「好きな人が、できたんだ」
と、浩介が言った。
覚悟はしてた。そんな日がくることは。
浩介だって、健全な男子高校生だ。恋くらいするだろう。この一年、何も浮いた話がなかったのが珍しいくらいだ。
覚悟はしてた。してた。してたはずなのに……
「とりあえず、中間テスト終わってからにしねえか?」
相談がある、といわれ、テストを盾に思いっきり話を遮ってしまった。おれ、嫌な奴……。
でも、浩介はあっさりと、
「そうだね。そうする」
と、うなずき、何事もなかったかのように、また基礎解析の問題を解きはじめた。
「………………」
え、それでいいのか……?
いや、いいならいんだけど………っていうか、このまま無かったことになってくれたら……
なんて、甘い話にはならず。
中間テストが終わった翌日の昼休み。
弁当を食べながら、浩介がケロリといった。
「慶は好きな人いないの?」
「……………」
お前が言うな。
……という本音は隠して、ぶっきらぼうに答える。
「………いねえよ」
「そっか……」
微妙な沈黙が流れる……
もぐもぐもぐもぐ………
浩介の喉元を見ながら、卵焼きをしつこいほど咀嚼して、ゴックンと飲みこむ。
覚悟を決めた。
「で? お前のその好きな人ってのは誰なんだ?」
「え?!」
途端に真っ赤になる浩介。
くそー……初めてみるそんな表情。おれがさせるわけでなく、他の奴のためにする表情……
そんな内心の沸騰を抑え込んで、普通の顔をして聞く。
「女バスの先輩?」
「え?! なんで分かったの?!」
「…………」
あー……そうですか。やっぱりあの女か……
「こないだの試合の時、話してたの見たから」
「え!? それだけで分かっちゃうの? うわーさすが渋谷ー」
「………」
渋谷……って、なんで名字呼びに戻ってんだよっ。
なんてことは言えず、他のことを聞く。
「なにが『さすが』なんだよ?」
「え、だって、聞いたよ。渋谷は中学時代モテモテでファンクラブまであって、女の子落としまくってたって」
「…………」
誰がモテモテ? 何がファンクラブ? 落としまくって……??
「なんの話だそりゃ」
「え、違うの?」
きょとんとしている浩介。
ああ、もう、色んな意味でイライラしてきた。
「確かに女友達は多かったけど、落としまくった覚えはねえよ。荻野にでも聞いてみろ」
「あ、そうなんだ……ごめん。話信じちゃった」
「………」
なんだそりゃ。
イライラが最高位まであがっていて、言葉がトゲトゲしくなってしまう。
「で、相談ってのは何だ」
「あ……うん……」
おれのイライラを察知したのか、浩介は若干ビヒリながら言葉を続けた。
「おれ………これからどうしたらいいのかな」
「……………………」
知るか。んなこと。
…………と、言いたい気持ちを押さえつける。
浩介の真剣な目………。おれのこと信頼して相談してくれてるんだよな………。
頭が冷えてきた。
おれ達は『親友』。親友なんだ。親友の相談………ちゃんと乗ってやれよ、おれ。
「あー………、それはお前が『どうしたいか』によるんじゃねえの?」
「どうしたいか?」
首をかしげた浩介に指をつきつける。
「その先輩と、付き合いたいのか?」
「え!? いや、それは無理………っ恐れおおいというかなんというか………」
「………………」
ふーん…………
ちょっと安心………、あ、いや、安心してる場合じゃなくて。
「じゃあ、とりあえず、友達からってやつだな」
「あ、うんうんうん。それで充分」
「……………」
ふーん…………
ちょっと笑いそうになってしまうのをどうにか押さえる。
「じゃ、積極的に話しかけるってことから始めたらどうだ?」
「話しかけるって………何の話したらいいの?」
「まあ、共通の話題……共通の知り合いの話とか。同じ部活なんだし、いくらでもいるだろ。例えば『田辺先輩って一年生の時どんな感じだったんですか?』とか」
「なーるーほーどー」
浩介はパアッと明るい顔になり、無邪気に笑った。
「ありがとう!渋谷!やっぱり渋谷に相談して良かった!」
「………………」
覚悟は、してた……。
いつか浩介に彼女ができて、おれよりも彼女を優先させる日がくることを……。
その時、おれは………おれは。
「………『親友』なんだから当然だろ」
「うん!ありがとう~!しぶ……、慶!」
「……………」
浩介の笑顔………
もう、何でもいい。
渋谷でも慶でも何でもいい。
どんな形であれ、お前のそばにいられれば、それでいい。
そのためならおれは何でもする。
今日は写真部活動3回目。ようやく浩介もこられた。
「とりあえず、カメラに慣れろ。細かいことは言わないから、何枚か撮っていいぞ」
「わ~やった~」
部長の橘先輩の言葉に、浩介は嬉しそうにカメラをいじりながら、窓の外に向かってピントを合わせはじめた。
小さい子供みたいでカワイイ………
「渋谷先輩」
「ん?」
トントンと橘先輩の妹、真理子ちゃんに小さく腕を叩かれ振り返る。
「先輩はどう思います? コンテストのこと……」
「あー、うーん……」
橘先輩が「今年は文化祭にだけ参加して、コンテストには出さない」と言ったことに、真理子ちゃんは大反対している。
正直、おれはコンテストなんてよくわからないし、文化祭だけで充分だと思うんだけど………
「せっかく去年も入選したのに、もったいないんです。これじゃ何のために写真部に入ったのか……」
「真理子」
橘先輩のきつめの声。
「いい加減にしろ」
「だって!」
「そんなに出したきゃ俺抜きでやれ」
「お兄ちゃんが出さないと意味ないでしょ! どうして……っ」
「うるさい」
「……っ」
真理子ちゃんは涙目で橘先輩をにらみつけると、部室から出ていってしまった。様子を見ていた南が慌てて追いかけていく。
橘先輩もムッとした顔をして、暗室に入っていってしまった。
「……………」
「……………」
残されたおれと浩介。思わず顔を見合わせてしまう。
「兄妹喧嘩……」
「にしては、なんか訳ありな感じだよな……」
まあ、考えていてもわからない……。
おれ達はとりあえず、各々でそれぞれに与えられた課題をこなしていたのだけれども………
ふっと浩介に目をやると……
(浩介……、何か……見てる?)
浩介がさっきまで構えていたカメラを下ろして、じっと外を見ている。
見ている、というか、ぽや~……っと見とれている……
(まさか…………)
そっと近づいて外を見て………
「!」
わかっているのに、胸がナイフで抉られたようになる。
浩介の視線の先………あの女だ。ショートカットのフワフワした感じの女……
「……………」
浩介……っ
そんな目で見るな。そんな愛しそうな視線を送るな。
やめろ……やめてくれ……
浩介…………浩介っ、こっち見ろっ
おれを…………っ
「浩介!」
「わっ」
衝動にかられて、後ろから抱きついた。
「…………け、慶?」
「………………」
ぎゅううううっと力をこめる。
浩介の温もり、浩介の匂い、浩介の………
「慶? どうし……」
「…………手」
「え?」
聞きかえされたのと同時に、後ろから浩介の手首を掴んで、外に向かって手を振りながら、叫んでやる。
「せーんぱーい!」
「え、ちょ、慶!」
そのまま浩介の右手を操って振る。
「せんぱーい!」
「わわわっ慶!」
慌てる浩介の脇腹をつつく。
「ほら、お前も呼べよ」
「え、え、えーと………美幸さーんっ」
「!」
名前呼びかよ……っ。
「美幸さー………、あ」
「…………」
ほっとしたように、にっこりとした浩介……。あの女……美幸さん、が、こちらに手を振りかえしてくれている。今から帰るところのようだ。
彼女が校門から出て行くのを見送ってから、浩介が「もー」と言っておれを振り返った。
「びっくりしたよーあんな急に……」
「お前がぼけらーっと見てるからだろ。ちゃんとアピールしろよアピール」
「うう……キビシイ……」
言いながらまたカメラを手にした浩介。でもその口元には幸せそうな笑みが浮かんでいる。
「…………」
お前が幸せならそれでいい。
……なんて思えるようになるまで、どのくらいかかるんだろう。
浩介がこの恋を成就させることができたら………おれもお前のこと、ただの親友とだけ思えるようになるのかな……。
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お読みくださりありがとうございました!
察しの良い方はお気づきかもしれませんが……
最後、浩介が幸せそうに微笑んでいるのは、もちろん美幸さんと手を振りあえて嬉しいってのもありますが、こうして慶と恋ばなできたりしたのが、本当の友達って感じがして嬉しいっていうのもあったんですね~。
慶はそんなこと知るわけなくて、どんどんドツボにはまっていく……
続きはまた明後日、よろしくお願いいたします!
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