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風のゆくえには~ あいじょうのかたち32(浩介視点)

2015年10月24日 07時44分34秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 この世の中に、慶とおれしかいなければいいのに。

 そんなことをよく思う。
 そうすれば、嫉妬したり嫉妬されたりせずに、ただ純粋に愛すること愛されることだけに溺れていられるのに………


 慶は、素晴らしく美しい容姿をしている。ただ美しいだけではなく、人目をひくオーラを持ち合わせているので、どこにいても老若男女問わずちらちらと視線を送られる。でも、その中性的な容姿とは裏腹に、性格は男らしく一刀両断的。そのギャップが魅力的。わりと人懐っこいので友達も多い。

 そんな彼が、こんなどこにでもいるような平凡なおれを一途に想ってくれている。想ってくれているだけでなく、おれに対する独占欲は凄まじく、ものすっごく嫉妬深い……なんて、誰も信じてくれないだろうな。


***

 おれは毎週土曜日の二時から、心療内科の戸田先生の診療を受けている。

 今日は、来週にせまった母親とのカウンセリングに向けて、最終調整を行った。
 合同カウンセリング、本当は先月行うはずだったのだけれども、当日熱を出してしまい(精神的なものだったのか、カウンセリングの予定時間を過ぎたらすぐに下がった)、延期になっていたのだ。でも来週は慶にも同行してもらうので大丈夫だと思う。

 慶は今日も仕事の昼休みを調整して、最後の方だけ顔をだしてくれた。
 もちろん、来週のために慶は来てくれたのだけれども、本当の目的はたぶん違う……。

 今日の診察の後、おれ達の高校時代の先輩である美幸さんのお子さんを、美幸さんが診察を受けている間だけ預かることになっているのだ。

 美幸さんというのは、おれの初恋(というと語弊があるのだけれども…)の人なので、慶はおれと美幸さんが会うことを、ものすごくものすごーく嫌がっている。
 でも、美幸さんのお子さん、優吾君の発達に気になることがあり、それを放っておけない医者の鏡である慶は、おれと美幸さんとの接触を渋々目をつむっている、という状況だ。

 おそらく今日、仕事を調整してまで来てくれたのは、おれと美幸さんを二人きりで話させないため……というのが一番大きな理由なんではないだろうか。

 慶のその嫉妬心、愛してくれている証拠なので嬉しいは嬉しいんだけど……正直、ちょっと面倒くさい時もある。……なんて言ったら、何されるか分からないから怖くて絶対言えないけど。
 慶はあんなに中性的で綺麗な顔をしているのに、鍛えているから力も強いし、わりと短気で手も足もすぐ出るので、怒らせると本当にこわいのだ。
 でも、ベッドの中ではおれに責め立てられて、イイ声で啼いてたり、妙に甘えてきたり、そのかわいさといったら、もう……


「渋谷君! 桜井君!」
「!」

 診察室から出て受付に向かいながら、慶の後ろでイカガワシイ妄想を膨らませていたところに、美幸さんの緊迫した声が飛びこんできた。

「優吾こっちにこなかった?!」
「え?!」

 切羽詰まった表情をした美幸さん。

「受付してる間にいなくなっちゃったの。探してるんだけど見つからなくて」
「え……」

 そ、それは大変……。血の気が引いてしまったところに、慶の淡々とした声が聞こえてきた。

「いつからですか?」
「5、6分前……かな」

 慶は軽く肯くと、おれを振り返った。 

「浩介、お前外を探してくれ。名前は呼ぶな。目視で探せ。見つけたら、危険がない限りは声はかけないで、携帯で知らせて美幸さんの到着を待て」
「は、はい」
「おれは防犯カメラチェックしてくれるよう頼んでくる。美幸さん、もう一度院内を探してください」

 美幸さんが震えながらコクンと肯く。
 トラブルが起きた時、慶はいつもにもまして冷静になる。有無を言わせない迫力に、おれも美幸さんもすぐさま指示に従う。

 外……事故にあったりしてないといいのだが。


 玄関を出ると、熱風が体にまとわりついてきた。今日も35℃まで上がるという予報通り、異常な暑さだ。
 病院前の駐車場にもいないので、敷地内から出てみる。確か駅に行く一本道の途中に公園があったような……

 進んでみると記憶通り、数件の家を挟んで、小さな公園が出てきた。入り口に生い茂っている木の陰からのぞいてみたところ、

「あ、いた」

 ホッと胸をなでおろす。父親である田辺先輩によく似た面差しの、小さな男の子。
 ベンチに日傘をさして座っている女性の横で、何かしているようだが、今はその女性の陰になって何をしているのかよく見えない。

 とりあえず、慶と美幸さんにメールで知らせる。

 慶からは声をかけるなと言われているので、木陰に隠れて様子をうかがっていたのだが……

「………」
 何か、モヤモヤとしたものを感じて心臓をおさえる。なんだろう……この光景、見たことがあるような……

 分からないまま、その場でジッとしていたら、美幸さんがこちらに向かって走ってくるのが見えた。こっち、と指をさすと、美幸さんはおれの前を軽く会釈して通り過ぎ、すぐさま優吾君の元に走り寄った。

「優吾っ何してるのっ」

 美幸さんの尖った声に、日傘の女性が振り返った。

「あら、ボク、ママ来たわよ」
「!!!!」

 その、声……
 その、姿……

 心臓が、止まるかと思った。

 美幸さんにニッコリと笑いかけているその女性は……その女性は。

(お……母さん……)

 おれの母親、だった。


 立っていられず、その場にしゃがみこみ、木の幹に額をあてて息を整える。

(なんでこんなところにいるんだよ……っ)

 苦しい、けれども過呼吸までは起きていない。すごい成長だ。なんて自分で自分を褒めていたところで、

「きゃあっすみませんっ、もう、優吾っ何してるのよっ」

 美幸さんの悲鳴が聞こえてきた。
 どうやら、優吾君が母のカバンの中身をベンチに並べてしまっているようだった。

「すみません。本当にすみません。すぐにやめさせますので…ほら、優吾!やめなさい!」
「あら、いいわよ、お母さん」

 美幸さんのトゲトゲした声にかぶさるように、母が穏やかな口調で言った。

「気になるのよね? このカバンの中、何入ってるのかな? ってね?」
「すみません……っほら、優吾……」
「いいわよいいわよ。好きなだけやらせてあげなさいよ」

 母はなぜか、うふふ、と笑った。

「好奇心旺盛ってことよ。いいことよ? かしこい子になるわ」
「でも……」

 困ったような顔をした美幸さんに、母が微笑みかけている。

「うちの息子もね、小さい頃はこういう風に、何でもかんでも興味を示してね。家じゅうの引き出しから物を出したりしていたのよ」
「あ……うちもです。困りますよね」

 美幸さんが少しホッとしたように笑った。

 うちの息子って……当然、おれのことだ。そんな話、聞いたこともない……。

「息子さん……いつそういうのなくなりました?」
「そうね……幼稚園に入る頃かしら」
「幼稚園かあ……入れるのかな……こんな調子で」
「あら、大丈夫よ」

 母は気軽な感じに、美幸さんの腕をポンポンとたたいた。

「そのうち興味が一つのことに向くようになるわ。それまでは色々なことに触れさせてあげればいいのよ」
「でも……、あ、やだ、優吾っ」
「ああ、いいからいいから」
「ああ……本当に、すみません……」

 ベンチの上から落ちてしまったものを、美幸さんがしゃがんで拾いながら謝っている。

「すみません。本当に………」
「大丈夫よ。謝らないで大丈夫だから。大丈夫よ」
「………」

 美幸さんが、母を見上げて、首を振った。

「でも、ご迷惑を……」
「別に迷惑じゃないわよ。息子の小さい頃をみているみたいで懐かしいわ」
「…………」

 母は目を細めて優吾君を見つめている。

「この子もきっと、うちの息子みたいに、頭が良くて、優しい子になるわよ」
「そう……だといいんですけど」
「大丈夫よ。今が一番大変な時よね? ここが過ぎると……そうね、今度は、幼稚園でお友達できたかしら?とかお勉強はどうかしら?とか別の心配が出てきて……結局、ずっと、子供のことが心配なのよね。親なんてそんなものね。成人した今だって心配でしょうがないんだから」
「そう……ですか」

 ふっと笑う美幸さん。

「ずっと、心配ですね」
「そうよ。そんなものよ?」
「そう……ですよね。あ、優吾……」

 優吾君が、一度出して綺麗に並べたものを、今度はカバンの中にしまいはじめた。

「あら、しまってくれるの。ありがとう」
「もう……優吾……」

 美幸さんが呆れたようにため息をつく。

「本当にすみません……」
「だから大丈夫よ。謝らないで。謝ってばかりじゃ疲れちゃうわよ」
「でも……」
「子供なんてすぐに大きくなって手元から離れていっちゃうんだから、今一緒にいられること楽しまないとね」
「…………」

 美幸さん、おもむろに立ち上がって、深々と頭を下げた。

「ありがとう……ございます」
「こちらこそ。懐かしかったわ。あ、ボク、帰るの? またね」

 カバンの中身を全部入れ終わって満足したのか、優吾君はスタスタと公園の出口に向かって歩きだした。

「す、すみませんっ、ありがとうございましたっ。優吾……っ」

 慌てて美幸さんが追いかけてくる。おれも立ち上がろうとして、

「……慶」

 いつからいたのか、おれの後ろに慶がいて、おれのことを引っ張り上げてくれた。母から見えない角度でコッソリと木陰から道路に出る。


「……びっくりした。なんであの人いるんだろう」

 美幸さんと優吾君の後ろを歩きながら、二人に聞こえないようつぶやくと、慶も小さく言い返してきた。

「お前のこと見るためかもな」
「え」

 おれを見るため……?

「お母さん、合同カウンセリングの予定時間が、お前が普段カウンセリングを受けている時間だって気がついたんじゃないか? だから、この時間にあそこで待ってれば、お前が駅まで行くのに必ず通り過ぎるって思って……」
「……こわっ」

 思わず身震いする。

「まるでストーカーだね」
「まあ、そういうなよ」

 慶が苦笑する。

「お母さん、本当にお前のことが心配なんだろ。さっきも言ってたじゃねえか」
「…………」

 その心配が余計なお世話だというんだ。

「頭が良くて、優しい子、だってな」
「………別に頭良くないし優しくないし」

 意味が分からない。だいたい、あんな理解のある母親面して、偉そうに。自分は散々、思い通りにならないおれに当たり散らしてたくせに。


「お騒がせしてごめんなさい」
 病院の駐車場に入ったところで美幸さんがくるりと振り返った。

「予約の時間、過ぎちゃったね」
「事情説明してあるから大丈夫ですよ?」

 慶がいうと、美幸さんが安心したように微笑んだ。

「なんか迷惑かけて申し訳なかったけど……良かったな」
「え?」

 首を傾げると、美幸さんがんーーっと伸びをした。

「さっきの女の人が言ってくれたの。すぐ手元からいなくなっちゃうんだから、今一緒にいられること楽しまないとって。ああそうだよなーと思ってさ」
「………」
「あんな風に、大丈夫大丈夫って言われたこと初めてだし、謝らなくていいなんて言ってもらえたのも初めてで、なんかすごく嬉しかった」

 美幸さん、少し涙目になってる……。

「それは、良かった」
 慶がニッコリと言うと、美幸さんも小さく笑った。

「…………」

 おれは……何を思えばいいのか分からない。

 あの人はまだあのベンチに座っているのだろうか。手元からいなくなった息子を待って、座り続けているのだろうか……


***


 帰りは慶に車で迎えに来てもらった。
 母がここら辺にいるかもしれないと思ったら、怖くて病院から出られなかったからだ。

「優吾君、どうだった?」
「うん。あのパズルはまったみたいで、結局あの後もずっと大人しくパズルをやってたよ」
「そうか……」

 慶は途中で仕事に戻ったので、優吾君が帰るまでは一緒にいられなかったのだ。

「それで、慶の言った通り、あと一回、の約束して、それが終わったら車で帰る。車の中でDVDを見るって説明したら、すんなり終わることができて、美幸さんも驚いてた」
「ふーん」

 ……あ、しまった。美幸さんの名前を出してしまった……。
 機嫌悪くなった? と心配になったけど、慶はそのまま普通に話を続けてくれた。

「で、美幸さんはどうだったんだ?」
「ああ、うん……美幸さん、なんかスッキリした顔してた、かな」
「ふーん」
「…………」

 ふーん、って、なんかこわいんですけど……。
 慶は運転に集中してるのか、何か考えてるのか分からない真面目な顔で前をジッとみている…。こんなことなら運転代わればよかった…。

 だいたい、慶は美形すぎるから、真面目な顔してるとこわいんだ。その顔で見つめられると固まってしまう。まるで睨んで人を石に変える伝説の何かみたいだ。あれなんて名前だったっけ。えーと……

「ゴルゴン……」
「ゴルゴン?」
「何でもない何でもない」

 思わず言葉に出てしまったのを聞き咎められて、ブンブン手を振る。こんなこと思ってるなんて知られたら、それこそ石にされてしまう。
 慶はいぶかしげに、

「何だよ? ゴルゴンゾーラ? 夕飯の話か?」
「あ……うんうんうん」

 慶の勘違いに乗っかることにする。慶はチーズ系の食べ物が大好きなのだ。

「夕飯、どっか寄るか?」
「あ、ううん。鶏肉、今日が賞味期限だから帰ってもいい?」
「ああ、もちろん」
「ゴルゴンゾーラチーズのソースで煮ようかな」
「それはいいな」

 言いながらも大きく息をはいた慶。……疲れてるのかな?

「大丈夫? 慶? 疲れてる?」
「いや、別に」

 でも、ずっと真面目な顔をして真っ直ぐ前を見たままだ。

「慶……やっぱり今日色々あったから疲れて……」
「悪い。ちょっと話しかけないでくれるか?」
「あ……はい」

 やっぱり美幸さんに会ったことを気にしてるんだろうか…

 静かな車内でうーん……と唸りそうになったところ、急に慶が車を減速させて、路肩に停車した。工場の横の道路で、車通りも人通りも少なく、よくタクシーやトラックの運転手が昼寝のために路駐しているところだ。

「運転交代?」

 やっぱり疲れてるんでしょ? 
 言いながら、運転席の慶の方を向いたのと同時に、

「………え」

 ぽかん、としてしまった。

 今……キスされた。ほんの触れるだけの、したかしてないか分からないくらいの軽いキス。

 目の前に慶の綺麗な瞳がある。慶の細い指がおれの頬を辿っている。

「……慶?」
「限界だ」
「え」

 もう一度、触れるだけのキス。

「心の狭いおれは、お前の口から美幸さんの名前が出てくる度に、唇をふさぎたくなる」
「………」
「だから車の中で美幸さんのこと話すのはやめてくれ。危険過ぎる」
「………慶」

 あいかわらずの嫉妬心、独占欲……

 本当に面倒くさい人だ。

 でも……そんなところも、好き。

「じゃあ、帰ってからするね」
「別にしなくていい」
「するする。だってその分キスしてくれるんでしょ?」
「しなくてもする」

 もう一度、柔らかいキス。
 
「何度でも、する」
「慶………」

 おれたち今まで何回キスしたかな。
 これから何回するのかな。

 慶の唇に触れながら思う。

「慶、大好き」
「ん」

 これからもたくさんたくさんキスしよう。
 嫉妬も愛情もすべてキスに変えよう。




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以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました!

今回はいつもにも増してさらに真面目な話で……すみません。
もう物語終盤に差し掛かっている感じで…。
書き終わるのが寂しいので、またアホらしい短編でもちょいちょい挟もうかな…いやいや、ちゃんと終わらせてからにしようよ…。
という葛藤にかられております。はい。

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

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こんな真面目な話なのに……有り難すぎて申し訳ないというか何というか……もう、すみません。
いつも本当にありがとうございます。
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