イスカ 真説邪気眼電波伝・03
「オレは単なるオブジェクト」
バグみたいなもんだろう。
ため息一つついて家路についた。
あとから思うとどうかしてるんだけど、動き出した現実はあまりに日常的すぎる。再起動と言ったらしっくりくる。
ロードワークを終えた女子テニスたちは、眩しいほどに頬を上気させ、テニスコートまでの数百メートルを軽やかに走っていく。とても、ついさっき屋上から飛び降りる佐伯さんを発見したようには見えない。
校門から出ていく西田さんと至近距離ですれ違ったり追い越したりしても、みんな普通だ。いま誰とすれ違った? そう十人に聞いたとして、その十人みんなが「えーーと?」と考えてしまうだろうほどに、その印象は薄い。
「す、すみませ……」
通りに出たところで西田さんは自転車とぶつかりそうになって、とっさに尻すぼみに謝った。
今のは自転車が悪い。スマホを見ながらの片手運転、ろくに前を見ていない。
載っていた学生風は意に介することも無く、そのまんま行ってしまう。西田さんが謝ったとも気づいていないだろう。
転校してきた時からだけど、西田さんは人の顔を見て話すことが無い。いや、話すことじたい少ないんだ。うちは良くも悪くも普通の学校だから、イジメというのはほとんどない。オレ自身人交わりが少なくて、他の学校だったらイジメられていたかもしれない。
だから、たった今、裂ぱくの気合いで時間を停め、墜落死寸前の佐伯さんを助けたのが信じられない。
助けただけでなく、自らを堕天使イスカと名乗って、縁起に行き詰っていた佐伯さんにクィーンオブナイトメアのフリを身をもって教えたなんて……俺の白昼夢、いや、バグに違いない。
角を曲がると西田さんの姿が無かった。
多分、さっきの事と西田さんのあれこれ考えているうちに、前を歩いている西田さんの存在に気を停めなくなってしまったんだ。ボッチのオレが言うのもおこがましいほど西田さんの影が薄いということになる。きっと一つ二つ手前の筋に入ってしまったんだろう。
ま、つまりはバグだ。
ときどき思うんだ。この世の中はだれかがやってるゲームでさ。オレたちは単なるオブジェクトに過ぎない。すんごいゲームだから作りこみがハンパなくて、オブジェクト自身が自分は生きてるんだと錯覚してしまう。むろんゲームだからプレイヤーがいるわけなんだ、そいつらが、いろいろ適当にやったり熱を上げたりしてゲームが回ってる。
だから、さっきのはバグだ。今頃は運営さんが大慌てでいじくってるんだろう。
まあいい、オレは単なるオブジェクトだゲームに介入なんてできない。介入ってか、なんか行動おこしても、それはプログラムされたことだから自分の意思でなんかあろうはずもない。ま、気楽に行こう。
家に帰るとオレは主役になる。
二十秒で着替えるとパソコンを起動させる、コントローラーを手に三十秒ほどでオレはダイブする……。