睡眠薬を飲まされ、19歳の女の子と性行為をしているように見える写真を撮られてから一カ月が過ぎた。
その写真を見てしまった後の慶の行動は、予想もつかないものだった。
まず、その直後、おれは全身塩で洗われた。
その後一週間は、まったくおれに触れてくれず……
次の一週間は、毎日、セックスを強要(というと語弊がある? いや、あれは強要といってもいい気がする)。
そして、最も驚くべきことに……
その翌週にあった高校の同窓会で、ずっと隠していたおれたちの関係をカミングアウトしてしまった。約四半世紀越しのカミングアウト……。
同級生達は、裏ではどう言っているかは分からないけれど、表向きはみな、快く受け入れてくれたので安心した。途絶えていた親交も復活して、今後はおれ達の家が溜まり場になりそうで、嬉しいようなちょっと迷惑のような感じだ。
今まで、誰にも言えなかった二人の関係をたくさんの人に知ってもらえた上に、
『こいつはおれのもんだから誰にもやらねえよ』
なんて、友達の前で言ってもらえて、もう、幸せすぎて何をどうしたらいいかのかわからない。
慶は、誰もが振り返るほどの美形の持ち主で、皆に尊敬される医師であって、ファンクラブができるほど人気のある人なのに、実はものすごく嫉妬深い。おれに対する独占欲は半端ない。それがとてつもなく嬉しい。おれは愛されている。愛されている……。
***
「慶……朝ごはん……」
「ああ、昨日のカレーの残り食った。まだ寝てていいぞ?」
「ん……」
布団の中から慶が出勤の用意をしているのをぼんやり眺める。
土曜日の朝はいつもこんな感じだ。休みのおれを気遣って、慶は一人で静かに用意をしてくれる。
スーツを着てる慶……なんてカッコいいんだろう……。ウットリしてしまう。
時計をはめながら、慶が枕元にきてくれた。
「じゃあ、行ってくる。終わったら連絡するけど、一応、7時目安でな」
「ん。いってらっしゃ………」
軽いキス、と思いきや、重ねた唇を強く吸い込まれた。舌が侵入してきて絡めとられる。
「……っ」
昨日の夜も遅くまで愛を確かめ合っていたというのに、まだ足りない、とでもいうように体が反応してしまう。気がついた慶に、パジャマの上からそっと撫でられ、のけぞってしまった。
「もう、慶……っ」
「続き、帰ってからな」
ニッといたずらそうに笑い、もう一度、今度は軽くキスをしてくれる慶。
「じゃ、行ってきます」
「………いってらっしゃい」
ああ、もう、幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
幸せな気持ちに浸りながら、二度寝三度寝して、昼前にようやくベッドから抜け出る。
おれは毎週土曜日の午後、心療内科クリニックに通っている。通いはじめのころは、トラウマをほじくり返されてどん底に沈み込み大変だったけれど、今は泥沼から抜け出て、驚くほど体が軽い。
元々は、おれと両親との確執をどうにかしたい、と思ってくれた慶の気持ちを汲んではじめた通院だった。
でも、診療の中で、慶がどうしておれを好きになってくれたのか、慶がどれだけおれのことを愛してくれているのかを知ることができて、おれは生まれて初めて、心の底からの安定を手に入れた。
両親のことは今でも関わりたくない、としか思えないけれども、それでも、思い出して過呼吸の発作が起きることはなくなった。それはすごい進歩だ。
慶はおれの傷ついた心を守りたい、と思ってくれたらしい。それがきっかけで慶がおれに好意を持ってくれたというのなら、すべてのことがあるべきことだったのだと思えてくる。今のこの幸せは、あの苦しみの上に成り立っているのなら、それすらも受け入れよう。
今はただ、ひたすら、今のこの幸せを誰にも壊されたくない、とだけ思う。
**
「そろそろ一度、お母様とお会いになってみますか?」
「………はい」
戸田先生に言われ、渋々肯く。正直、憂鬱以外のなにものでもない。でも、手を打った方がいいということは分かっている。
「渋谷さんにも同席お願いしますか?」
「………いいえ」
慶には迷惑をかけたくない。おれがどんよりしているのを見て、戸田先生は首をかしげた。
「ご無理なさらなくて大丈夫ですよ? まだ時間をかけて……」
「いえ、あの母がこの数か月何もしてこなかったのは奇跡なんですよ。何かされる前にどうにかしないと、また前みたいに彼の職場に押しかけたり探偵を雇って見張らせたりされたらたまらない。もうこれ以上彼や彼の家族に迷惑をかけたくないんです。おれがなんとかできるのなら何とかしたくてそのためならおれはなんでも……っ」
「桜井さん?」
戸田先生に目の前で手を振られてハッとする。
「………すみません」
「いいえ」
戸田先生は軽く首をふると、真剣な瞳をこちらにむけた。
「でも一つだけ言わせてください。お母様も変わろうとなさってますよ?」
戸田先生……パンダみたいなメイクはあいかわらずだけど、やっぱり美人だな、とこんな時なのに思う。
「では……お母様の主治医とも相談して、日程を決めましょう」
「………お願いします」
深々と頭を下げると、「あ、そういえば」と戸田先生が口調を変えた。
「来週ですよね? お二人の同級生の方とのお食事会」
「あ! はい! そうですそうです!」
同窓会で再会した同級生二人に合コンの設定を頼まれたのだ。
「あの、見た目はおれみたいな感じでパッとしない奴らなんですけど、一人はメーカーで研究員をやってて、一人は役所勤めで……、性格その他には特に問題ないんですが、何しろ女性に縁がないというか何というか……」
「渋谷先生も全く同じことおっしゃってました」
クスクス笑っている戸田先生。
「私も友人も楽しみにしてますので、よろしくお願いします」
「お願いします!」
思わずおれも笑ってしまう。
美人女医とのお食事会。会場は夜景の綺麗なオシャレなレストラン、らしい。そこに慶と一緒に行けるなんて最高だ。
ほら、これからも楽しい予定がいっぱいだ。おれは今の幸せを守りたい。そのためなら、何でもしよう。
そう思いながらクリニックを出たところで、
「浩介先生………」
控え目な小さな声に呼び止められた。
おれの中で今、会ってはいけない人物トップ3の一人………
「三好さん………」
おれに睡眠薬を飲ませて、変な写真を慶に送りつけた張本人、三好羅々がポツンと立っていた。
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このまま書いたら長くなるので、いったん切ります。
お読みくださりありがとうございました!!
カミングアウトした同窓会の話はこちら→「カミングアウト・同窓会編」
になっております。ご参考までに……
次は、今回の続き・浩介視点28-2になります。
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