ポナの季節・83
『アゴダ劇場演劇祭』
T駅で降りると、酷暑の日差しの中を五百メートルも歩かなくてはならない。
そこで真奈美ママさんは夏といっしょにタクシーでアゴダ劇場に乗り付けた。
「……アハハ、運転手さん姉妹だと思ってましたね!」
タクシーを降りた夏は吹き出してしまった。
「ポナのファンは若い子が多いから目立たない格好って、これになるのよね」
「そうね、お姉ちゃん」
夏も調子を合わせ、二人そろって劇場のガラス戸に姿を映してみた。どこから見ても中学生と高校生の姉妹だ。
埋まり始めた観客席の中ほどに座った。
大輔は友だち六人を連れてかぶりつきの席に着いた。遠慮して後ろの方に座ろうかと思ったが、友だちみんなが席をとったので、それを言いわけにして「今日ぐらいはいいだろう」と自分を納得させた。
SEN48のメンバーはバラケて客席の後ろの方にいる、まとまって座ると目立ってしまう。SEN48はメジャーになりつつあるのだ。
父の達孝は佐伯美智たち演劇部の生徒を連れて大輔たちの二つ後ろにいる。コンクールに向けての刺激になればと連れてきたのだ。
田中ディレクターは調光室でカメラを構えている。ポナやSEN48の新しい可能性が見つけられそうな気がしている。
幕が上がった。
あれから十年後のクララが、部屋中に散らかった服を楽しげに片付けている。クララは友子が演じている。
ややあって、ポナが演ずる新人メイドのシャルロッテが「手伝います」と現れるが、なぜか断るクララ。ようく見ると正面のモニターにはクララのチャット相手のアナタが写っている。クララは父やロッテンマイヤーさんには内緒でチャットをやっていたのだ。
「お願いシャルロッテ、お父さまにもロッテンマイヤーさんにも内緒でね」
シャルロッテはクララの気持ちを飲み込んで「はい、わかりました!」と胸を叩く。
アナタとの会話の中で、クララが引きこもりになっていることが分かる。
歩けるようになってからのクララにはいろんなことがあったようだ。画面のアナタも引きこもりの女の子だ。
時々ロッテンマイヤーさんにバレそうになるが、シャルロッテの協力でなんとか乗り越える。
アナタと心が通じ合ったころ、ハイジが「クララ遊ぼう」とやってくる。
クララはハイジに負けないような服を着ていかなければと思い込み、持っている服を全部出して相応しいものを探しにかかる。
「服なんかどれでもいいでしょ! ありのままのクララさまで!」
シャルロッテに言われ、そのままで部屋を飛び出すクララ。もうハイジは行ってしまった。
「すぐに戻ってくるわ、間に合わなかったと言っては、この繰り返しなんだから」ロッテンマイヤーさんの諦めたような声。
「いいえ、今度こそは大丈夫。だって初めてご自分の、いつもの服で出かけられたんですから」
クララを信じながら、その行方を見守るシャルロッテ。
明るいヨーデルが流れるうちに幕が下りる。満場の拍手。
夏は涙が止まらなかった。
「なっちゃん……」
「あたしも……クララといっしょ、あたしもハイジみたくなりたい……」
真奈美ママは夏の手をとった。
「おいで、あたしといっしょに!」
真奈美は意を決して夏を引っ張って楽屋に急いだ。
「新子ちゃん」
「お母ぁ…………真奈美さん」
「お願いがあるの……」
真奈美ママは、グイっと夏を前に押しやった……。
☆ 主な登場人物
父 寺沢達孝(60歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(50歳) 父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
平沢夏 未知数の中学二年生