オフステージ(こちら空堀高校演劇部)84
空堀商店街は西に向かって緩い下り坂になっている。
商店街は道幅が狭く採光が悪いので、ちょっと薄暗い。
この坂道を下って学校に至るので、登校時の憂鬱ということもあり、ちょっと凹む。
逆に下校時は坂道を上る。
下校の開放感と、谷町筋に向かって明るく開いた出口が坂の上に見えていることもあって素敵。
多少いやなことがあっても、明日は良いことがあるかもとか思える。
良いことがあると、もうちょっと良いことが続くんじゃないかと思わせてくれる。
わたし達の前を薬局のオッチャン・オバチャンが谷町筋に向かっている。
洗剤を買って、学校の話に花が咲いた。
お二人は空堀高校の卒業生で、奥さんは絵里世(エリーゼ)という名前のドイツと日本のハーフだ。
喋っている分には完璧に薬局のオバチャンなんだけど、こうやって歩く姿を見ていると、腰高にシャキッとした姿勢はアッパレ、ゲルマン人! わたしが洗剤を買った後、商店街の寄合があるというので、いっしょに店を出たんだ。
「良い感じの御夫婦だね……」
坂道効果なのか、ミッキーはのぼせた感じで言う。なに頬っぺた赤くしてるのよ!
オッチャンもオバチャンも、わたしたちを好意的に見てくれた。
日米高校生の組み合わせが、男女の違いは逆なんだけど、自分たちの青春時代のロマンスと重なるところがある様子。
でもって、ミッキーは、オッチャンオバチャンの好意に羽を付けて妄想たくましの様子。
「なによ、この手?」
「あ、ごめん」
両手の荷物を左手にまとめ、空いた右手を肩に回してきやがった。
ちょっとしたことなんだけど、許してしまえばズルズルになる。
夕闇のゴールデンゲートブリッジを見下ろしながら迫って来た前科があるんだよね。
「じゃ、ここで。帰ってくるころには夕飯出来てるからね」
「やっぱ、ミハルといっしょに帰るよ」
「だめよ、領事館の用事は最優先で済ませておかなきゃ」
「でも、大そうな荷物だよ」
「食材以外はミッキーに任せるから、じゃね」
食材のレジ袋だけをかっさらって、ちょうど青になった横断歩道を渡る。
ホームステイ先が変わったので、ミッキーは領事館に手続きに行かなければならないのだ。同じ地下鉄に向かうんだけど上りと下りに分かれる。もっとも谷六駅のホームはアイランド型なので上りも下りも同じなんだけど「男には付いて来て欲しくないところに寄るの」と言って断ってある。
信号渡り終えても背中に熱エネルギーを感じる。振り返ると案の定、ミッキーが子犬みたいな目で手を振っている。
ハズいけど、邪険にもできず下げたままの左手をソヨソヨ振っておく。
奴が地下鉄の昇降口に消えてホッとため息。
「待っへはわよ……」
舌足らずが聞こえてきたと思ったら、角のたこ焼き屋さんからたこ焼き頬張ったままのミリーが出てきた。
「わたしたちもお供します~(o^―^o)ニコ」
なんと軽やかに車いすを操作して千歳も現れ、それから……
「え、え……演劇部全員!?」
演劇部は、わたしの料理講習をイベントにしてしまった!