたのは、ボクの不注意です。それより、あれを読んで、ボクの気持ちと映画への熱意を買って下さったことに感謝します!」
師弟は手を取り合って、名作を作ることを誓い合った。
『島風』とタイトルは決められた。
ココヒコは、本名である嶋野瑚呼彦で挑戦した。名前の字が難しいので、それまではカタカナで通してきたが、高階監督の薦めもあって、あえて難しい字の本名で通した。
主人公は、原作でいけば男であるが、高階の反対を押し切ってAKR47を卒業したばかりの小野寺潤を起用した。社長のアホボンが彼女のファンであることも理由の一つであったが、ココヒコ自身、彼女の女優としての才能を見抜いていた。また、アホボンが彼女を主演にして、自分で撮ることを阻止するためでもあった。
「これで、君は高階組の一員だよ」
これが、殺し文句であった。小野寺潤は、かねてから高階監督のファンであった。ココヒコは、あくまでも高階監督の羽交いの中で監督デビューさせてもらう姿勢をアピールした。その謙虚さと、情熱はクランクインすると会社の内外から好感をもって迎えられた。そして海外からも期待の目で見られた。
話は、ヒョウタン島からやってきた映画監督志望の女の子が、笑いと涙のうちに成長し、一人前の映画監督として成長していく様を描いた、サクセスストーリーであるが、随所にココヒコでなければ捉えられない、若者の感性が光っており、撮影は快調であった。
「監督、大丈夫ですか?」
いよいよ明日はラストシーンの撮影という時に、ココヒコは小野寺潤に声を掛けられた。
「大丈夫、これは知恵熱だから……」
一瞬スタジオは、ココヒコのギャグに湧いたが、次の瞬間凍り付いてしまった。ココヒコが倒れてしまったのだ。
「ココヒコしっかりしろ!」
高階監督が抱き上げる。小野寺潤やスタッフたちも寄ってきた。そして、いまやココヒコのファンになってしまったアホボンが重大な決心を語った。
「安心しろ、ラストはオレが撮ってやる」
「副社長……」
「心配すんな、俺の名前はエンドロ-ルにも出しゃしねえ。この監督は嶋野瑚呼彦だぜ!」
というわけで、最後のメガホンはアホボンがとることになった。
台本のラストは、こうであった。ヒロインが撮った映画は国際的なグランプリを受賞。授賞式にはバルタン合衆国の国務長官も、モラッタ国の文科省の大臣も来ている。
「君は我がバルタン民族の誇りを超えて、全人類の希望になったよ!」
「とりあえずは、わがモラッタ国の誇りだよ!」
両国のエライサンは、そう褒め称え、ヒロインは、双方にニッコリと笑みを見せ、無言で受賞の舞台に登壇する。
アホボンは、こう変えてしまった。
「わたしは、ヒョウタン島の映画監督です」
そして、威に打たれたような両国のエライサン。一瞬の間があって大拍手のうちにエンドマーク、エンドロールに続く。
公開後、この『島風』は大ヒットした。世界四十五ヵ国で上映され、本当にグランプリを受賞した。そして、その中にはバルタン共和国も含まれていた。
「この映画は、ヒョウタン島人民の栄誉である」
と、国務長官を通じてプレスに発表した。
ヒョウタン島は、ほとんどモラッタ国の領有と傾いていた国際世論は、島の独立という過激論から、領有権棚上げ論までが、かまびすしくなった。
「ココヒコ、おまえアメリカで修行してこい」
病気が治ったココヒコに、高階監督は、そうアドバイスした。その後ココヒコはアメリカで監督として成功し、モラッタにもヒョウタン島にも帰ってくることはなかった。
ただ、彼の心を理解した小野寺潤が渡米して、押しかけ女房になったことがせめてもの幸いで、貪欲なアメリカの映画界は、そのエピソードさえ、映画にしてしまった。
この物語はフィクションであり、実在する人物・組織・社会問題とは一切関係ありません。
『ヒョウタン島物語・2』
高階監督は、ココヒコの日記を悪いとは思いながら読み、大感動を発してしまった!
幼い日、島で野外映画が行われ、そこにかかったのが、若き日の高階監督の名作『風邪ひきぬ』 で、ココヒコ少年は、それから映画監督になろうと心に決めた。
ココヒコは、高校生のとき高階監督に企画書を送った。
『ボート』というタイトルだった。
ある日、漁に出た小型漁船が、国籍不明のボ-トに、わけもなく追いかけ回され、あわや沈没という目に何度も遭う。そのつど若き漁師は機転を利かして危機を乗り切るが、相手の姿はボートだけで、人間の姿は、いっさい出てこない。最後は、父から聞かされた暗礁にボートを誘い込み、高速で座礁させ、転覆大破させるというスペクタクルであった。
登場人物一人、小型漁船とボートさえあればできるという優れたアイデアであった。
高階は、この企画を読んで感心し、ココヒコをこの映画会社に呼んだのを思い出した。映画の企画そのものは、会社に持って行かれ、社長の息子の監督デビューのアイデアに使われてしまった。
『ボート(暴徒)』と改題され、追いかけてくるボートは一隻ではなく、実際には二十隻。スクリーンではCGを使い、無数のボートにされた。作品の面白さは半減してしまい、興行収入もはかばかしくなく、当たり前の監督なら、それで監督生命が絶たれるところだが、このアホボンは親の七光りで、いまだに派手なだけで売れない映画を撮り続けていた。その赤字分は高階などのベテラン監督が、なんとか稼いで賄っているというのが現状で、嫌気がさした、監督が、この五年で二人も辞めていった。テレビや、CMの監督を呼んできて、監督の数だけは揃えたが、まだまだモノにはならなかった。
「ココヒコを使おう!」
高階監督は、ココヒコの監督デビューの作品に、ココヒコ自身の日記を使う決心をした。
「すまん、黙ってお前の日記を読んでしまった!」
監督は、まず謝るところから始めた。
「そんな、日記を忘れたのは、ボクの不注意です。それより、あれを読んで、ボクの気持ちと映画への熱意を買って下さったことに感謝します!」
師弟は手を取り合って、名作を作ることを誓い合った。
『島風』とタイトルは決められた。
ココヒコは、本名である嶋野瑚呼彦で挑戦した。名前の字が難しいので、それまではカタカナで通してきたが、高階監督の薦めもあって、あえて難しい字の本名で通した。
主人公は、原作でいけば男であるが、高階の反対を押し切ってAKR47を卒業したばかりの小野寺潤を起用した。社長のアホボンが彼女のファンであることも理由の一つであったが、ココヒコ自身、彼女の女優としての才能を見抜いていた。また、アホボンが彼女を主演にして、自分で撮ることを阻止するためでもあった。
「これで、君は高階組の一員だよ」
これが、殺し文句であった。小野寺潤は、かねてから高階監督のファンであった。ココヒコは、あくまでも高階監督の羽交いの中で監督デビューさせてもらう姿勢をアピールした。その謙虚さと、情熱はクランクインすると会社の内外から好感をもって迎えられた。そして海外からも期待の目で見られた。
話は、ヒョウタン島からやってきた映画監督志望の女の子が、笑いと涙のうちに成長し、一人前の映画監督として成長していく様を描いた、サクセスストーリーであるが、随所にココヒコでなければ捉えられない、若者の感性が光っており、撮影は快調であった。
「監督、大丈夫ですか?」
いよいよ明日はラストシーンの撮影という時に、ココヒコは小野寺潤に声を掛けられた。
「大丈夫、これは知恵熱だから……」
一瞬スタジオは、ココヒコのギャグに湧いたが、次の瞬間凍り付いてしまった。ココヒコが倒れてしまったのだ。
「ココヒコしっかりしろ!」
高階監督が抱き上げる。小野寺潤やスタッフたちも寄ってきた。そして、いまやココヒコのファンになってしまったアホボンが重大な決心を語った。
「安心しろ、ラストはオレが撮ってやる」
「副社長……」
「心配すんな、俺の名前はエンドロ-ルにも出しゃしねえ。この監督は嶋野瑚呼彦だぜ!」
というわけで、最後のメガホンはアホボンがとることになった。
台本のラストは、こうであった。ヒロインが撮った映画は国際的なグランプリを受賞。授賞式にはバルタン合衆国の国務長官も、モラッタ国の文科省の大臣も来ている。
「君は我がバルタン民族の誇りを超えて、全人類の希望になったよ!」
「とりあえずは、わがモラッタ国の誇りだよ!」
両国のエライサンは、そう褒め称え、ヒロインは、双方にニッコリと笑みを見せ、無言で受賞の舞台に登壇する。
アホボンは、こう変えてしまった。
「わたしは、ヒョウタン島の映画監督です」
そして、威に打たれたような両国のエライサン。一瞬の間があって大拍手のうちにエンドマーク、エンドロールに続く。
公開後、この『島風』は大ヒットした。世界四十五ヵ国で上映され、本当にグランプリを受賞した。そして、その中にはバルタン共和国も含まれていた。
「この映画は、ヒョウタン島人民の栄誉である」
と、国務長官を通じてプレスに発表した。
ヒョウタン島は、ほとんどモラッタ国の領有と傾いていた国際世論は、島の独立という過激論から、領有権棚上げ論までが、かまびすしくなった。
「ココヒコ、おまえアメリカで修行してこい」
病気が治ったココヒコに、高階監督は、そうアドバイスした。その後ココヒコはアメリカで監督として成功し、モラッタにもヒョウタン島にも帰ってくることはなかった。
ただ、彼の心を理解した小野寺潤が渡米して、押しかけ女房になったことがせめてもの幸いで、貪欲なアメリカの映画界は、そのエピソードさえ、映画にしてしまった。
この物語はフィクションであり、実在する人物・組織・社会問題とは一切関係ありません。