エドワード・マクーナンは体の中の空気を全て吐き尽くそうかというように、なお叫び続けた。そして雄叫びを上げたまま、ジョシュアに殴りかかった。彼にしてみれば精一杯の抵抗だったが、ジョシュアには、それはひどく緩慢な、マードックに比べれば退屈でさえある、動きだった。
体をわずかに沈め、エドワードの拳をかわすと、そのまま地を這うように屈みながら、ジョシュアはすれ違いざま、相手の右と左、両方の太股に持っていたナイフを突き立てた。
ゲフゥと、体に残っていた最後の空気を吐き出すように短く呻くと、エドワードは両膝を着いた。それは罪人が神に対して許しを請う姿にも似ていた。
神が、死生を決する存在を指すのであれば、エドワードにとって今のジョシュアはまさしく神にも等しいといえた。
今、ジョシュアを支配するもの、それは怒りではなく、憎悪でもなかった。ただひたすらに開放を願う心であり、早く楽になりたいという思いだった。それゆえジョシュアは目の前の跪く男に対しても余計な苦しみを与えるつもりはなかった。どうすれば最も苦しみを与えることなく相手の命を絶つことが出来るのか、束の間迷った。
「あの時の、子供なのか?」
ジョシュアの顔を一心に見ていたエドワードが不意に口を開いた。
「だとしたら、それがどうだというんです?」
今更自分が誰なのか、自らが手を掛けた少女の兄だと気づいたとして、だからといってどうなるというのか。それでジョシュアの、エドワードへの対応が変わるというわけではなかった。
そのはずだった。
エドワードが突然笑い出した。最初は含んだ笑いだったが、やがてそれは工場全体に反響する狂笑に変わった。ジョシュアはエドワードが気が触れたのかと思った。だが、そうではなかった。
「何がおかしいんです?」
ジョシュアの問いにもエドワードはすぐには答えようとはせず笑い続けた。
「何が、おかしい?」
ジョシュアが再度問うと、ようやくエドワードは笑いを収めた。
「殺すがいい」
彼は含み笑いを浮かべつつ、言った。そして、こう続けた。
「殺すがいい…。あの子に頼まれて、私があの子を、そうだ、エミリーを殺したように、私を、殺すがいい!」
エドワード・マクマーナンが何を言っているのか、ジョシュアにはわからなかった。この男は、何を言っているのだ?エミリーが、頼んだ…?わからない、わからない、わからない…。
「確かに私は、普通の女性を愛せない、その意味で私はまともじゃない、それはわかっている、わかっているさ。だがな、私は女性に対して暴力を振るったことなど一度もない、あの時を、あの時を除いてな!」
エドワードは、さもおかしそうにハハハと笑った。
「あの子は、エミリーは、私の腕の中で泣いて訴えたよ、もうこれ以上生きていたくない、もう一日もとな。だが神様は自ら命を絶った者を、天国には召さないという。だから、私に殺してほしいと、涙ながらに訴えたんだ。だから、だから私はこの手で、殺したんだ、エミリーを、あの子を、この手で!」
こいつは、嘘をついている。嘘を、言っている。嘘を…、ついて…いる。嘘を…。
「殺せ、私を!そうすれば、私は、天国で、エミリーと、永遠に、結ばれる!」
「嘘だ…」
男は少年に向け残忍な笑みを浮かべた。
「嘘じゃあない…。嘘じゃないさ。その証拠に、お前は殺さないでいてやっただろうが!」
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。お前は、嘘をついている、嘘だ、嘘だ、嘘だ!」
エミリーが、そんなこと、言うわけない…。 僕は、エミリーを愛していた…。
エミリーも、僕を、愛して、いた…。
「嘘だあああ!」
ジョシュアの絶叫と、エドワードの狂笑が、主をなくした廃工場の中で交錯した。
少年はナイフを高らかに掲げた。
*『空のない街』/第十六話 に続く
体をわずかに沈め、エドワードの拳をかわすと、そのまま地を這うように屈みながら、ジョシュアはすれ違いざま、相手の右と左、両方の太股に持っていたナイフを突き立てた。
ゲフゥと、体に残っていた最後の空気を吐き出すように短く呻くと、エドワードは両膝を着いた。それは罪人が神に対して許しを請う姿にも似ていた。
神が、死生を決する存在を指すのであれば、エドワードにとって今のジョシュアはまさしく神にも等しいといえた。
今、ジョシュアを支配するもの、それは怒りではなく、憎悪でもなかった。ただひたすらに開放を願う心であり、早く楽になりたいという思いだった。それゆえジョシュアは目の前の跪く男に対しても余計な苦しみを与えるつもりはなかった。どうすれば最も苦しみを与えることなく相手の命を絶つことが出来るのか、束の間迷った。
「あの時の、子供なのか?」
ジョシュアの顔を一心に見ていたエドワードが不意に口を開いた。
「だとしたら、それがどうだというんです?」
今更自分が誰なのか、自らが手を掛けた少女の兄だと気づいたとして、だからといってどうなるというのか。それでジョシュアの、エドワードへの対応が変わるというわけではなかった。
そのはずだった。
エドワードが突然笑い出した。最初は含んだ笑いだったが、やがてそれは工場全体に反響する狂笑に変わった。ジョシュアはエドワードが気が触れたのかと思った。だが、そうではなかった。
「何がおかしいんです?」
ジョシュアの問いにもエドワードはすぐには答えようとはせず笑い続けた。
「何が、おかしい?」
ジョシュアが再度問うと、ようやくエドワードは笑いを収めた。
「殺すがいい」
彼は含み笑いを浮かべつつ、言った。そして、こう続けた。
「殺すがいい…。あの子に頼まれて、私があの子を、そうだ、エミリーを殺したように、私を、殺すがいい!」
エドワード・マクマーナンが何を言っているのか、ジョシュアにはわからなかった。この男は、何を言っているのだ?エミリーが、頼んだ…?わからない、わからない、わからない…。
「確かに私は、普通の女性を愛せない、その意味で私はまともじゃない、それはわかっている、わかっているさ。だがな、私は女性に対して暴力を振るったことなど一度もない、あの時を、あの時を除いてな!」
エドワードは、さもおかしそうにハハハと笑った。
「あの子は、エミリーは、私の腕の中で泣いて訴えたよ、もうこれ以上生きていたくない、もう一日もとな。だが神様は自ら命を絶った者を、天国には召さないという。だから、私に殺してほしいと、涙ながらに訴えたんだ。だから、だから私はこの手で、殺したんだ、エミリーを、あの子を、この手で!」
こいつは、嘘をついている。嘘を、言っている。嘘を…、ついて…いる。嘘を…。
「殺せ、私を!そうすれば、私は、天国で、エミリーと、永遠に、結ばれる!」
「嘘だ…」
男は少年に向け残忍な笑みを浮かべた。
「嘘じゃあない…。嘘じゃないさ。その証拠に、お前は殺さないでいてやっただろうが!」
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。お前は、嘘をついている、嘘だ、嘘だ、嘘だ!」
エミリーが、そんなこと、言うわけない…。 僕は、エミリーを愛していた…。
エミリーも、僕を、愛して、いた…。
「嘘だあああ!」
ジョシュアの絶叫と、エドワードの狂笑が、主をなくした廃工場の中で交錯した。
少年はナイフを高らかに掲げた。
*『空のない街』/第十六話 に続く