昨日の記事の続き、セットのようなものです。
実は、ってほどのことではないですが、当ブログでは過去にも「なぜ自殺をしてはいけないのか?」をテーマに記事を書いたことがあります(こちら)。
その時書いたことと重複しますが、自殺をしてはいけない理由なんてものは個人レベルではないんですよ(あれば教えて!)。
なぜなら、私たちは未だに「死」を定義することが出来ていないからです。
それが永遠の別れなのか、別れは一時的なものなのか、救済なのか、断罪なのか、まったくわかっていません。
また死後の世界が存在するかどうかもわかってないですよね。
もしかしたら死後の世界は自殺をした人が「もっと早く死んでおけばよかった!」と思うような、文字通り「パラダイス」みたいな場所かもしれません。
死後の世界が「パラダイス」だとしたら、「自殺をしてはいけない」というのは明らかにおかしいですよね。
断っておきますが、自分がそう考えているわけではないですよ。
自分は物事を悲観的に考えるたちなので、生きている間思うがままにならなかったのであれば、それは死後の世界においても同様であろう、死後の世界がパラダイスであるわけがない、そう考えています。
でもそれは自分がそう考えているだけであって、死後の世界はパラダイスに違いないと思い込んでいる人に、そんなことはありえないと否定するほどの根拠を持ち合わせてはいるわけではありません〈おそらく誰もそんなものは持っていない)。
特に根拠があるわけでもないのに、他人の行動や思想を否定していいのか、そう考えてしまいます。
先ほど、自殺をしてはいけない理由なんてものは個人レベルではないと述べました。
ただし、個人レベルではなくても、社会レベルではあります。
自殺者が多い社会は当然生産性が低いですし、そもそも自殺者が多い社会は維持していくこと自体が困難です。
ですから、自殺をしてはいけない理由を強いて挙げるとすれば、自殺者が多いと社会を維持していくことが困難だから、ということになります。
為政者は社会を維持し、発展させるために、自殺者を減らす、つまり、人々が希望を持って生きていける社会を作る義務があります。
それに成功すれば自殺者は減り、失敗すれば増える、それだけの話なのです。
実は、ってほどのことではないですが、当ブログでは過去にも「なぜ自殺をしてはいけないのか?」をテーマに記事を書いたことがあります(こちら)。
その時書いたことと重複しますが、自殺をしてはいけない理由なんてものは個人レベルではないんですよ(あれば教えて!)。
なぜなら、私たちは未だに「死」を定義することが出来ていないからです。
それが永遠の別れなのか、別れは一時的なものなのか、救済なのか、断罪なのか、まったくわかっていません。
また死後の世界が存在するかどうかもわかってないですよね。
もしかしたら死後の世界は自殺をした人が「もっと早く死んでおけばよかった!」と思うような、文字通り「パラダイス」みたいな場所かもしれません。
死後の世界が「パラダイス」だとしたら、「自殺をしてはいけない」というのは明らかにおかしいですよね。
断っておきますが、自分がそう考えているわけではないですよ。
自分は物事を悲観的に考えるたちなので、生きている間思うがままにならなかったのであれば、それは死後の世界においても同様であろう、死後の世界がパラダイスであるわけがない、そう考えています。
でもそれは自分がそう考えているだけであって、死後の世界はパラダイスに違いないと思い込んでいる人に、そんなことはありえないと否定するほどの根拠を持ち合わせてはいるわけではありません〈おそらく誰もそんなものは持っていない)。
特に根拠があるわけでもないのに、他人の行動や思想を否定していいのか、そう考えてしまいます。
先ほど、自殺をしてはいけない理由なんてものは個人レベルではないと述べました。
ただし、個人レベルではなくても、社会レベルではあります。
自殺者が多い社会は当然生産性が低いですし、そもそも自殺者が多い社会は維持していくこと自体が困難です。
ですから、自殺をしてはいけない理由を強いて挙げるとすれば、自殺者が多いと社会を維持していくことが困難だから、ということになります。
為政者は社会を維持し、発展させるために、自殺者を減らす、つまり、人々が希望を持って生きていける社会を作る義務があります。
それに成功すれば自殺者は減り、失敗すれば増える、それだけの話なのです。
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