RE・友子パラドクス
「残念ねぇ、明日だったら『川の手荒川まつり』があったのに」
友子が「チッ」と舌を鳴らした。ナリは高校生だが、小学生が背伸びしたようなリアクションが微笑ましい。
結成四日目の家族は、連休の二日目を「あらかわ遊園」で過ごしている。
他に有りそうなもんだと一郎は思ったが、妻の春奈と娘の友子の意見が一致したのだからしかたがない。
「荒川の名産品なんかが見られるんだって」
「荒川の名産見てもなぁ……」
「荒川周辺て、再開発が進んで人口も増えてるから、マーケティングの値打ちあるかもよ」
「ブーー、仕事の話はよそうぜ、休みなんだから」
「新製品開発のプロジェクトチームなんだから、アンテナ張ってなきゃダメじゃん」
「ま、いずれにしろ、『川の手荒川まつり』は明日なんだから、仕方ないだろ」
「そういう態度がねぇ……」
と、夫婦ゲンカになりそうなところに、友子が戻ってきた。
「明日は、お墓参りだもんね。はい」
友子は器用に持ったソフトクリームを配給した。とりあえずバニラ味の冷たさでヒートアップは収まった。
「ね、あっち、ついたちに生まれたばっかりのヤギの赤ちゃんがいるよ!」
「走ったら、アイスおちるぞ!」
「そんなドジしませ~ん」
どうぶつ広場にいくと、親のヤギに混じって、生まれて間もない三匹の子ヤギがのんびりしていた。ここに来るのは、小さな子連れの親子が多く、鈴木一家は浮いて見えないこともないが、雰囲気は十分周りに馴染んでいる。
「ディズニーランドや、スカイツリーじゃ味わえないもんねぇ(^▽^)」
子ヤギが、なにか楽しいのだろう、ピョンピョン跳ね出した。
「チャンス!」
友子も、まねしてピョンピョン跳ねる。
「ねえ、レンシャ! レンシャして!」
「レンシャ?」
「おっけー!」
パシャパシャパシャパシャ
一郎は分からなかったが、春奈がすぐに反応した。スマホを連写モードにしたのだ。
「アハ、これかわいい( ˶´⚰︎`˵ )!」
「どれどれぇ( ◜ᴗ◝)」
「おお( °o°)」
子ヤギと友子が、同時に空中浮遊しているように見える写真が二枚あった。
「あ~、これいいけど、おパンツ見えかけぇ」
「いいわよこれくらい。健康的なお色気。ウフフ」
それを聞きつけた女の子たちが遠慮無く覗きに来て「わたしもやる~!」ということで、あちこちで、おパンツ丸出しジャンプ大会になった。
「あはは、いいぞいいぞ! みんな、もっと飛んでぇฅ(^ω^ฅ)!」
無邪気に笑っている友子は、AKBとかにいてもおかしくないほど明るい少女だ。
「おお、スカイツリーがよく見えるんだ!」
観覧車に乗ったとき、めずらしく一郎が反応した。
「ね、穴場でしょーが」
友子が得意そう。
「ちょっとあなた、手を出して」
「え……」
「はやく、もうちょっと下!」
「ああ、こうね」
友子の方が理解が早く、いい写真が撮れた。まるで、一郎の手の上に載っているようにスカイツリーが写っている。
「荒川って、銭湯の数が日本一多いんだよぉ」
スカイサイクルに乗っているときには友子が指を立てる。スマホで検索している様子も無いのに興味も話題も的確だ。
「フフ、大きい湯舟って魅力よね」
「お母さん、入ったことあるんだ!」
「小っちゃいころ、保育所で連れてってもらった」
「こんど行こうよ、ねえ、お父さんも」
「ええ、風呂はいっしょに入れないだろ」
「スーパー銭湯なら水着で入れるとこもあるわよ、ねえ、ともちゃん」
「わたし的には町の銭湯がいいかなぁ、赤い手拭いマフラーにしてぇ、洗い髪が芯まで冷えるのはごめんだけどぉ」
「ちょっと懐メロすぎねえかあ(^_^;)」
「荒川の子って、そういうところで青春してるんだぁ……ちょっとオシャレって思う心が大事だと生意気を言う友子!」
そう言って、さっさと背中を向けると、友子はアリスの広場に向かった。
ヘックション!
今の友子の言葉に仕事のアイデアとして閃くものがあったが、お日さまのまぶしさでクシャミをしたら、吹っ飛んでしまった。
まあ、一郎の職業意識というのは、この程度のもの。
春奈は同じ美生堂(みしょうどう)の社員としても、夫としても不足に感じるところではあった。
「ここ、こっちに来て!」
セミロングの髪を川風にそよがせながら友子が手を振る。
「どうしてここなの?」
春奈が、ランチボックスを広げながら聞く。
「ここはね、まどかと忠友クンが運命のデートをするとこなの」
「なんだい、それ?」
「これよ」
友子が、リュックから青雲書房のラノベを出した。
「『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』……これ、トモちゃんが行く学校じゃない!?」
「うん、ドジでマヌケだけど、わたし、話も登場人物も好き。こんな青春が送れたらいいなって思っちゃった。ね、ここ、なんでアリスの広場っていうか知ってる? 知ってる人ぉ!」
友子が自分で言って、自分一人が手をあげた。
「あのね。荒川リバーサイドの頭文字。ね、A・R・Sでアリス」
「ハハ、オヤジギャグ」
「オヤジの感覚って、捨てたもんじゃないと思うよ。その『まどか』の作者も六十歳だけど、青春を見つめる目は、いけてるわよ。忠友クンが、キスのフライングゲットしようとしたとき、そのアリスの広場のギャグが出てくんのよ」
「ラノベか……」
そう呟きながら、一郎はサンドイッチをつまんで『まどか』を読み始めた。春奈は、ぼんやりと川面のゆりかもめを眺めている。
意外にも、のめり込んで一章の終わり頃までくると寝息が聞こえた。
友子が、ベンチで丸くなって居眠っている。
一郎は、初めて友子に会った時のことを思い出した。
羊水の中で丸まった友子は天使のようで、とても三十年ぶりの再会とは思えなかったことを……。