三日目の今日は朝から神戸だ。
夕べ、ガイドの放出(はなてん)さんが「神戸とか兵庫県を舞台にしたドラマをご存じですか?」と聞いてきたのがキッカケだ。
今から思うと、うまい提案の仕方だった。
神戸に行ってみませんか?――では俺たちは乗ってこなかっただろう。
若干世間の高校生からズレたところがある俺たちだが、物事に関する関心は人並みだ。この暑い盛りに「あ、そう言えば、そういう街あったよな」という程度にしか神戸には関心がない。
だから――神戸を舞台にした――と聞かれてもとっさには出てこない。
二三分して「えと……『火垂るの墓』とか『少年H』とかでしょうか?」と、一子が答えた。
「そうですね」そう言っただけで放出さんはニコニコしている。
「あ……でも、それって夏休みの読書感想の課題図書みたいですね」
そう、あまり心の琴線に触れるようなものではない。
「けっこう有るわよ」スマホを弄っていたすぴかが呟く。
すぴかが示した画面には、神戸や、その周辺を舞台にしたドラマや映画や小説の一覧が出ていた。
が……。
心当たりがあるのは……『火垂るの墓』とか『少年H』ぐらいしかない。
「歌謡曲とかJポップとかでもジンクスがありましてね、神戸を舞台にした歌はヒットしないんですよ」
「え、そうなんですか?」Jポップには一家言ある綾香が検索し出した。
「ほんとにねーなあ……」真治も検索し出した。
松任谷由実: タワーサイドメモリー もんた&ブラザーズ: KOBE 内山田洋とクールファイブ: そして神戸 なんかが出てきたが、俺たちが知っている曲は一つも無かった。
そんなにつまらないところなのか……俺たちはマイナスの関心を持った。
で、そんなにつまらないところなら一度見ておこう!
なんとも神戸の人たちには申し訳ない動機で、俺たちは神戸に向かうことになったわけだ。
「まずは、ここから見て行きましょう」
冷房の効いたボックスカーを出ると清々しいほどの暑さだ。
「中華料理のレストラン?」すぴかがボケたことを言うが、ボケとは言い切れない雰囲気があった。
いかにも中国というような塀をめぐらせた門は、この中が立派な中華レストランであるような佇まいだ。
「本場の中華丼が食いたいなあ」
真治が正直な反応をする。
「ここは関帝廟です」
車を運ちゃんに任せてきた放出さんが正解を言う。だが、俺たちは初めて聞く名称だった。
「「「「「カンテービョー?」」」」」
俺たちの不思議時計が動き始めた。
♡主な登場人物♡
新垣綾香 坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし
新垣亮介 坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし
夢里すぴか 坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止
桜井 薫 坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん
唐沢悦子 エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ
高階真治 亮介の親友
北村一子 亮介の幼なじみ