ついに、恐れていた瞬間がきてしまった。
「好きな人が、できたんだ」
そう浩介が、恥ずかしそうに、言った。
話は4日前に遡る。
5月の第2木曜日。写真部活動2回目。
せっかく同じ部活に入ったというのに、浩介は1回目も2回目も来ていない。バスケ部で大きな試合があるため、木曜日も練習になってしまったからだ。
今日は雨だから練習ないと思ったのに、バトン部が体育館を譲ってくれたとかで(譲るなよ!)今日もこない……
ゴールデンウィークも試合や練習で全然遊べなかったし……バスケ部の存在が恨めしい……
「お兄ちゃん、楽しい?」
「………おもしろい」
妹、南の言葉に適当に肯く。
今、現像液というのを作っている。化学の実験みたいで面白い。おれは写真を撮ったりするより、こういう作業をしているほうが性に合っている。
そんな中で……
「………あ」
横でシャッターを切る音がした。まただ……
「あのー……」
「気にするな。続けろ」
「気にするなって言われても!」
横で写真を撮られて気にならないわけがない!!
前回もそうだったのだけれど、部長である橘先輩がやたらとおれの写真を撮ってくるから困っている。
「もう、お兄ちゃん!」
妹である真理子ちゃんのたしなめも聞かず、橘先輩はジーッとカメラを構え続けていて……困る。
「いいじゃないの。お兄ちゃん。減るもんじゃなし」
「うるせーよ」
南がニヤニヤと言うので言い返す。あっちでもお兄ちゃん、こっちでもお兄ちゃん、紛らわしい。でも、真理子ちゃんの「お兄ちゃん」は軽やかで可愛らしくて、南の「お兄ちゃん」は低くてかわいげがないので間違えることはない。
「お兄ちゃん、渋谷先輩モデルの写真を次のコンテストに出すつもりなの?」
「いや」
真理子ちゃんの問いに、橘先輩はようやくカメラから目を離した。
「今年は出すのをやめようと思っている」
「え?」
「今年は文化祭だけでいい」
「えええええ?!」
真理子ちゃん、悲鳴みたいな声をあげた。
おれと南は様子が分からず、きょとんとしてしまう。
「どうして? どうして出さないの?!」
「……………」
橘先輩はなぜかちらっと、自分が昨年撮って入選したという、バレーボール選手の写真を見ると、またカメラに視線を戻した。
「俺以外はみんな初心者なんだし、文化祭で充分だ。っていうか、文化祭に出せるレベルのものが撮れるかどうかも怪しいくらいだろ。5分後に撮影練習はじめるぞ」
「えー……」
ブツブツ言う真理子ちゃんを置いて、おれと南で片付けをはじめる。……と、またシャッター音……。
「だから、先輩……」
「気にするな。さっさと片づけろ」
「………」
ホントに……どうにかしてほしい……
***
カメラの操作の練習をしていたら、あっという間に5時半になってしまった。
バスケ部の練習が終わったら一緒に帰ろうって言おうと思っていたのに、浩介は今日一日中なんかソワソワしていて、その上、帰りのホームルームが終わった途端、ものすごい勢いで部活に行ってしまったので、声をかけそびれてしまった。
まあでも、先週も、バスケ部が終わってすぐに写真部の部室にきてくれて一緒に帰ったし、言わなくてもここで待っていれば来てくれるんだろう、と思いながら、部室の窓から外を眺めていたら……
「あれ……」
浩介がいる。
昇降口を出たところで、浩介が傘をさして立っていた。もう制服に着替えているしカバンも持っているので、あとは帰るだけの状態だ。
「なんだ?」
おれ達は下駄箱の場所も上下なので、靴に履き替えた時におれが校内にいることは分かっているだろう。入れ違いになるのを避けるためにそこで待ってるのか?
「雨降ってるのに……」
バカだなあ……と思いながら、それじゃ、すぐに下に降りるか、と立ち上がった、その時だった。
「…………え?」
浩介が、昇降口からでてくる誰かに向かって手を振っている。
(………誰だ?)
赤い傘が浩介の前で止まった。
何か話している……
浩介、笑ってる………
そして、校門の方に向かって二人並んで歩いていく。おれの見ている真下を通って。
浩介、こちらに気がつきもしない。おれがいるっていうのに……
(………誰だよ?)
赤い傘が傾いて、さしている女の横顔が見えた。ショートカット……結構美人……。
見たことあるような……たぶん同じ学年ではない。先輩……?
浩介の黒い傘と、その女の赤い傘は、並んで校門から出ていってしまった。
おれが待っていたのに……待っていたのに、気がつかないで、行ってしまった。
***
翌日、浩介は何も言わなかったから、おれも聞かなかった。というか、聞けなかった。というか、聞きたくなかった。
浩介は、なんとなくフワフワしている感じがしたけれども、それもおれの考えすぎかもしれないし、そうなのかもしれないし、分からない。
だいたいあの女はどこのどいつなんだ……
という謎は週末に解けた。
週末のバスケ部の試合を見に行ったら、女子バスケ部の集団の中にあの女がいたからだ。やっぱり結構美人。スタイルがいい。おれと同じくらいの背だろうか……。
浩介、またあの女と少しだけ話しをしていた。
浩介のあの表情、あれは………。
考えたくなくて、思考を停止させる。考えたくない。考えたくない……。
そして………月曜日の放課後。
中間試験一週間前で部活停止のため、いつものようにおれの部屋で一緒に勉強していた最中、恐れていた瞬間が訪れた。
「慶………相談があるんだけど」
「……………」
浩介のはにかんだ笑顔………
嫌な予感しかしない。聞きたくない。聞きたくない………
耳を塞ぎたいのを理性で押し留めて、「なんだ?」と浩介に問いかけると、
「おれ………」
浩介は今までに見たことがないくらい真っ赤になって…………
「おれね」
恥ずかしそうに、言った。
「好きな人が、できたんだ」
「……………………」
ああ………夢なら覚めてくれ。
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お読みくださりありがとうございました!
夢なら覚めてくれーって感じで(^-^;
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