小さい頃に見たテレビドラマで、いかにも頑固そうな親父が、子供が遊ぶためのお金を稼ぐためにアルバイトをしたい、といった時に、学費を稼ぐためあるいは親を助けるために、アルバイトを余儀なくされている子供もいる、そういう子供のアルバイトこそが優先される。おまえの遊興費なら、おれが出してやる、と説教した場面があった。
このシーンが教えていることは、他意がなくても、他人の邪魔をしていることもある、自分の行動は常になんらかの形で他人に影響を与える、ということだろう。
翻って現代を見回すと、いよいよ高齢化社会になってきた。たまたま3連休があったが、繁華街は高齢者であふれている。いったい高齢者は、前述のシーンの意味を考えたことがあるのだろうか。
休日は、現役の勤労者が心身ともに休む日だ。どこかに出かけるのも、平日は働いているのだから、休日しか選べない。
一方の毎日が日曜日のリタイアの高齢者は、わざわざ休日を選んで出かけることはない。平日、しかも時間も自由なのだから、早めに行きたいところに行ったほうがいいと思う。
つまり自分たちの行動が、現役世代の人々の自由な行動を妨げていることも考えなければならない。
むろん休日に出かける権利はある。しかし、少しでもそうした想像をしたことがあるのだろうか。高齢者の自己中心主義、ジコチューの方々も増殖している。
美術館でも話題のスポットでも、とにかく高齢者が目立つようになった。元気はいい。お金を遣うこともいい。しかし、そこに他人に対する思いやりがあるのだろうか。
巷にあふれる高齢者の姿を見ると、なんとも無惨な気持ちになってくる。といって自分も高齢者であるが、まだ現役ではあるのだが、少しは反省して、これからは行動しよう、と思っている。
高齢者の女性にこの機会にご注文をひとつ。帽子を目深に被り、大きなマスクをして顔を隠すようにして出歩くのは、ちょっと止めてほしいなあ。あれではヘルメットのフルフェースに近く、ひどく暗いイメージを放っている。これも他人がどう思うか、という意味で興味深いことだ。
エッセー「団塊SONGS」を配信中。毎日曜日にhttp://ameblo.jp/shiratorimn/にアップロードしています。エッセーで書いた歌は「団塊SONGS」(検索)で聴くことができます。カメラと写真の情報は「Web写真人」で。
このシーンが教えていることは、他意がなくても、他人の邪魔をしていることもある、自分の行動は常になんらかの形で他人に影響を与える、ということだろう。
翻って現代を見回すと、いよいよ高齢化社会になってきた。たまたま3連休があったが、繁華街は高齢者であふれている。いったい高齢者は、前述のシーンの意味を考えたことがあるのだろうか。
休日は、現役の勤労者が心身ともに休む日だ。どこかに出かけるのも、平日は働いているのだから、休日しか選べない。
一方の毎日が日曜日のリタイアの高齢者は、わざわざ休日を選んで出かけることはない。平日、しかも時間も自由なのだから、早めに行きたいところに行ったほうがいいと思う。
つまり自分たちの行動が、現役世代の人々の自由な行動を妨げていることも考えなければならない。
むろん休日に出かける権利はある。しかし、少しでもそうした想像をしたことがあるのだろうか。高齢者の自己中心主義、ジコチューの方々も増殖している。
美術館でも話題のスポットでも、とにかく高齢者が目立つようになった。元気はいい。お金を遣うこともいい。しかし、そこに他人に対する思いやりがあるのだろうか。
巷にあふれる高齢者の姿を見ると、なんとも無惨な気持ちになってくる。といって自分も高齢者であるが、まだ現役ではあるのだが、少しは反省して、これからは行動しよう、と思っている。
高齢者の女性にこの機会にご注文をひとつ。帽子を目深に被り、大きなマスクをして顔を隠すようにして出歩くのは、ちょっと止めてほしいなあ。あれではヘルメットのフルフェースに近く、ひどく暗いイメージを放っている。これも他人がどう思うか、という意味で興味深いことだ。
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