(注)***以降から***までイジメに関する記述があります。苦手な方、回避願います。
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渋谷慶という人は、とても綺麗な顔をしている。
綺麗なだけでなく、人目をひくキラキラしたオーラを持ち合わせているので、普通に歩いていても、知らない人からチラチラ見られたり、振り返られたりする。
芸能事務所のスカウトの人から声をかけられることもよくあるんだけど、渋谷はバッサリと断った挙げ句、あとから、
「おれ、そんなに騙されやすく見えるか?」
なんて言って、プリプリ怒っていたりする。
「騙されるって………」
いやいや、確実に本物のスカウトの人だと思うんだけど………
そんな感じで、渋谷は自分がどれだけ綺麗な顔をしているのか、どれだけ目立つのか、まったく自覚がない。
お母さんとお姉さんも同じくらい綺麗な顔をしているから、見慣れすぎていて美的感覚が狂っているのかもしれない。
でも渋谷のオーラは、お母さんやお姉さんより、段違いに輝きが強い。内面から溢れ出る強さ、とでもいうんだろうか。
その光は、いつもおれを閉じ込めるブラウン管を破壊してしまうほど眩しくて、おれを纏う淀んだ空気を清涼なものに変えてしまうほど輝いていて………渋谷がそばにいてくれるだけで、おれの世界は180度変わる。
でも、それでも、暗闇に捕らわれそうになるときがある。
そんなとき、渋谷に触れると、すぐに明るい場所に出られる、ということに気がついたのは今年のはじめだったか……
元々、おれは潔癖症気味だし、人と触れ合うことは苦手だったはずなのに、渋谷に対してだけはまったく拒否反応がでない。それどころか、もっとくっついていたいと思えるくらい、心地よくて心が温かくなる。そのことには、夏ぐらいには気がついていた。
深淵から救いだされるということに年明けに気がついて以来は、更にベタベタと渋谷に触るようになってしまったんだけど、渋谷はわりとそういうスキンシップ大丈夫みたいで、大抵はされるがままでいてくれる。
それどころか、渋谷から触れてくれることもわりとあって、球技大会終了直後には、
「オンブ!オンブ!」
と、オンブをねだって背中に飛び乗られた。渋谷は予想もつかないようなことをするのでいつもびっくりさせられる。
***
球技大会の後の体育委員の反省会では、担当の先生方からジュースが振る舞われた。
こんな風に生徒達で一つの行事を作り上げていく、という経験を初めてしたので、結構……というかかなり感動した。
その感動のまま、会議室を後にしようとしたのだけれど、
「桜井、このあと空いてるか?」
「あ………」
1組の委員の山口だ。そういえば、2年の委員で二次会行くって渋谷が言ってたな……。
「あ、うん」
「そしたらさ」
「……………」
なんだ? ぞわっときた。山口の表情……おれはそれをよく知っている……
山口はその表情のまま、おれにコソッと耳打ちしてきた。
「9組の島津にバレないように、駅裏のカラオケボックスの前集合な?」
「………え」
9組の島津……横柄で自分の意見を押しつけてくるので、みんなからちょっと煙たがられていた奴だ。
「バレないようにって……」
「あいついると嫌だろ?」
「え、あ……と」
知ってる、その顔。小学校の時も中学校の時も、みんなしてた。おれのことを仲間外れにする時に。
今、島津がその時のおれの立場だ……
(ってことは……)
頭の後ろの方がすうっと引っ張られる感じになる。
そうだ。ってことは……
(おれはする側……おれは仲間外れにされない……)
安心。
そして安心してしまったことに対する罪悪感。
でも次はおれなんじゃないかという不安……
色々な思いが渦巻いて頭がガンガンしてきた。
おれは……おれは……
「あ、渋谷! お前もちょっと」
「おー」
山口に呼ばれて渋谷が荷物を持ってやってきた。
「もう行くだろ? 場所どこ? おれイマイチわかんねーんだけど」
「って、シーシー!」
山口がバタバタと渋谷の声を遮ると、渋谷が眉を寄せた。
「何だよ?」
「あのな……」
そして、こそこそっと山口が渋谷に耳打ちをした。おそらくさっきおれにしたのと同じ話。
渋谷は……渋谷は何ていうんだろう……
背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じながら渋谷の様子を見ていたら……
「ふーん」
聞き終わった渋谷は、あっさりと肯いた。
「オッケー。分かった」
(え……)
渋谷……
普通に、何でもないことのように……
渋谷も……そっち側の人間でいることに慣れてるってこと……なのか。
分かったって……分かったって……
それじゃ、もし、おれが島津の立場だったら……渋谷は……
「浩介」
「え」
気が遠くなりそうになったところを、渋谷に腕をトントンとたたかれ我に返る。
渋谷……
見下ろすと、渋谷は真剣な目で、小さく言った。
「おれら、行かなくていいよな?」
「え………」
行かない?
息を飲んでしまう。
おれが答える前に、渋谷は山口を振り返った。
「じゃ、そういうことなら、おれら今回はパスするから」
「え」
きょとん、とした山口に、渋谷はわずかに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「特定の奴誘いたくないってことなら、仲良い奴だけで行ったほうがいいだろ。2年の委員みんなでとか言わないでさ」
「え、え?」
「そうじゃないと、ハブってるみたいで感じ悪いじゃん。嫌だろ? 高校生にもなって誰かハブるなんて」
「…………」
山口の顔がみるみる真っ赤になっていく。でも、渋谷はそれに介することもなく、
「だからおれらは外れるから。仲良い奴だけで行ってきてくれ。じゃーな。お疲れ」
「しぶ……っ」
何か言いかけた山口を置いて、
「行くぞ?」
渋谷はおれの腕を強く掴んで、回れ右した。
「あ、うん……じゃ」
おれも渋谷に引きずられるようにして、会議室を出る。
「……………」
渋谷………
渋谷は口を引き結んだまま、ツカツカと薄暗くなりはじめた廊下を歩いていたが、昇降口まできたところで、ハッとしたようにおれの腕を離した。
「わりい。ずっと掴んでた」
「あ、ううん。全然……」
首をふると、渋谷は決まり悪そうにうつむいた。
「それに……ごめん。お前の意見聞く前に勝手に断って」
「え、ううん! それはおれも……」
行かない方がいいと思ったから……
小さく言うと、ホッとしたように渋谷が息をついた。
「そっか……良かった」
「うん……」
渋谷がいてくれなかったら……おれはあのまま、島津を仲間外れにしたカラオケに行っていただろう。島津の悪口をいう輪の中にいて身の保身をはかっていただろう……。
そう思うとぞっとする。自分が今までされて苦しんできたことを人にしてしまうところだった……
渋谷がいてくれて良かった。
渋谷はやっぱり、仲間外れに加担するような人じゃなかった。
やっぱり、渋谷は渋谷だ。おれのずっと憧れていた『渋谷』その人だ。
そんなことを思って、息をついていたところ、渋谷がポツリとつぶやいた。
「『お前は正しすぎて息が詰まる』」
「………え?」
息が詰まる?
渋谷が苦笑気味に続けた。
「中学の時、言われたことあんだよ。おれ、ああいう仲間外れとか、陰口とか、そういうの許せなくて、そういうことする奴のこと容赦なく怒ってたからな」
「…………」
なんとなく想像できる中学生の渋谷の姿……
「だからさっきは直球では怒らないように気をつけてみたんだけど……どう思われたのかはわかんねえなあ。まずかったかなあ」
「…………」
「ま、あんな奴とは仲良くする必要ねえからいいんだけどな」
渋谷は自問自答しながら靴を履き替えはじめた。
「慶………」
「あ?」
振り返った渋谷の瞳は、やっぱり強い光を放っていて……
『もし何かあっても守ってくれる……』
上野先生に言われた言葉を思いだして、思わず言葉にしてしまう。
「もしおれが、さっきの島津みたいに仲間外れにされそうになってたら、どうする……?」
「え」
「さっきみたいに……」
怒ってくれる?
おそるおそる聞くと、
「そりゃもちろん!」
「!」
渋谷が間髪入れず肯いてくれる。
でも、すぐに、「あ、でも」と言って、いたずらそうに笑った。
「仲間外れにしようとした奴なんかと仲良くする必要ないから怒ることもないか」
「え」
渋谷が笑いながら……でも、少し真剣な光を帯びながら、おれの腕をぐっと掴んだ。
「お前にはおれがいるからな」
「え」
渋谷?
「お前はおれとだけ仲良くしてろよ」
「………?」
意味をつかみかねて、首を傾げると、
「とかいってな」
渋谷はぱっとおれを掴んでいた手を離して、先に歩きだした。
「二人で二次会しよーぜー? どこいくー?」
「あ、うん……」
渋谷の後ろ姿はなぜだか少し寂しそうで……
後ろから抱きしめたくなったけれども、校内でそれをやったら怒られるに決まっているから我慢した。
渋谷という人は、本当に、予想もつかないことをする人だ。
***
球技大会の3日後、渋谷の妹の南ちゃんとその友達真理子ちゃんにお願いされて、写真部に入部することになった。
貸してもらえることになったカメラはごっつくてものすごくカッコいい!
おれは小さい頃から知育玩具みたいなものしか与えられていなくて、時折町や公園で見かける子供が持っているロボットみたいなおもちゃにずっと憧れていた。このカメラはその時に見ていたロボットみたいに何かに変身しそうで、触っているだけでワクワクしてくる。あちこちいじったりファインダーからのぞいたりしていたことろ、
「『内に秘めた情熱』ってところだな」
「?」
部長である、真理子ちゃんのお兄さんが、渋谷に向かってそう言っていた。
「カメラには造作だけでなく、その人の内面も写し出される。確かに君は綺麗な顔をしているが、俺はそんなことに興味はない。その内面の情熱が絵になると言ったんだ」
「…………」
カメラを通すと、内面が見える……?
渋谷の内面……
渋谷にカメラを向ける。渋谷の内面、見てみたい。内に秘めた情熱って……何?
「慶?」
呼びかけると、渋谷がこちらを向いてくれた。
でもあいにく、ピントが全然合わなくて……
「んー……ぼやけてる。全然ピントが合わない」
言うと、渋谷が苦笑して肩をすくめた。
きっと、おれはまだ、渋谷のことをこんな風に合わないピントで見ているのかもしれない。
おれにとって渋谷は中学3年からの憧れの人で……。仲良くなって、親友って言ってもらっている今でさえも、まだ、『憧れの人』のフィルターはかかったままのところがある。おれは本当の、渋谷の姿をちゃんと見れていないんじゃないだろうか……。
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お読みくださりありがとうございました!
後半の写真部の話は「片恋1-2(慶視点)」の後半の部分の浩介視点になります。
浩介はまだまだ慶に対して『憧れの人』意識が抜けません。なので、心の中の呼び方も『渋谷』のままなんです。まあ、中学の時から一年近くずっと『渋谷、渋谷』と心の中で思っていたから、抜けきれないんでしょうけど……。この『憧れの人』フィルターがどうにかならない限り、恋愛には発展しないような気が……。
次回は慶視点。また明後日よろしくお願いいたします!
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渋谷慶という人は、とても綺麗な顔をしている。
綺麗なだけでなく、人目をひくキラキラしたオーラを持ち合わせているので、普通に歩いていても、知らない人からチラチラ見られたり、振り返られたりする。
芸能事務所のスカウトの人から声をかけられることもよくあるんだけど、渋谷はバッサリと断った挙げ句、あとから、
「おれ、そんなに騙されやすく見えるか?」
なんて言って、プリプリ怒っていたりする。
「騙されるって………」
いやいや、確実に本物のスカウトの人だと思うんだけど………
そんな感じで、渋谷は自分がどれだけ綺麗な顔をしているのか、どれだけ目立つのか、まったく自覚がない。
お母さんとお姉さんも同じくらい綺麗な顔をしているから、見慣れすぎていて美的感覚が狂っているのかもしれない。
でも渋谷のオーラは、お母さんやお姉さんより、段違いに輝きが強い。内面から溢れ出る強さ、とでもいうんだろうか。
その光は、いつもおれを閉じ込めるブラウン管を破壊してしまうほど眩しくて、おれを纏う淀んだ空気を清涼なものに変えてしまうほど輝いていて………渋谷がそばにいてくれるだけで、おれの世界は180度変わる。
でも、それでも、暗闇に捕らわれそうになるときがある。
そんなとき、渋谷に触れると、すぐに明るい場所に出られる、ということに気がついたのは今年のはじめだったか……
元々、おれは潔癖症気味だし、人と触れ合うことは苦手だったはずなのに、渋谷に対してだけはまったく拒否反応がでない。それどころか、もっとくっついていたいと思えるくらい、心地よくて心が温かくなる。そのことには、夏ぐらいには気がついていた。
深淵から救いだされるということに年明けに気がついて以来は、更にベタベタと渋谷に触るようになってしまったんだけど、渋谷はわりとそういうスキンシップ大丈夫みたいで、大抵はされるがままでいてくれる。
それどころか、渋谷から触れてくれることもわりとあって、球技大会終了直後には、
「オンブ!オンブ!」
と、オンブをねだって背中に飛び乗られた。渋谷は予想もつかないようなことをするのでいつもびっくりさせられる。
***
球技大会の後の体育委員の反省会では、担当の先生方からジュースが振る舞われた。
こんな風に生徒達で一つの行事を作り上げていく、という経験を初めてしたので、結構……というかかなり感動した。
その感動のまま、会議室を後にしようとしたのだけれど、
「桜井、このあと空いてるか?」
「あ………」
1組の委員の山口だ。そういえば、2年の委員で二次会行くって渋谷が言ってたな……。
「あ、うん」
「そしたらさ」
「……………」
なんだ? ぞわっときた。山口の表情……おれはそれをよく知っている……
山口はその表情のまま、おれにコソッと耳打ちしてきた。
「9組の島津にバレないように、駅裏のカラオケボックスの前集合な?」
「………え」
9組の島津……横柄で自分の意見を押しつけてくるので、みんなからちょっと煙たがられていた奴だ。
「バレないようにって……」
「あいついると嫌だろ?」
「え、あ……と」
知ってる、その顔。小学校の時も中学校の時も、みんなしてた。おれのことを仲間外れにする時に。
今、島津がその時のおれの立場だ……
(ってことは……)
頭の後ろの方がすうっと引っ張られる感じになる。
そうだ。ってことは……
(おれはする側……おれは仲間外れにされない……)
安心。
そして安心してしまったことに対する罪悪感。
でも次はおれなんじゃないかという不安……
色々な思いが渦巻いて頭がガンガンしてきた。
おれは……おれは……
「あ、渋谷! お前もちょっと」
「おー」
山口に呼ばれて渋谷が荷物を持ってやってきた。
「もう行くだろ? 場所どこ? おれイマイチわかんねーんだけど」
「って、シーシー!」
山口がバタバタと渋谷の声を遮ると、渋谷が眉を寄せた。
「何だよ?」
「あのな……」
そして、こそこそっと山口が渋谷に耳打ちをした。おそらくさっきおれにしたのと同じ話。
渋谷は……渋谷は何ていうんだろう……
背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じながら渋谷の様子を見ていたら……
「ふーん」
聞き終わった渋谷は、あっさりと肯いた。
「オッケー。分かった」
(え……)
渋谷……
普通に、何でもないことのように……
渋谷も……そっち側の人間でいることに慣れてるってこと……なのか。
分かったって……分かったって……
それじゃ、もし、おれが島津の立場だったら……渋谷は……
「浩介」
「え」
気が遠くなりそうになったところを、渋谷に腕をトントンとたたかれ我に返る。
渋谷……
見下ろすと、渋谷は真剣な目で、小さく言った。
「おれら、行かなくていいよな?」
「え………」
行かない?
息を飲んでしまう。
おれが答える前に、渋谷は山口を振り返った。
「じゃ、そういうことなら、おれら今回はパスするから」
「え」
きょとん、とした山口に、渋谷はわずかに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「特定の奴誘いたくないってことなら、仲良い奴だけで行ったほうがいいだろ。2年の委員みんなでとか言わないでさ」
「え、え?」
「そうじゃないと、ハブってるみたいで感じ悪いじゃん。嫌だろ? 高校生にもなって誰かハブるなんて」
「…………」
山口の顔がみるみる真っ赤になっていく。でも、渋谷はそれに介することもなく、
「だからおれらは外れるから。仲良い奴だけで行ってきてくれ。じゃーな。お疲れ」
「しぶ……っ」
何か言いかけた山口を置いて、
「行くぞ?」
渋谷はおれの腕を強く掴んで、回れ右した。
「あ、うん……じゃ」
おれも渋谷に引きずられるようにして、会議室を出る。
「……………」
渋谷………
渋谷は口を引き結んだまま、ツカツカと薄暗くなりはじめた廊下を歩いていたが、昇降口まできたところで、ハッとしたようにおれの腕を離した。
「わりい。ずっと掴んでた」
「あ、ううん。全然……」
首をふると、渋谷は決まり悪そうにうつむいた。
「それに……ごめん。お前の意見聞く前に勝手に断って」
「え、ううん! それはおれも……」
行かない方がいいと思ったから……
小さく言うと、ホッとしたように渋谷が息をついた。
「そっか……良かった」
「うん……」
渋谷がいてくれなかったら……おれはあのまま、島津を仲間外れにしたカラオケに行っていただろう。島津の悪口をいう輪の中にいて身の保身をはかっていただろう……。
そう思うとぞっとする。自分が今までされて苦しんできたことを人にしてしまうところだった……
渋谷がいてくれて良かった。
渋谷はやっぱり、仲間外れに加担するような人じゃなかった。
やっぱり、渋谷は渋谷だ。おれのずっと憧れていた『渋谷』その人だ。
そんなことを思って、息をついていたところ、渋谷がポツリとつぶやいた。
「『お前は正しすぎて息が詰まる』」
「………え?」
息が詰まる?
渋谷が苦笑気味に続けた。
「中学の時、言われたことあんだよ。おれ、ああいう仲間外れとか、陰口とか、そういうの許せなくて、そういうことする奴のこと容赦なく怒ってたからな」
「…………」
なんとなく想像できる中学生の渋谷の姿……
「だからさっきは直球では怒らないように気をつけてみたんだけど……どう思われたのかはわかんねえなあ。まずかったかなあ」
「…………」
「ま、あんな奴とは仲良くする必要ねえからいいんだけどな」
渋谷は自問自答しながら靴を履き替えはじめた。
「慶………」
「あ?」
振り返った渋谷の瞳は、やっぱり強い光を放っていて……
『もし何かあっても守ってくれる……』
上野先生に言われた言葉を思いだして、思わず言葉にしてしまう。
「もしおれが、さっきの島津みたいに仲間外れにされそうになってたら、どうする……?」
「え」
「さっきみたいに……」
怒ってくれる?
おそるおそる聞くと、
「そりゃもちろん!」
「!」
渋谷が間髪入れず肯いてくれる。
でも、すぐに、「あ、でも」と言って、いたずらそうに笑った。
「仲間外れにしようとした奴なんかと仲良くする必要ないから怒ることもないか」
「え」
渋谷が笑いながら……でも、少し真剣な光を帯びながら、おれの腕をぐっと掴んだ。
「お前にはおれがいるからな」
「え」
渋谷?
「お前はおれとだけ仲良くしてろよ」
「………?」
意味をつかみかねて、首を傾げると、
「とかいってな」
渋谷はぱっとおれを掴んでいた手を離して、先に歩きだした。
「二人で二次会しよーぜー? どこいくー?」
「あ、うん……」
渋谷の後ろ姿はなぜだか少し寂しそうで……
後ろから抱きしめたくなったけれども、校内でそれをやったら怒られるに決まっているから我慢した。
渋谷という人は、本当に、予想もつかないことをする人だ。
***
球技大会の3日後、渋谷の妹の南ちゃんとその友達真理子ちゃんにお願いされて、写真部に入部することになった。
貸してもらえることになったカメラはごっつくてものすごくカッコいい!
おれは小さい頃から知育玩具みたいなものしか与えられていなくて、時折町や公園で見かける子供が持っているロボットみたいなおもちゃにずっと憧れていた。このカメラはその時に見ていたロボットみたいに何かに変身しそうで、触っているだけでワクワクしてくる。あちこちいじったりファインダーからのぞいたりしていたことろ、
「『内に秘めた情熱』ってところだな」
「?」
部長である、真理子ちゃんのお兄さんが、渋谷に向かってそう言っていた。
「カメラには造作だけでなく、その人の内面も写し出される。確かに君は綺麗な顔をしているが、俺はそんなことに興味はない。その内面の情熱が絵になると言ったんだ」
「…………」
カメラを通すと、内面が見える……?
渋谷の内面……
渋谷にカメラを向ける。渋谷の内面、見てみたい。内に秘めた情熱って……何?
「慶?」
呼びかけると、渋谷がこちらを向いてくれた。
でもあいにく、ピントが全然合わなくて……
「んー……ぼやけてる。全然ピントが合わない」
言うと、渋谷が苦笑して肩をすくめた。
きっと、おれはまだ、渋谷のことをこんな風に合わないピントで見ているのかもしれない。
おれにとって渋谷は中学3年からの憧れの人で……。仲良くなって、親友って言ってもらっている今でさえも、まだ、『憧れの人』のフィルターはかかったままのところがある。おれは本当の、渋谷の姿をちゃんと見れていないんじゃないだろうか……。
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お読みくださりありがとうございました!
後半の写真部の話は「片恋1-2(慶視点)」の後半の部分の浩介視点になります。
浩介はまだまだ慶に対して『憧れの人』意識が抜けません。なので、心の中の呼び方も『渋谷』のままなんです。まあ、中学の時から一年近くずっと『渋谷、渋谷』と心の中で思っていたから、抜けきれないんでしょうけど……。この『憧れの人』フィルターがどうにかならない限り、恋愛には発展しないような気が……。
次回は慶視点。また明後日よろしくお願いいたします!
クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!こんな真面目な話に賛同くださり本当に本当に有り難いです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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