ポナの季節・82
『オレンジ色の自転車』
蝉しぐれの歩道を五人の女子高生が歩いてくる。
SEN48のメンバーだ。
車道の向こうからT自動車の新型が走ってきた。
蝉しぐれの街、SEN48メンバーの日常、新型車のカットバック。
ケラケラ笑って車道にはみ出すメンバー、迫りくる新型車。メンバーの驚く顔、ブレーキがかかって停まる新型車。
ライブで汗を流すSEN48、様々なアングルから。
ペコリと車に頭を下げるメンバー、車走り出し、SEN48は見とれながら見送る。
――はみ出た青春受けとめます――
「かっこいい……」
一昨日から始まったT自動車のCMを見るたび、夏はため息をつく。
「夏、T自動車が好きなの?」
「え、ああ、ううん」
テレビのスイッチを切ると、もの言いたそうな母を背に家を出た。母と話したら、来週に迫った二学期のことを言われそう。
まだ学校に行く自信はない。
キャ!!
ボンヤリしていたんだろう、前から来た自動車が急ブレーキかけてクラクションを鳴らした。
――すみません――心に言葉が浮かんでも、つい無言で車をにらみつけてしまう。SEN48のCMとまるでちがう。
「あたしは受け止めてもらえないんだ……夏はダメな子だから……」
汗だくになりながらペダルをこいだ。
自転車は、中一の時『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の主人公の愛車に憧れて買ってもらったオレンジ色の自転車。
主人公の坂東はるかは、夏と同じように両親が離婚している。でも、それを乗り越えて高校演劇に打ち込み、プロの女優になっていく。
「それに比べて、あたしは……」
ますます自分がみじめったらしく思え、こんど車に当たりそうになったら、そのまま跳ねられてしまえばいいと思った。
車に当たる前に目が回った。水分補給もせずに一時間も走っていた……。
「どう、少しは楽になった?」
聞き覚えのある声がして、夏は体をひねった。オデコの氷嚢が落ちた。
「あ、ママさん……」
「救急車呼ぼうかと思った」
「あ、どうして……」
「洗濯物干してたら、マンションの方に向かってくるなっちゃんが目に入って、ここの前を通り過ぎたところで自転車ごと倒れたのよ。あたしに用事だったの?」
「いいえ……ただやみくもに走ってたら、ここに来たみたいです……」
「そうなんだ……熱とかないようだし、シャワー浴びて着替えなさい。着替え洗面所に置いてあるから」
「あ、すみません……」
ソファーから体を起こすと、腋の下と股の付け根に置いてあった氷袋が落ちた。
「すみません、こんなにしてもらってたんですね……あの……」
「だいじょうぶ、お母さんには、まだ連絡してないから」
「すみません」
「すみません三連続だ。早くさっぱりしてきなさい」
「はい……」
あ!?
リビングに大きなポスターが貼ってあるのに気付いた。それはSEN48と寺沢新子のポスターだった……。
☆ 主な登場人物
父 寺沢達孝(60歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(50歳) 父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
平沢夏 未知数の中学二年生