黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

新田の記憶・遠堂の岩観音

2020-06-24 20:48:54 | 北毛紀行

ひめちゃんは恋の季節に突入です。

昨日の夕方、久しぶりに一人散歩で、ケンくんちに寄りました。

こんにちは、お久しぶり

ひめちゃん、恋の季節かい?

ケンくん、好きよ

ちょっとだけご挨拶して、バイバイです。

名残惜しいけど、またね

クンクン、恋する乙女の残り香が気になるようです。

ケンくん、刺激しちゃってごめんね。

でも、ひめちゃんはケンくんが好きなんです

 

 

 

岩観音つまり摩崖仏は、ひめちゃんちのある新里にも2ヶ所あります。

また、この川場村の岩観音は、新田義貞の弟・脇屋義助の子孫が建てたと聞きます。

ひめちゃんちのおかあさんは、新田郡の生まれです。

これは、絶対に寄らなければなりません

 

それは、吉祥寺の北方の田んぼの向こうにありました。

確かに、岩に仏が彫られています

説明板もあります。

南北朝の争乱のころ、北朝方の大友氏と南朝方の新田氏とで合戦が行われ、多数の戦没者がでた。新田氏の末裔新田郡脇屋村正法寺(しょうほうじ)の僧「良圓(りょうえん)」が菩提を弔うために建立したとの記録が残っている。

脇屋の正法寺の和尚さんは、脇屋義助の子孫だったんですか

信州石工って、あの高遠石工(たかとういしく)でしょうか。

 

赤い屋根のお堂にもご挨拶です。

正面にまわると、岩観世音とあります。

中には、岩に刻まれている観音様の名前があります。

木彫りの観音様かな?

 

川場カルタがあります。

そばの、この方が代表の岩観音でしょうか

後ろには、電気が流れるロープかな

上の方々は、気を付けながら、お姿を眺めます

さっきの説明板に、観音33体と弁財天1体が刻まれているとありました。

右から2人目が弁財天のように見えますけど。

そばまで行けないのが本当に残念

これほど仏の姿がよく残りしかも34体もあるって、素晴らしいことです

 

摩崖仏群のふもとにも石造物です。

閻魔大王、又出演ですね。

さっき、吉祥寺にもいました。

川場村と閻魔大王、何かあるのでしょうか?

 

この方も、聖観音?

正徳3年(1713)とあります。

摩崖仏群が彫られた宝永8年(1711)は、正徳元年です。

このかたは、摩崖仏群とほぼ同じ年月、人々を見守ってきたのです。

合掌

摩崖仏のみなさん、石造物のみなさんに、合掌

新田の記憶に逢えました、さようなら

 

コメント (4)
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