時かける少女・73
昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……目覚めると、今度は西暦2369年であった。ファルコン・Zでの旅、今度は「三丁目星」だった。
☆……三丁目の星・1
その星は400年前の地球に似ていた……。
やっと無人の人工衛星を飛ばすほどの科学力しか持っていなかったが、一応銀河連邦の一員である。
代表者は、アメリカやソ連の指導者ではなく、まして日本の総理大臣などという小粒なものでもなかった。
この三丁目の星には、五人の代表者がいる。全員が庶民である。
ファルコン・Zを奥多摩の山中に隠し、ホンダN360Zは、大胆にもそのまま代表者の一人がいる蕎麦屋に向かった。
平屋や、せいぜい三階建てのビルしかない街に、出来て間もない東京タワーが神々しくそびえている。
「大将、久しぶり!」
暖簾をくぐると、船長は気楽に声をかけた。
「おう。シトツキぶりだね、マークの旦那」
オヤジが気楽に返事を返した。と言って、このオヤジが代表者というわけでもない。
「陽子ちゃん、帰ってるかな?」
分かっていながら、船長が聞く。
「それが、あいにく……けえってきたところだよ。おい、陽子。マーク社長がお見えだぞ!」
「ハーイ!」
元気な声と共に制服姿の陽子が元気よく降りてきた。
「おめえも、年頃の娘なんだから、も少し、おしとやかに降りてこいよ」
「家がボロなのよ!」
「言うじゃねえか。そのボロ家のおかげで、おまんま食えて、学校にだって行けてるんだぞ」
「だから、今度はあたしの力で……」
「社長、ほんとにこんなオチャッピーで大丈夫なんかい?」
「保証するよ。陽子ちゃんは、何十年に一人って逸材なんや。大事に育てさせてもらいます」
船長は、この星では、関西の芸能プロの社長ということになっている。
社名も「松梅興業」から「マークプロ」と関東受けするように改名。そのイチオシのタレントに陽子をスターにすることを、十数回通ってオヤジの了解を得るところまでもってきた。それについては涙ぐましいマーク船長の努力があるのだが、本人の希望もあり、割愛する。
「紹介しとくよ、陽子ちゃんの仲間になるコンビや。入っといで」
ミナコとミナホが色違いのギンガムチェックのワンピで入ってきた。
「よろしくお願いします。ミナコ&ミナホです!」
「おー、双子なのかい?」
「まあね。最初は陽子ちゃんのソロと、この二人のデュオで押していこうと思てんねん。そのあとの企画は、まだ内緒やけどな。ほな、夕方まで陽子ちゃん借りまっせ」
「なんだい、蕎麦ぐらい食ってけよ」
「食うか食われるかの世界なんでね。陽子ちゃんも早く帰したいし。またゆっくり伺うよ」
外に出ると、ホンダN360Zの周りは子供たちが群がっていた。無理もない、もう四半世紀もたたなければ、現れないような車なのである。
「ごめん、ごめん。車出すよって、のいてくれるか」
優しく、手厳しく子供たちの輪を広げると、四人は車に乗り込んだ。
「こないだ、ソ連がスプートニク2号を打ち上げました」
陽子は、事務所で、紅茶を飲みながら話し始めた。
「データ送ってくれるか」
「はい……送りました」
腕時計のリュウズを二度押し込んでデータを送ってきた。むろん腕時計に見せかけたハンベである。
「こら、もうじき核弾頭載せるぐらいの能力になりよるなあ」
「ソ連とアメリカの戦争になるんですか?」
「五分五分やなあ……オレ、ちょっと他の代表に会うてくるから、あとは、この二人と相談して」
船長はドアの向こうに消えた。文字通りテレポしたために消えたのであるが、ここの社員は、誰も驚かない。全員がアンドロイドと、ガイノイドで、チーフとサブのディレクターがバルスとコスモスである。
「わたしたち、音楽で、この星の運命を変えようと思っているの」
ミナホが切り出した……。