団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

自分の歌った唄を聴いている

2012-07-29 09:30:14 | Weblog
 年柄年中、最近はイヤフォンを耳に入れて、デジタルオーディオプレーヤーの音楽を聴いている。
 このブログを読んでいる人は分かると思うが、その音楽は自分が歌った唄である。自分の唄なんか聴きたくない、という人は多いかもしれないが、これがなかなか飽きないのである。
 いわば唄のできをチェックのつもりで聴いているわけで、ほぼ100曲程度は入っている。団塊世代だから、我々が青春の時代の歌から、わりと最近の歌まで好きな歌を選んで歌い、録音して聴いているが、中にはいいできの歌もあるが、ほぼもっと上手く歌えればなあ、という歌が多い。
 街中を歩きながら聴き流しているが、日本の歌を聴いていると、不思議なことに妙に優しい気持ちになっていく。音楽に割りと集中しているから、歩調は遅く、だから人に道を譲ることも多く、電車の中で座席にもあまり腰かけない。
 歌われる歌詞は、ほとんど愛だの恋だの、人生などであるとしても、みんな人にやさしい歌ばかりである。
 これが洋楽で、歌詞の内容が分からず、ロックやジャズなどであると、やはり気持ちはけっこうギスギスしてくるのではないだろうか。
 電車の中で大音量でチャカチャカやっている若者などは、やはりどこか刺々しい雰囲気がある。
 私は周りに迷惑をかけたくないから、それほど大きな音では聴いていない。ただ誰かに声をかけられると、気づかないことが多いのは困りものである。
 最近、4GBのプレーヤーから8GBのプレーヤーに替えた。非圧縮の音楽ファイルだと100曲が限界になったのだが、8GBのほうはこのフォーマットは非対応だった。しかたなくMP3に変換して聴いているが、意外とプレーヤーによってもイヤフォーンによっても、音は変わるのである。
それにしても、8GB のプレーヤーは中国製ながら3500円程度だった。これで動画も再生でき2型のカラー液晶がついている。日本製が太刀打ちできないわけだ。
 ソニー製やiPodを使う手もあるが、聴くのは自分の歌った唄ばかりで、たいした録音精度でもなく、聴ければいいのだから、安ければ安いほうでけっこう。
 最大の楽しみは、新しい曲を録音して、これを最初に聴く時だ。けっこうワクワクするものなんですよ。歌える唄があったら、録音して聴いてみると、音楽の楽しみは何倍にも広がるものと思います。
  
「60からのマイソング55」を配信中。毎日曜日にhttp://ameblo.jp/shiratorimn/にアップロードしています。エッセーで書いた歌は「団塊SONGS」(検索)で聴くことができます。カメラと写真の情報は「Web写真人」で。

オスプレイ問題の本質

2012-07-24 15:29:58 | Weblog
 オスプレイの問題で大騒ぎしている。安全が確認されるまで、国内では飛ばさない、といろいろと交渉しているが、安全がすでに確認されているから、海外でも飛んでいるのだろう。
 ということは、安全はどこまで行っても確認されることはなく、飛ばすな、という拒否だけが先行する話になろう。
 アメリカ側は操縦ミスが原因としている。誰だって、ちょっとしたミスで墜落してしまう飛行機などには乗りたくなく、こんな欠陥飛行機がどうして飛んいるのだろうと思う。米軍の飛行士はサボタージュはしないのだろうか。
 日本が反対する以上に、まずアメリカでそういう抗議の声が出るのが先だ。それが出ないのはどういう理由か。その辺をメディアはもっと取材する必要があろう。
 オスプレイを載せた輸送船が、岩国の港に接岸するところまでご丁寧に報道しているのだが、こんなことはいくら報道しても意味がないだろう。
 問題は、オスプレイだけの話ではなく、日米安全保障の中で米軍が訓練を含めて行動している時に、なにか事故が起こって、補償問題が起こった時に、誰が責任をとるのか、補償内容はどうなるのか、ということだ。
 事故原因は米軍まかせ、国内で裁判にすらならない。こういうところが日本が植民地化されている実態だ。大義名分は、安保で米国が日本を守っているから、というわけだ。
 それを否定するわけではないが、やはり不平等であり、不公平をいつまでもほっておくわけにはいかないだろう。
 これまでの沖縄等の事故を考えると、そうした補償がされないから安保は片務協定といわれる由縁だ。この問題をはっきりしない限り、オスプレイの問題も解決されないだろうし、普天間もいつまでたっても前に進まない。
 これを機に、安保の中身を見直し、 対ソ連ではなく、対中国・北朝鮮を想定した日本国民ための新しい日米安保条約を考えたらどうだろうか。それが、また日本の新しい憲法、新しい国家ビジョンにつながっていこう。
  
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原発もイジメも一緒

2012-07-18 06:18:12 | Weblog
 イジメも原発も同じ、という論法は一見、乱暴に聞こえそうだが、つまりその論拠は無謬性から来ている。
 原発は安全神話が完全に崩壊したが、それまでは原発は安全、だから事故はない、という根拠のない神話ができあがってしまった。
 だから、事故があっても、事故ではなく、隠蔽体質が染み込んでしまい、原発の聖域化が進行して、福島のような事態を招いてしまった。
 イジメはどうか。これも学校にイジメは存在しない、という学校現場の聖域化ができあがり、イジメがあっても、イジメではない、という現実を無視する関係者の無責任体質がベースにあった。
 原発はこれからきっと健全な産業に体質転換し、ひとつのエネルギーとしてノーマルな見方がされるようになっていくだろう。いずれは廃炉するにしろ、徐々にエネルギー比率を低減していく方向が社会に合っている。
 教育はむつかしい。すぐに答えが出せない問題だからだが、同じようなイジメによる自殺が続くということは、教育界の体質・制度が悪いと考えるべきだろう。
 基本的な姿勢は、イジメによって犠牲者を出さない、という関係者の覚悟であろう。だから、まず学校現場でイジメが報告されたら、徹底的に調べ、早めに被害者の子は転校かフリースクールなどへの配置を図ったうえで、警察に捜査を委ねることではないか。
 学校現場は聖域でもなんでもなくも、下手をすれば暴力団の予備軍を作っているケースもあるだろう。だったら早めに芽を摘むという考え方は必要だ。
 イジメは、まず犯罪である、という考え方を文科省も教育委員会も現場も徹底する。その予兆があれば、警察が捜査できる法律を作る必要もあろう。イジメ事前防止法などは条例などで成立させることができる。
 そして、因果関係を徹底的に調べ上げ、それを公表する。加害者のある程度の人権侵害も許容されるようにすべきだ。
 捜査の過程で、苛めた側は、自分たちのやったことが、いかに卑怯で無惨なことだったのかを知ろう。それで考え直す子もいよう。
 これまでは、イジメがあっても、まず認めない。自分の学校からイジメ事件が出ることは、関係者にとっては恥で面子丸潰れだからだ。だからあってもないことにする。
 ところが自殺者が出る。そうすると、大津のような態度に終始する。親が怒り警察沙汰になって、はじめて公になってしまう。
 それでは遅いのである。教育現場を神聖化したことによって、こんな事態になってしまった。人間がやることに、無謬はあり得ないことを、我々はどうして学べなかったのだろうか。
  
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ケータイメールのサイバー攻撃にあった

2012-07-08 09:18:54 | Weblog
 ケータイメールのサイバー攻撃にあったようだ。サイバー攻撃というのは、ちょっとオーバーかもしれないが、金曜日の午後、外出中にmail@nezumiなんとかというところから、ケータイにメールが届き出した。
 内容は、メールの全文を読むわけではないが、登録しました、といった文が書かれていた。読みもしないで、どうせ迷惑メールだろう、と思って削除した。
 そしたら、またすぐにメールが入って、仮登録しました、本登録をお願いします、と来た。うるさいなあ、とまた削除。次には、退会するには10,000円かかります、とお金を請求。さらに未清算金は10,000円あります、次にお支払いはここに、という入金案内、今日中に支払わないと利息がつくとか、担当の◯◯からメッセージがあります、挙句がお金貸します、というメールが届いた。
 そこに来て、はじめて気がついた。新手の貸し金手法だったのかと。こうした内容のメールが、ほぼ2~3分おきに届き、よく見ると、同じような内容のパターンが繰り返されている。
 一応、利用した覚えなし、無視します、メールは送るな、といったメッセージを二度ほど相手のメールアドレスに送ったが、むろんなしのつぶて。
 相手は自動的に送りつけているのだろうが、来るほうはいちいち削除しなければならない。こういう状態が午後の1時頃から、夜まで続いて、いらいらしっぱなしだった。
 朝、うちでケータイを開いたら、どうもその日だけで終わったようだ。相手も効果はないと思ったのだろうか。メールはたぶんPCで送っているだろうから、相手もお金はかかっているわけだ。
 こちらの予防としては、迷惑メール申告をケータイ通信会社に送ったが、請求メールには無効、というメールも相手から送られてきた。
 こっちも無用なメールを送って、新たに課金されているわけで、異常なメールはもっとしっかりした防御策をケータイ通信会社にお願いしたいところだ。
 私はほとんどケータイメールは使っていない。使うならケータイ番号から送れるSMSにしている。それでも、どこかでなにかに登録したのだろうか、と記憶を探って、あまりにうるさいとお金を払ってしまう人もいるかもしれない。これが続くようなら、ケータイメールアドレスを変えようか、とも思った。
 マック、PCも含めてもう長い間、メールを使っているが、こんな経験ははじめてだった。こうしたことがもしあったら、無視するしかなく、変なウェブサイトには近寄らないことだろう。スマートフォンになって、きっと不快な経験は増えていることだろう。
  
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まず発送電分離だろう

2012-07-04 14:19:37 | Weblog
 7月から電力の買取り制度がスタートした。あちこちでメガソーラーの発電開始がメディアで報じられていた。
 どうもこの制度は眉唾だな、と思っていたら、ドイツなどでは後退しているという。買取りが増えれば、家庭の電力料金に上乗せになり、どんどん電力料が高くなると聞いて、やはり欠陥制度と言わざるを得ない。
 そもそも一般家庭のソーラーであろうと、電力会社とはライバル関係にある。そのライバルから、どうして電気を買わなければならないか。
 政治的に決まったから、というだけの理由だ。だからこの制度をしっかりと定着させるためには、前提が必要なのだ。
 それが発電と送電分離だ。発電会社は、さまざまな発電方式でいかに安く電気を作るかに腐心する。それを買い取るのが送電会社で、それこそいかに安い電気を買って、各ユーザーに配分するかが仕事だ。
 戦前は、発送電分離で「うちの電気を買ってください」と電気会社のセールスマンが回っていたそうだ。それがGHQによって現在の電力体制ができあがって、固定化して腐敗したわけだ。
 発電会社は、一般家庭のソーラーから風力、メガソーラー、地熱、揚水、火力発電などすべてが同一として位置付けられる。コストで負ければ、送電会社が買ってくれないから競争原理が働く。親方日の丸経営では潰れてしまう。
 送電会社も1社ではなく、一定の地域に2社以上を認可して、こちらも経営努力で低コストの電気を提供することで競争する。末端のユーザーは安いところから買えるようにシステムを作り上げる。
 むろんダイレクトでも大消費者と取引できるようにして、電気に関わるさまざまなビジネスを成立できるように環境を整えることが必要だ。
 そうなってはじめて買取り制度がノーマルな形でビジネスとして収まるのではないか。それをただ再生エネルギーを早く普及させたいために、拙速に制度をスタートし、税金投入による補助金で太陽光発電の拡大を無理して進めている。再生エネルギーは、売るよりも自家使用というのが自然な在り方だ。
 いずれ電気代が上がれば、ただ買う立場のユーザーから、制度への疑問が噴出することになろう。じゃあ買取り値段を下げるか。それでは、それをアテにして発電ビジネスをはじめたところは儲からず報われない。
 結局、いずれは八方塞がりの状態になることは目に見えている。制度よりも、まず発送電分離をしてからの話だろう、と思うがどうだろうか。
  
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