団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

日々雑感

2015-03-27 11:30:03 | Weblog
 顔面強打から2週間。ほぼ完治した。面倒な傷以外は、たいていは10日~2週間で癒えるものである。ただかさぶたが取れず、無理に取るとまた出血して、それがかさぶたになって長引いてしまった。絆創膏を貼って表彰式の取材に赴いたが、周りの人からどうしました、とよく訊かれた。
 心配をしている読者諸兄も多いと思うので、報告した次第だ。身辺での変化はあまりないが、迷いに迷ったカメラを買った。私は現在、大した理由もないがルミックス派になっている。ミラーレスのGX1を使っているが、これは液晶モニターで撮影するタイプで、ファインダーはない。しかしファインダー(EVF)を取り付けることができる。やはりEVFは欲しいものである。
 それであれこれネット上を調べてみたら、ちょっと前のモデルでG5のダブルズーム機を3万3000円で売っていた。EVFは単体で1万8000円。G5はEVF内蔵である。しかも望遠ズームも付いてくる。これにはグラリと来た。
 確かにGX1にEVFを装着しても、取って付けたようなような感じでデザイン的には無理がある。ならばやっぱり内蔵か、というわけで、買ってしまった。日曜日に表彰式の取材に出て、そこで撮影している参加者を見て刺激も受けた。
 帰って、その夕方にアマゾンに発注。スピード便ではなくても翌日の午前中に届いた。ネットショッピングに馴染むと、こちらを利用することが多くなることは無理もない。家電量販店などは、ショールーム化しているようなものだ。
 このカメラで今年の桜でも撮ろうか、といま考えている。その桜であるが、わがマンションの敷地には20本程度の桜があり、その下で毎年、自治会のお花見を催す。今年は29日の日曜日であるが、どうやら朝から春雨らしい。ならば、集会室で行うことになるが、現在その桜は5輪咲き程度。土曜日でどれほど開くか、気もそぞろである。
 葛飾区の桜祭りも派手で、勤労団体が区役所の横の桜並木にいろいろな店を出して、大勢の人が詰めかける。この実施日は5日。今年は満開の日にずばりと当たったようだ。青砥から亀有にかけて、けっこう桜が多く、毎年愛でることができる。だいたい30年以上の古木で、枝振りがみんないい。ただ道路の並木が多くて、無残にも切られるケースが多いのは残念だ。切られた木は2年ほど花の咲きっぷりが芳しくない。桜も傷が癒えるのに時間がかかかるのであろう。
 桜を見るたびに、ある歌を思い出す。竹内まりやの『人生の扉』。二番の歌詞に「この先いったいなんど見ることになるだろう」とある。春とはいえ、しみじみとなる齢である。 
 エッセー「団塊SONGS」を配信中。原則的に隔週の日曜日にhttp://ameblo.jp/shiratorimn/にアップロードしています。エッセーで書いた歌は「団塊SONGS」(検索)で聴くことができます。カメラと写真の情報は「Web写真人」で。URLはhttp://shashinjin.digiweb.jp

深夜の顔面強打

2015-03-15 15:34:49 | Weblog
 真夜中に、顔を流れるものがあった。手で拭ってみた。なんだろう、と思って起きてみた。手が赤い。血だ。
「血が止まらない」と、傍らに寝ていた女房に声をかけた。女房が飛び起きた。「ど、どうしたのよ」とびっくりした声を出した。
「分からん」としか言いようがなかった。「救急車を呼ぶわ」となって、あっという間に到着。2~3件の病院の受け入れの有無を聞いて、うちから近い病院に横づけした。急患の医者がみて、脳を含めてさほどの異常がないことが分かってホッとした。ただ私は心臓病でワーファリンという溶血剤を飲んでおり、だから血が止まりづらかった。
 それが午前3時。二人で家までトボトボと帰った。なんとも締まらない話である。つまりは、泥酔して帰って来る時に、足がもつれて転倒した。転んだ場所が悪かった。
 公園の入口で、植え込みと敷地の間に、小さい岩の石垣が連なっており、表面は凸凹している。ここに顔面を強打した。
 酔っ払っているから、それも覚えておらず、寝て、顔が濡れるので目を覚ましたわけだ。泥酔すると痛みも分からないから、かくいう次第になったわけだ。
 救急車は二度目。前回は異常な頻脈だったから、まっとうな病人だったが、今回は酔った挙句の仕儀となった。顔面強打も二度目。前回は血は出なかったが、派手に目の周りが膨らんで内出血していた。
 転倒したのは、たぶん同じ場所だと思う。顔面に当たった角度と石の形状が違っていたから、怪我の程度も違った。それにしても、左目の目尻に大きなかさぶた、鼻の下にもかさぶた、鼻筋にも小さな傷、と顔はまったく見られたものではなくなった。
 3日程度外出の予定がなかったからいいようなもの、マスクと絆創膏の顔で出かけなければならない。
 問題はまったく懲りない、という自分に腹が立っている。確かに4時から飲み、調子ずいてたぶん11時頃までいたろうか。そこまで時間が経てば、もうあまり飲めなくなっているが、泥酔状態には違いない。途中から記憶もない。
 かつて同じようなことがあって、10時半には盃を置くとか、時間チェックのために腕時計を新調したとか、あれこれと無駄な努力をしてきたが、徒労に帰した。
 さてどうするのか。まずその公園に酔って帰ってくる時には、近づかないというのが解決策のひとつ。もうひとつは当たり前ながら、酔うほど飲まない、という抑制策。常に酒量をコントロールしながらちびちびとやる。あっああ、つまらん、と思うが、これもまた酒の飲み方であるだろう。周りの人が喜ぶのは、禁酒。しかし居酒屋が困るではないか、と思うが、私だけで持っているわけでもない。
 現在66歳。結局、人間というのは、いくつになっても悟れないのだろなあ、と思っている。いずれ本当に酒が飲めなくなる日が来るか、あるいは酒で命を縮めるか。あれこれ考えながら、鬱的な時間を送っている。 
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親は何をしていた

2015-03-03 11:44:45 | Weblog
 中1生の殺人事件は犯人が捕まって、動機や背景がそろそろ報道されているが、それにしても報道から欠落しているのは、親のことだ。
 被害者の上村遼太君の母親がようやくコメントを出していたが、ここまで追いつめられるまで親は何をしていたのだろうか、と思わざるを得ない。3人の子持ちで確かに忙しいし、子供と向き合う時間もあまりなかったろうが、それでも学校に行っていないことぐらいは、一緒に住んでいれば分かりそうなものだ。
 たぶん分かってはいたが、突き詰めて話すことを避けてきたのではないか。本当のことを知ることは、怖いし面倒なものだ。だから先延ばししている間に、悲劇が起こってしまった。
 それは加害者にもいえることで、18歳になった悪ガキのことぐらいは親・家族は知っていよう。まさか殺人や強盗などはやらないだろう、と高を括っていたのかもしれない。家族はもっと最悪の事態を考えておかなければならない。
 子供が家族のことを考えないで悪さをしているとしたら、やはりそれを抑え込むのはまず親、家族であろう。家族の存在が抑止力になっていると思うのは楽観的すぎよう。多くの未成年の犯罪はほとんど自分勝手なものだからだ。
 前回のブログでも指摘したが、戦後教育で自由や平等、権利を教え込んだ結果、子供は何をしても許される、という意識が蔓延した。それと反対に、親のほうも子供の教育の放棄につながったわけだ。責任感がどこか希薄だ。子供が勝手なことをするなら、我々だって知らないよ、と不干渉主義に陥ってしまっている。
 ただ前述のように、まさか親に迷惑をかけるようなことはしないだろう、というのが親の甘さだ。子供にその意識がなければ裏切られるのがオチだ。
 ということは、親は子供の何を見てきたのか、何を知っていたのか、という問題に行き着く。そこに家族間の会話が欠落していたのではないか。確かに不良グループを監視するのは、警察や地域の役目かもしれないが、まず親がそれを担わないでどうするのか。
 子供も脛かじりの間は、親の言うことぐらい聞いたらどうだ。働いて稼ぐようになったら、初めて一丁前なのだ。そうした社会的なコンセンサスを作ってこなかったことが、今更ながら悔やまれることである。 
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