ライトノベルセレクト番外
『連続笑死事件・笑う大捜査線・2』
次々と起こる笑死事件。確たる死因が掴めぬまま、その規模は世界的になってきた。死因が分からないので、殺人事件とは呼べず、特捜本部は『連続笑死事件』と呼ぶしかなかった。この屈辱的な捜査本部の看板を忸怩たる思いで見つめながら、たたき上げの倉持警視は解決への意志を固めつつあった。そうして、世間は、いつしか、この特捜本部のことを『笑う大捜査線』と呼ぶようになった。
編集長は、パソコンの画面を見ながら、父の顔も見ず、事のついでのように言った。
「先生の感覚には、今の子はついて来れないんですよ。もっとダイレクトでビビットなもんじゃないと」
「しかし、それでは、子供たちに本を読む力が付かん」
「教育図書出してるわけじゃないんですからね、そういうのはよそでやってくださいよ。とにかく、この販売部数では、次の仕事はお願いできません」
「読者は育つものだ。もう一年続けさせてくれ。必ず部数は増える」
「ま、そういう読者が現れたら、またお願いしますよ」
この言葉が合図だったように、バイトのKがドアを開けた。
「これが、今の出版業界だ。よく分かったら、もう作家になろうなどとは思うな」
悪い右足を引きづりながら、父が言った。
「肩に掴まりなよ、お父さん」
「作家は、両足で大地を踏みしめながらいくもんだ。地に足の着いた本を書かなきゃいかん!」
そう言って父は転んだが、娘が差し出した手を払いのけ、駅へと向かった。
ほどなく父は不遇のうちに逝ってしまった。
娘は、その後5年間消息不明だったが、昨年『素乃宮はるかの躁鬱』で、ラノベの世界に登場した。自分を高く買ってくれるところなら、どこの版元の本でも書いた。
ただ、父をソデにしたK出版を除いて。
おかげで、業界トップに君臨していたK出版は三期連続の赤字を出し、親会社のK総合出版はK出版を整理に係り始めた。
そこに、その超有名作家になった娘から連絡があり、ほいほい乗った編集長と元アルバイターは、証拠も残さず、死因も分からないまま殺された。
娘は、父の作品をコンピューターで徹底的に解析し、笑いの要素を抽出した。それを組み合わせ、対象に合わせた話を作り、この世に生きる値打ちがないと判断した相手に次々と送りつけた。メールにしろ手紙にしろ、相手が目を通した後は消滅するか、まったく別の文章になるようにした。このし掛けは、アメリカのCIAの元職員から、身の安全を保証する工作をすることを代償に教えてもらった。
ただ、彼は、最後の部分を教えるときにリストを渡した。
「こいつらを始末してくれること」
それが元で、世界中で『笑死事件』がおこることになった。
科捜研の石川奈々子は、H氏を笑死させた手紙の紙の出所をほぼ突き止め、明日は倉持警視に報告できるだろうと思い、科捜研のCPUに解析を任せ、久々に定時に退庁した。
「ねえ、石川さんでしょ?」
小学五年生ぐらいの女の子が近づいてきた。
「そうよ、なにかご用?」
「実はね……」
「ハハ、なにそれ?」
「とにかく、伝えたからね」
女の子は行ってしまった。
そんなことが三回続いた。さすがに笑死事件との関連を疑ったが、いっこうに自分は死なない。
そのかわり、科捜研のCPUのキーワードを四回目に喋ってしまったことには気づいていなかった。キーワードは、四人目の女の子の肩に留めておいたてんとう虫形のマイクで拾われ、役割を終えたマイクは、ポロリと地面に落ち、折からの竜巻警報の風で、どこへともなく飛ばされていった。
奈々子は、地下鉄のホームに降りて、電車を待った。
先に下りの電車がやってきた、その発メロを聞いたあと、上りの着メロがして、奈々子は電車に乗って、発メロを聞いてしまった。
――しまった!――
そう思ったとき、奈々子は爆笑してしまった。慌てて耳を押さえたが手遅れであった。偶然居合わせた医者が、手を尽くしたが、次の駅に着いたときには、奈々子は体をエビのように丸め、涙と涎を垂らした爆笑顔のままこときれていた。
「すまん、石川君。しかし、君の死は無駄にしない。手がかりは残してくれたからな」
手がかりとは、科捜研のCPUではない。キーワードを知られた時点でバックアップごと消されている。
四人の小学生を目の前に、ため息をつく倉持警視であった……。
『連続笑死事件・笑う大捜査線・2』
次々と起こる笑死事件。確たる死因が掴めぬまま、その規模は世界的になってきた。死因が分からないので、殺人事件とは呼べず、特捜本部は『連続笑死事件』と呼ぶしかなかった。この屈辱的な捜査本部の看板を忸怩たる思いで見つめながら、たたき上げの倉持警視は解決への意志を固めつつあった。そうして、世間は、いつしか、この特捜本部のことを『笑う大捜査線』と呼ぶようになった。
編集長は、パソコンの画面を見ながら、父の顔も見ず、事のついでのように言った。
「先生の感覚には、今の子はついて来れないんですよ。もっとダイレクトでビビットなもんじゃないと」
「しかし、それでは、子供たちに本を読む力が付かん」
「教育図書出してるわけじゃないんですからね、そういうのはよそでやってくださいよ。とにかく、この販売部数では、次の仕事はお願いできません」
「読者は育つものだ。もう一年続けさせてくれ。必ず部数は増える」
「ま、そういう読者が現れたら、またお願いしますよ」
この言葉が合図だったように、バイトのKがドアを開けた。
「これが、今の出版業界だ。よく分かったら、もう作家になろうなどとは思うな」
悪い右足を引きづりながら、父が言った。
「肩に掴まりなよ、お父さん」
「作家は、両足で大地を踏みしめながらいくもんだ。地に足の着いた本を書かなきゃいかん!」
そう言って父は転んだが、娘が差し出した手を払いのけ、駅へと向かった。
ほどなく父は不遇のうちに逝ってしまった。
娘は、その後5年間消息不明だったが、昨年『素乃宮はるかの躁鬱』で、ラノベの世界に登場した。自分を高く買ってくれるところなら、どこの版元の本でも書いた。
ただ、父をソデにしたK出版を除いて。
おかげで、業界トップに君臨していたK出版は三期連続の赤字を出し、親会社のK総合出版はK出版を整理に係り始めた。
そこに、その超有名作家になった娘から連絡があり、ほいほい乗った編集長と元アルバイターは、証拠も残さず、死因も分からないまま殺された。
娘は、父の作品をコンピューターで徹底的に解析し、笑いの要素を抽出した。それを組み合わせ、対象に合わせた話を作り、この世に生きる値打ちがないと判断した相手に次々と送りつけた。メールにしろ手紙にしろ、相手が目を通した後は消滅するか、まったく別の文章になるようにした。このし掛けは、アメリカのCIAの元職員から、身の安全を保証する工作をすることを代償に教えてもらった。
ただ、彼は、最後の部分を教えるときにリストを渡した。
「こいつらを始末してくれること」
それが元で、世界中で『笑死事件』がおこることになった。
科捜研の石川奈々子は、H氏を笑死させた手紙の紙の出所をほぼ突き止め、明日は倉持警視に報告できるだろうと思い、科捜研のCPUに解析を任せ、久々に定時に退庁した。
「ねえ、石川さんでしょ?」
小学五年生ぐらいの女の子が近づいてきた。
「そうよ、なにかご用?」
「実はね……」
「ハハ、なにそれ?」
「とにかく、伝えたからね」
女の子は行ってしまった。
そんなことが三回続いた。さすがに笑死事件との関連を疑ったが、いっこうに自分は死なない。
そのかわり、科捜研のCPUのキーワードを四回目に喋ってしまったことには気づいていなかった。キーワードは、四人目の女の子の肩に留めておいたてんとう虫形のマイクで拾われ、役割を終えたマイクは、ポロリと地面に落ち、折からの竜巻警報の風で、どこへともなく飛ばされていった。
奈々子は、地下鉄のホームに降りて、電車を待った。
先に下りの電車がやってきた、その発メロを聞いたあと、上りの着メロがして、奈々子は電車に乗って、発メロを聞いてしまった。
――しまった!――
そう思ったとき、奈々子は爆笑してしまった。慌てて耳を押さえたが手遅れであった。偶然居合わせた医者が、手を尽くしたが、次の駅に着いたときには、奈々子は体をエビのように丸め、涙と涎を垂らした爆笑顔のままこときれていた。
「すまん、石川君。しかし、君の死は無駄にしない。手がかりは残してくれたからな」
手がかりとは、科捜研のCPUではない。キーワードを知られた時点でバックアップごと消されている。
四人の小学生を目の前に、ため息をつく倉持警視であった……。