創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

風のゆくえには~ あいじょうのかたち30-2(浩介視点)

2015年10月20日 08時13分30秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 帰りは、田辺先輩が車で送ってくれるというのを丁重にお断りして、徒歩で駅に向かった。
 ちょうど高校時代の帰り道のような川べりに出たところで、慶がぼそっと言った。

「…………で? どう思った?」
「何が?」

 何のことを指しているか分からず聞き返すと、

「お前、それマジで聞いてんの? それともとぼけてんの?」
「…………え」

 本気で機嫌の悪い顔をしている慶……。
 どう思った?って言われても……。

「ごめん。おれはあんなに小さい子とはあまり接した経験ないから何とも……」
「ちげーよ」
「え」

 違う?

「優吾君のことじゃなくて」
「うん」
「あの………」

 慶は立ち止まり、おれを見上げると……

「やっぱいい」
「え?」

 プイッと歩き出す慶。慌てて追いかける。
 こういうシチュエーション、今までに何度もあった。ここで聞かないと後々まで引きずることは身をもって体験済みだ。

「慶」
 腕を掴んでこちらを向かさせる。慶、眉間にシワがよってる。

「何だよ」
「慶が、やっぱいい、とか、何でもない、とか言って、何でもなかったためしないでしょ。何年付き合ってると思ってるの」
「………」

 慶が一瞬泣きそうな顔になった。

「…………慶」
 ドキッとする。

 と、同時にひどく懐かしい感覚にとらわれた。前にもこんなことが……

 夏の夕暮れの中、慶の腕を掴んで振り向かせ………振り向いた慶は今みたいに泣きそうな顔をしていて………

 あの時おれは、おれ達は何の話を………

『何で慶が泣きそうになってるの?』
『お前が泣きそうだからつられてんだよっ』
『じゃあ一緒に泣こうよ~』
『ばーか』

 それから二人で土手に寝転んで夕焼けの空を見上げた。空の赤と青がすごく綺麗だったのを覚えてる。

 あれは…………

「美幸さんが田辺先輩と付き合うことになったときか……」
「何言ってんだお前?」

 いぶかしげに聞き返した慶に問いかける。

「ほら、高校の時に、今と同じ感じになったの覚えてない? ちょうどこんな夕暮れ時で……」
「ああ」

 慶がすぐに頷いた。

「お前が美幸さんに振られた時な」
「振られてないよ。別に告白もしてないし。ただ田辺先輩のところに美幸さんを連れていっただけで……」

 あの時、慶は………

『お前、本当に美幸さんのこと好きなんだな』

 そう泣きそうな目をして言って、背を向けたのだ。だから、腕を掴んでこちらを向かせて……

 考えてみたら、慶はあの時すでにおれのことを好きだったということになる。どんな思いでその言葉を言ったのだろう。どんな気持ちで隣にいてくれたんだろう……。

「……ちょっと寄り道するか」

 慶は小さくいうと土手を下りていき、途中で腰かけた。河川敷では小学生くらいの子供たちが遊んでいる。

 隣に腰かけ、川に目をやるその整った横顔を惚れ惚れと見つめる。まるで高校時代に戻ったようだ。

 慶はあの頃から全然変わらない。強くて、綺麗で、優しくて、可愛くて、温かくて……
 こんな人が一途におれのことを思い続けてくれているなんて………。

 そんなおれの浮かれた気持ちとは対象的に、慶は思い詰めたような顔をしたままだ。

「慶?」
「………」

 心配になって呼びかけると、慶がふっと息をついた。

「さっき聞きたかったのは……」
「うん」
「お前が久しぶりに美幸さんを見てどう思ったかってこと」
「美幸さん? ………慶?」

 そっと手を重ねられた。慶、手が震えてる……?

「どう、思った?」
「どうって………」

 慶、何を聞きたいんだろう?

「うーん……大変そうだなあって思った」

 素直に答えると、慶の手にさらに力が入った。………慶?

「それだけ?」
「あとは……女の人って母親になるとみんなあんな風になっちゃうのかなあ……とか」

 別人のようになって、息子に手を振り上げた美幸さんの姿を思い出して、胸が痛くなる。

 あの、女神のようだった美幸さんがあんなことをするなんて……まるでおれの母のようで……

 と、思い出の中に入り込みそうになったところ、

「………ごめんっ」
「え?」

 慶の声に呼び戻された。

 ごめん?

「ごめんごめんごめんごめんっ」
「慶?」

 慶はおれの手を掴んだまま、頭を抱え込んでしまった。なんだなんだ?

「何? どうしたの?」
「………ごめん」

 慶は下を向いたまま、言いにくそうにつぶやいた。

「おれ……自分のことばっかだな」
「え?」
「おれ、だめなんだよ、やっぱり。美幸さん苦手」
「え」

 そんな風には全然見えなかった。慶は頼りがいのあるお医者さんって感じで、すごいかっこよかったよ?

 そういうと、慶は苦笑した。

「医者モード入ってないと冷静さ保てる自信なかったからな」
「冷静さって………、あっ」

 しまった! と思い出す。途中までは覚えていたのに、今まで約束をすっかり忘れていた。

「ご、ごめん。忘れてた。おれ、一秒以上続けて見ないっていったのに、最後の方見てたかも……」
「かもじゃなくて、見てたよ、お前」
「………ごめん」

 それで機嫌悪かったのか……っていうか、「どう思った?」ってそういうことか……

「ごめんね、おれ、ホントダメだね。慶の気持ち考えられてなかった」
「いや、嫉妬深すぎるおれが悪い。一秒の話は忘れてくれ」
「慶………」

 掴まれていた手を、絡めるように繋ぎ直す。ギュギュッと握ると慶が少し笑ってくれた。ちょっと安心する。

「あのね、慶」
「ん」

 慶。愛おしい慶。手が震えてしまうほど嫉妬してくれていたなんて。抱きしめたい衝動が沸き起こるけれども何とか我慢する。

「ずっと前にも言ったことあるけど……おれ、美幸さんのことは恋愛感情とは違ったんじゃないかなあって思ってて」
「…………」
「女神、とか思ってたし」
「ああ……そんなこと言ってたな」

 軽く肯く慶。機嫌悪くなってないかな、大丈夫かな、と心配ながらも話を続ける。

「それで、今回もね、おれ、美幸さんはすごいいいお母さんになってるんだろうなって勝手に思ってたんだよね。高校の時みたいにいつもニコニコしててちょっとぽやんとしてて、でも肝心なところではビシッと決める、みたいなお母さんにさ」
「…………」
「あ、そうか」

 ここまで言葉に出してみて、はじめて気が付いた。

「おれ、高校の時も、美幸さんの中に、理想の母親像を見てたのかもしれないね」

 そう考えると、色々なことに納得がいく。
 美幸さんのことを好き、と言いながらも、そばにいられるだけで充分で、性的な欲求がまったく起きなかったのは、母親像を求めていたからなのかもしれない。

 こういう風に振り返られるのは、おそらく心療内科で治療を受けているおかげだろう。最近、自分の言動を冷静に分析できるようになってきている。

「でも、実際お母さんになった美幸さんは……」
 あの姿は少なからずショックだった。あの美幸さんがおれの母みたいに目を吊り上げていて……

「親ってのは大変だよ」
 慶がポツリという。

「おれはその一時しか一緒にいないから、いくらでも冷静に見られるけど、親はそれが24時間続くからな。」
「……………」

 おれの母親も、もしかしたらおれが生まれる前までは、もっと違う人だったのだろうか。

 いや、そもそも、母もおれに関わらなければ、普通のそこらへんにいる女性の一人でしかない気もする。料理上手で裁縫も得意で、本来なら自慢の母になるはずだったのでは……。

「慶……」
「ん」

 再びキュキュキュッと絡めた手に力を入れる。愛おしさが伝わってくる。

 こんな風に冷静に母のことを考えられるようになったのも慶がいてくれるおかげだ。
 昔からずっとずっと一緒にいてくれて、ずっと支えてくれている慶……。

 あらためて、溢れてくる思いを言葉にする。

「おれね、慶が好き」
「………」
「大好き」
「………お前」

 慶は何かを言いかけ、また黙ってしまった。かまわず今湧き上がっている思いを告げる。

「あのね、慶。おれ、潔癖症じゃん?」
「何を急に……」

 眉を寄せた慶に、身を寄せてピッタリくっつく。

「だから一生キスとか出来ないと思ってたんだよ。でも慶とだけはしたいと思った。美幸さんにしたいと思ったことは一度もないよ」
「それは、女神だから穢しちゃいけないとかそういう神聖化の上での……」
「それもあるのかもしれないけど、でも、絶対無理。おれ、他の人とそういうことするって思うだけで吐き気がこみあげてくる」
「…………」

 困ったような顔をした慶の手に口づける。

「でも、慶とだけはしたいと思う。慶のものは何でも欲しい。心も体も、精液も唾液も全部」
「………っ」

 途端に真っ赤になっていく慶。

「おま……っそういう具体的名称言うなよ恥ずかしいっ」
「だって、本当のことなんだもん」
「………」

 変態、とボソッと言う慶に、えへへ、と笑ってみせる。

「自覚あるよ。おれ慶に関してだけは、昔っからおかしいもん」
「………」

「慶だけは特別。だから、美幸さんのことはもう……」
「それとこれとは話は別だ」
「え」

 せっかくいい流れだと思ったのに、バッサリ切られた。

「言うとホントにバカバカしいから言いたくないんだけどこの際だから言うけどな」

 慶は子供みたいに頬を膨らませると、ブツブツいいだした。

「お前、あの頃、美幸さんにぽやーっと見惚れてたり、昇降口の前でソワソワ待ち伏せしたりしただろ。美幸さんのことを恋愛感情的に好きだったんじゃないとしたって、そういう初恋的な行動を美幸さんのためにしてたのは事実だろ」
「……慶」

 ポンポンと頭をなでると、ますます慶の頬が膨らんだ。

「そういう初めてのことの相手がおれじゃないってのが、なんかすっげえ悔しいんだよっ」
「慶………」

 本気で怒ったように言う慶。まるで子供だ。
 かわいいすぎる。本当に高校時代に戻ったみたいだ。

 負けず嫌いの慶。昔から、そう。中学時代に偶然バスケの試合で見た慶も、負けず嫌い全開で……

「あれ?」

 中学時代のことを思い出して、はっと気が付く。

 そうだ。そうじゃないか。

「慶、違うよ。やっぱりおれの初めては慶だ」
「は?」

 眉間にシワを寄せた慶に、ピッと指を立ててみせる。

「おれ、この話したら引かれるんじゃないかと思ってずっと言えなかったんだけどさ」
「なんだ今さら」

 今さら何を言われても引かねえよ、と慶。
 それもそれで何だなあと苦笑いしながら話を続ける。

「中学の時、慶のバスケの試合を見たって言ったでしょ?」
「あー、うん」

 おれは故意に中学の時の話をするのを避けてきたので、慶にこのころの話を詳しくしたことはない。慶もおれが今さら話しだしたことにちょっとビックリしているようだ。

「あの頃おれね、離人症っていうの? こう、ブラウン管の中にいる状態なのがひどくて……」
「うん」

 一度離していた手をもう一度つないでくれる慶。

「そんな褪せてる世界の中で、慶の姿だけが光輝いていて……、それこそ、ぽやーと見惚れてたってレベルじゃなくて、息するの忘れて苦しくなるくらい慶に見惚れてた」
「…………」
「慶は本当に綺麗で眩しくて、こんな人がこの世の中にいるんだって感動した。ずっとずっと見ていたかった」
「…………」

 照れたように慶がうつむく。かわいい。

「それでね、おれ、慶のこともう一度見たくて、慶の中学の校門の近くで待ち伏せしてたことがあるんだよ」
「えええ?!」

 慶が河川敷の子供数人がこちらを振り返るくらい大きな声で叫び、ハッとしたように声をひそめた。

「マジかよ……初めて聞いた」
「うん。だから引かれるかなと思って言えなかったんだって」
「引かねえよ……引くわけねえだろ」

 慶、本気で驚いてる。そんなに驚く話だったか……

「でも、おれ、お前のこと見た覚えねえぞ?」
「うん。1週間ぐらい通ったんだけど、会えなかったから」
「え、なんで……、あ、そうか! おれが怪我して入院してた時ってことか!」

 そうなのだ。高校になって再会してから怪我のことを聞き、あの時会えなかった理由を知った。

「うわーそうか。ごめんなー」
「ごめんって」

 笑ってしまう。何年……何十年も前の話だ。

「だから、見惚れたのも、待ち伏せも、慶が初めてだよ」
「そうか……」

 まだ驚いた表情をしたままの愛おしい慶を見つめ返す。たくさんの初めてを思い出す。

「友達になったのも、自転車の二人乗りしたのも、慶が初めて。……それに」

 繋いでいる手に口づける。

「抱きしめたのも、デートしたのも、キスしたのも、セックスしたのも、慶が初めて」
「………」
「初めてで唯一。おれのたった一人の人」
「………浩介」

 見つめあう。あの頃と少しも変わらない輝く瞳。その瞳に写る自分だけは好きになれた。

 あなたと一緒にいられたら何もこわくない。

「慶………」

 そっと頬に触れ、その愛おしい唇に………

「って、公衆の面前で何しようとしてんだ、お前」
「いたっ」

 思い切り額を叩かれた………。

「けーいーっ」
「子供が見てる。ほら」

 言われて河川敷に視線をやったけど、みんな遊びに夢中でこっちなんか見ていない。

「見てないじゃん」
「さっき見てたんだよ」
「今見てないからっ」

 隙を狙って一瞬だけ唇を合わせる。慶の柔らかい唇……。

「あー、慶の唇って、なんでこんなに柔らかくて気持ちいんだろう……」

 思わずしみじみとつぶやくと、

「うるせえよっ」
「うわわっ」

 真っ赤になった慶が立ち上がって蹴ってきた。

「そういう恥ずかしいことを外で言うなっ」
「じゃ、うちでならいい?」
「…………」

 ピタリと足が止まった。そして、

「………いい」

 ボソッと言うと、慶はさっさと土手を上がって行ってしまった。

 いい、だって。かわいすぎだ。………何言おうかな。慶が照れそうなことたくさん言ってやろう。

「浩介?」
 振り返った慶。夕日に照らされた美しい姿。まるで映画の一シーンのよう。

「帰るぞ?」
「うん」

 帰る。うちに帰る。おれ達のうちに。

 色々な、本当に色々なことがあったけれど、今、一緒の「うち」に帰れることが何よりも嬉しい。

「けいー大好きー」
「だからそういうことはうちに帰ってからにしろっ」

 うちに帰ってから。
 それが何よりも幸せだ。



----------------


以上です。
長っ!長い!いつまで喋ってんの?!え?その話、今するの?
という感じの回でございました。

でも、ちょっとずつ、浩介の、お母さんに対する気持ちに変化が………
そして、慶の、美幸さんに対する対抗心もちょっとは減ったかもしれません。

よろしければ次回もどうぞよろしくお願いいたします!!

----

クリックしてくださった方々、本当に本当にありがとうございます!
こんな地味で真面目な話にご理解示していただけるなんて、なんて幸せなことでしょう…。本当にありがとうございます!

よろしければ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ご新規の方も、よろしければ、どうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする